十六本桜 怪物討伐任務

 ――勝ち抜き戦まで、残り十日。修行も大詰めに差し掛かったこの時期、私とエヴァは酒場ドラッカートで盃を交わしていた。


「その後、弟子達の調子はどうだい?」


 薔薇酒ローズリキュールで唇を湿らせ、近況を聞かれる。


贔屓目ひいきめで見ても五分五分、といった所か」


「なんでさ、めちゃくちゃ強くなったんでしょ?」


「ああ、こちらの予想を裏切る程に。だが相手は、あの千本桜だからな」


 千本桜は大きく三つに分隊されている。隊長から実力十位までの上位、十一位から三十九位までの中位、四十位から八十位以降の下位だ。


 上位十名の実力は説明不要として、中位の実力も他国における騎士長級。そこから勝ち抜き戦に誰が選出されるか未だ明かされていない。


「確かに、あのアルカゼオンだものねぇ。一人や二人は中位を入れてくる可能性が高い」


 後半で疲弊した所を中位で連闘となれば、番狂わせが起こりうる。特に大和などは……。


「……え、ちょっと待ってよ。それで言えば上位が出てくるなんて最悪の事態ケースも」


「それはない。国王としての矜持、元騎士長としての名折れとなってしまうからだ」


「そ、そっか。安心したよ。またジェド辺りが出てきたらどうしようかと。大和には相当、恨みを抱いてるだろうしさ」


「奴には入団戦の後に、しっかり指導を行ったので大丈夫だ。今は賭け事もしなくなり、素行も多少は改善されたと聞く」


「……よっぽどシャナが怖かったんだろうね……」


 剣呑、剣呑とエヴァはグラスを傾ける。


「それで、どうするつもり? 勝ち抜き戦が失敗となれば、君はベルディアに一生を費やさないといけなくなるんだよ?」


「ああ、そこなんだがな」


 麦酒エールを空けて、私は話す。


「異世界の利点を活用させてもらう」


 ――翌日早朝、私は弟子達にある紙を渡す。


「ししょう、何ですかこれは」


 首を傾げる牛若に説明を行う。


冒険者協会ギルドの依頼書だ。お前達には、今から怪物討伐に向かってもらう」


「……あのさ、師匠。そんな事してる暇なくね? オレまだ落葉斬り八枚しか達成してないんだぜ?」


「せっしゃも、弟子戦で一度も勝ててない……」


「言いたい事は分かる。だが、受けてしまった以上取り消す訳にいかない」


「しょうがねぇな……サクッと終わらせちまうか」


「そうだね。場所はどこですか?」


 依頼書に目を通した大和は動きが止まる。


「べ、ベリル砂漠……国外⁉ 日帰りで行ける距離じゃねぇぞ!」


「安心しろ、期限は一週間もある。食料も水も全て現地調達。木剣のみで生き延びてみせろ」


 ちなみに今の時期だと日中で四十度、夜間で五度という寒暖差。付いた仇名が――死の大地。


「チンタラしてると間に合わんぞ。走れ走れ!」


 ――丸二日、ほぼ走りっ放しでようやく目的地に到着。容赦なく照りつける太陽が、肌を焦がす。


「ぐぇえええ……! なんつぅ暑さだよ……!」


「み、みず……!」


「現地調達と言っただろう。そこにアバの樹がある。太い幹には水が蓄えられているぞ」


 教えると二人は競うように幹を斬り、水を啜る。ずっと飲まず食わずだったからな。とはいえ、この修行が大変なのはここからだ。


「もうじき討伐対象の出没地点だ。警戒しておけ」


「……怨醜鬼ガイストみたいな奴が相手って事か?」


「それは魔物で、今回は怪物。名前は――」


 話している最中、我々が立っている周囲の砂場が盛り上がっていく。そこから姿を現れたのは、人間の体躯ほどある巨大蠍スコーピオン


「コイツか! 数が多いな……!」


「長いしっぽの先、どくがあるよね……!」


 数にして六匹。それらが一斉に襲い掛かる。


 足場が悪く思い通りに動けない中、それでも蠍の猛攻を避けながら反撃していく。


「硬そうな装甲だが、案外斬れるぞ!」


「しゅぎょうのおかげだね!」


 私は砂に埋まった建造物の上に座り、文字通り『高みの見物』と洒落込む。


 最後の一匹を残すのみとなり、大和は勝ち誇った笑みを浮かべる。何か勘違いをしているようなので教えておくべきかと思ったが……必要なさそうだ。


「な、な、なんだ⁉」


「じしん⁉」


 周囲が激しく揺れ始める。危険察知した蠍が逃げようとするが、現れた大渦に飲み込まれてしまう。


「……おいおい、まさか怪物ってのは……!」


「出たぞ、討伐対象の怪物――【砂鯨サンドリオン】だ!」


 全長およそ二十メドル、体重四万五千キロを超す砂漠の捕食者。本来は群れで行動するのだが、時折今回のような『はぐれ砂鯨』が現れていた。近隣の建物を破壊するだけでなく、食欲旺盛で生態系の調和を乱す原因となるので討伐依頼が発令。


 その難易度は――A。


「見ろよ、さっきの蠍を一口でペロリだぜ……」


「……さっきから、こっちを見てない……?」


『ボエェエエエエエエエエエエ‼‼』


「「ぎゃあぁあああああああ⁉」」


 砂鯨サンドリオンは巨大な口を開けて二人に襲い掛かる。思う通りに走れない状態なので、泳ぐように逃げ惑う。なかなか器用だな。


「豆知識だが、砂鯨サンドリオンは獲物を食した後、丸一日かけてゆっくり胃酸で溶かすらしい」


「こんな時に、何言ってんだよ師匠ぉおお‼」


「その体内には鯨核アンバーという石があり、膨大な魔力を蓄えている」


「……もしかして……ししょうは……!」


 何かに気付いた牛若は、大和へ指示を出す。


「大和! あいつは、おなかの中が弱点だよ!」


「はぁ⁉ んなの、どうしろってんだよ! わざと食われろってのか⁉」


「うん!」


「ふざけんな、アホ!」


「それしか、やり方はないよ!」


 ぐぬぬぬ、と悔しそうに歯軋りする大和。


「しくじったら、お前のせいだからなっ!」


「さん、にぃ、いち――それっ‼」


 弟子達は、自ら砂鯨サンドリオンの大口へと入っていく。ここまでは計算通り。私も後を追って、頭上にある噴気孔から内部へ侵入を行った。


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