十七本桜 脱出

 ――体内は、まるで迷宮ダンジョンのような広さだった。得体の知れない骨や物が散らばっており、不気味な雰囲気を漂わせる。何より臭い。糞尿や腐敗臭に近く、嗅覚に鋭敏な大和は既にフラフラの状態だ。


 消化しきれていない魔物や怪物を討伐しながら、奥へと進んでいく。すると開けた場所に出た。ここが砂鯨サンドリオンの胃袋だろう。


「みて、大和! きっとあれだよ!」


牛若が指を差す方向に、巨大な紅結晶が見えた。


「すごい力を放っているのが分かるね……」


「とっとと壊しちまおうぜ……こんな場所に長居をしたくねぇ」


 両者は掛け声を合わせ、同時に剣を振るう。


「「せーーのっ‼‼」」


 金属音が木霊する。しかし鯨核アンバーに付いた傷は、ごく僅か。更に自己修復により、あっという間に元の姿へと戻った。


「めちゃくちゃ硬ぇし治りやがる! どうする⁉」


「長くはここへいられないよ⁉ とけちゃう!」

 

 猶予は丸一日と聞いていたが、胃酸の力が強い。既に二人の服の端々は溶けてきている。魔法の力が付与された特別製にも関わらず、だ。このままでは非常にまずい。


「こんな時、焦っては駄目だ。剣が鈍る」


 あの大和が冷静な判断を下すとは。隠れて見ている私は感嘆の声をあげそうになり、口を抑えた。


「僅かでも傷は付けられるんだ。バラバラに斬り合わず、一点集中でいくぞ」


「相手が治すより速く動かないと、だね」


「初撃は任せる。息を合わせるぞ」


「分かってるよ――兄弟子」


 息を整え、精神統一。臭いも胃酸も、周り一切が白い世界に埋まっていく。


「――スーー……ハッ‼」


 牛若の横薙ぎが鯨核アンバーの欠片を飛ばした。間髪を入れず大和と交代スイッチ、寸分違わぬ攻撃で更に傷を抉る。


「うりゃあっ‼」「せいっ‼」「おらぁっ‼」


 連携を超えた同期攻撃ユニゾンアタック砂鯨サンドリオンも為す術がない。


 亀裂は大きくなっていき、そして遂に――。


「「はあぁあああぁあああっ‼‼」」


『ボエェエエエエエエエエエエエエッ‼‼』


 悲鳴と共に鯨核アンバーは砕け散る。これには私も、拳を振り上げ喜んだ。そのせいで――。


「はぁ、はぁ……! オラ見たか、この野郎!」


「こ、これで、やっと……帰れるね……!」


「よーしよし! よくやった!……あ」


「「し、師匠⁉」」


 内緒で様子を見ていた事がばれてしまう。


「コソコソと覗いていたのかよ、趣味悪ぃぜ!」


「心配してくれてたんですか?」


「いや、違……そ、そんな事よりもだ!」


 胃の中が激しく揺れ始める。尋常ではない事態に弟子達も焦り出す。


砂鯨サンドリオン鯨核アンバーを失うと生きていけない。死亡後は自身を守る魔力が消え、急速に腐敗が進む」


「……かわいそう……」


「しょうがねぇよ、やらなきゃやられてた。弱肉強食ってやつさ」


「腐敗が始まると内部に魔素を含んだメタンガスが蓄積、膨張していき――」


「……ガス? この揺れもそれが原因か⁉」


「……なんだか、頭がクラクラする……」


「およそ一分程で、大爆発を起こす」


「「ちょーーーーっ⁉⁉」」


 弟子達は全速力で脱出を図る。さてと、こちらも要件を済まし、さっさと出なければ。


「おりゃおりゃおりゃぁあああ‼‼」


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 ガスの影響が強いのか、牛若は限界が近い。そんな弟弟子の手を掴み、大和は無事に砂鯨サンドリオンの口から外へ飛び出す。


「まだ安心するな! ここから離れるぞ!」


「せっしゃは、いいから……大和……にげて……」


「そんな事、出来るワケねぇだろ!」


 牛若を担いで逃げる事は簡単。しかし、それでは距離が稼げず爆破に巻き込まれる可能性が高い。


「どうする……⁉ 考えろ、考えろオレ……!」


 焦る大和は、決断した。


「……話には聞いている! 戦狼バトルウルフに戻ったオレはすげぇ力を発揮してんだと!」


 極限状態の中で、大和は更に才能を開花させる。


「意識を保ったまま! 力を解放、調整っ……! オレなら出来るはずだ……! 今やらねぇで、いつやるってんだ‼」


 力を込める大和の身体に、稲光が包む。


「――うぉおおおおオオオオオオオンッ‼」


 遂に肉体を半獣半人に変貌。人化と獣化の比率を変えるなど、聞いたことがない。


 大和は牛若を肩に担ぎ、砂を蹴る。大きな砂柱をあげ、一瞬で数キロメドルを移動した直後――。


 砂鯨サンドリオンが大爆発を起こした。その破壊力は凄まじく、空に浮かんでいた雲が消え失せてしまう程。


「はぁっ! ハァッ! ま、間にアッタ……!」


 全力を出し切った大和が倒れ込むのと同時に、身体は元の人間へ戻ってしまう。今後、意識を保ったまま戦狼バトルウルフ化する可能性が現実味を帯びてきた。


「……ありがとう、大和……」


「……へ、へへへ……当然だろ……俺はオマエの、兄弟子なんだからよ……」


 二人より早く噴気孔から脱出した私は、遠くから見守りつつ、今回の修行成功を確信する。

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