十二本桜 事件勃発

 ――修行は順調に続いていた。二人は一度も遅刻する事無く早朝に集まり、座学を受け、課題に挑んで泥のように眠るを繰り返す。


 三ヶ月が経過する頃には牛若も異世界の読み書きを大分覚え、大和は十キロを走り終えても休憩を必要としないぐらい体力がついた。


 だが依然として岩は動かず、落葉斬りも斬るのは疎か十枚連続で刃に当てる事すら成功していない。


「だぁああ、クソ! うまくいかねぇ!」


 マメが潰れた掌の痛みを紛らわす為、大和はフゥフゥと息を吹きかけている。


 一方の牛若は、何やらブツブツと独り言を呟きながら木剣を振るう。


「何だよ、言いたい事があるならハッキリ言え」


 大和の言葉に牛若は「いや、そうではなくて」と前置きをして話し始める。


「ししょうのうごきを、おもいだしているんです」


「何の参考にもなんねぇよ、格が違いすぎらぁ」


「それはまぁ、そうなんだけど」


 足の運び、剣の角度、呼吸方法……少しでも何か切っ掛けを掴もうと懸命な牛若。良い傾向だ。


 そんな中、私は冒険者組合ギルドから千本桜へ回されてきた依頼書に目を通す。


『最近ベルディア国内にて、女性の行方不明事件が起こっている。小柄な体躯の魔物に連れ去られるのを見たという目撃者もいるが、定かではない』


『国境付近にある今は無人となった貴族の館で、人間に似た小柄な魔物が棲みついている情報あり』


『行商人が夜半、国境近くで女性の悲鳴がするのを聞いている。恐ろしくなり即座に立ち去ったが、気になって夜も眠れないので調査をお願いしたい』


 組合ギルドは、これらの事件が同一ではないかと判断。つまり醜小人ゴブリン辺りが人のいない館を根城にし、ベルディア国内に潜り込み女性を攫っている、と。


 依頼難易度は組合ギルドが定め、上は『S』から始まり『F』まで存在する。当初出された難易度は最低のFだった為、遊んでいた冒険者達に仕事を斡旋。剣士、魔法士、僧侶の三人隊スリーマンセルを組ませ館へ向かわせたが――。


 一週間経った今も、三人の消息は掴めていない。


 組合ギルドは難易度を予測不能の『X』に変更。本日より千本桜が請け負う事となり団員を調査に向かわせた、という流れである。


 どうにも得体の知れない事件だが、団員が動いたならば心配ない。問題は組合ギルドが役所仕事で書類ばかりに目を向け、本質を見抜けず悪戯に国民の不安を買った事。


 これには国王も怒り心頭で、明日の午後から組合長ギルドマスターと話し合いを行うので私も立ち会えと命じられている。


 正直、面倒だが仕方ない。私は本日の訓練終わりに弟子達へ「明日は諸用で午後の訓練に付き合えん」と説明。


「私がいないからと、サボるんじゃないぞ」


「……なんでオレだけを見て言うんだよ」


 大和が不貞腐れるのを見て、牛若は笑っていた。


 ――翌日、予想していなかった出来事が起こる。


 私はエヴァに、こっそり午後の修行の様子を見てもらえないか頼んでいた。エヴァは「君が一切の相談もなく大和を養子に入れた件、まだ許してないんだけど」と言っていたが、渋々了承してくれる。


 何かあれば連絡を入れる手筈になっていたが、国王と組合長ギルドマスターが熾烈な言い合いを繰り広げている最中、門番をしていた騎士が王の間へ姿を現し、私に向かって頭を下げた。


 彼の肩に鳩が乗っているのが見え、私は「失礼、席を外します」と一声かけて廊下へ出る。


「エヴァーグレイス様より、剣聖様へ伝達です」


 鳩は私の肩へ乗り移り、耳元へ嘴を寄せた。すると『シャナ、僕だ』とエヴァの声が届く。


 これは魔法士が使う伝達方法の一種。飼い慣らした鳩に音魔法をかけ、伝えたい言葉に変換させて離れた相手へ届けるというもの。


 長い文章は無理な上、相手が音魔法を使えない場合は一方的に聞く事しか出来ないが、それでも重宝している。


『牛若達が姿を見せない』


 その言葉に嫌な予感がした。鳩を騎士へ戻すと、向かったのは孤児院。試験テストの採点作業を行う院長を捕まえ、本日二人は孤児院へ来たか訊ねる。


「ウシワカ君達ですか? ええ勿論、授業を受けていましたよ。最近、城下町で女性の連れ去り事件が起こっているので早く帰るよう伝えました」


 事件を聞いた大和は私の鼻を明かそうと、事件解決へ首を突っ込もうとする可能性が高い。けれど、牛若がそれを止めるはず。ならば二人は何処へ? もしや途中で何者かに襲われた可能性も……。


 そんな事を考えていると、先程の門番騎士が「何かありましたか、剣聖」と声をかけてきた。


「一つ聞きたいのだが、私の弟子達を今日見かけなかったか?」


「ええ、ベルディアから出るのを見ましたよ。修行場とやらに向かうんだろうなと……あれ? ですが思い返してみると――」


 男は腕を組み、首を傾げながら言う。


「歩いていく方向が、いつもと違ってましたね」


「何だと⁉ 何処だ、何処に向かった⁉」


 私は相手の両肩を掴み、揺さぶりながら聞く。


「どどどどうしたんですか⁉ 方角ですか? 確かあっちへ向かって歩きだしたと……」


 指されたのは、報告書にも載っていた国境付近、今は無人と化した貴族の館がある方向。


「――なんて事だ、くそっ!」


 私はベルディアが管理する厩舎へと赴き、愛馬の元に向かう。艷やかな黒毛に位階の別称『太夫』を備えた相棒【太夫黒たゆうぐろ】へ跨る。


 正確には馬に酷似した魔物だが、私によく懐いてくれていた。更にエヴァが太夫黒へ風魔法の加護を与えた事により、この世界における『最速』に近い生物へと生まれ変わった。


「全速力で頼む、太夫黒! 手遅れとなる前に!」


「ヒヒィイイイイイイン‼‼」

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