十三本桜 離別

 ――私は並んだ墓前で、手を合わせていた。今回犠牲となった二人が無事に天へ召されるように。


「……すまない」


 痛む頬を撫でながら、私は謝罪を口にした。


 ここからは聞き込みを踏まえ、私がまとめた報告書である――。


 昼食を終えた大和は孤児院の屋根に登り昼寝をしていた。誰にも邪魔されない指定席、そう思っていたのだが今回ばかりは様子が違う。


「やまと! やまとやまとやまとやまとっ‼」


 興奮した牛若が、何度も大和の名を呼ぶ。


「なんだよ、うるっせぇなウシワカ。こっちは今、忙しいんだ。黙っとけよ」


「せっしゃ、できるようになった!」


「あん? 何が出来るってんだよ、お前が」


 寝返りつつ、面倒臭そうに訊ねる大和。


「らくようぎり! できるようになった!」


 それを聞き、思わず飛び起きてしまう。


「嘘だろ? お前が? どうやって?」


 屋根から飛び降り、牛若の前に立つ。昼休憩だというのに牛若の手には木剣、汗までかいている。


 大和は知っていた。牛若が早く昼食を終え、毎日余った時間は落葉斬の練習に励んでいる事を。


「ちからをいれてたら、だめなんだよ! ひゅっとして、あたるときにぐっとする!」


「何言ってんのか分かんねぇよ、ヘタクソ」


 しょんぼりする牛若に、大和は腕を組んだ状態で「見せてみろ」という。それを聞いて、嬉しそうに頷く牛若。


 修行場の大樹には負けるが、孤児院の傍にも木は立っていた。それをいつもの様子で叩く。


 上から数枚の葉が舞う。牛若は剣を構え、静かに呼吸を整える。


「スーー……フッ!」


 まず驚かされたのは速度。大和が今まで見てきた牛若の素振り、そのどれよりも疾い。


 更には刃を当てた時の衝撃音。これが、ほとんど聞こえない。


 何より結果。葉は地面に触れるより先、裂かれて二つとなる。


「――うっ……うぉおおおおっ⁉ こっ、こいつ! やりやがったぁあぁあああ‼‼」


 肝要なのは脱力。攻撃の届く刹那に込めた全力。


「弟弟子のくせにっ! 先を越されちまったぁ‼ ちっ、ちくしょぉおおおおおお‼‼」


 地面に転がり、悔しさを露わにする大和。


「でもまだ、いちまいしかできない……」


「……そう、そうだよっ! 十枚連続で斬らなきゃいけねぇんだからな! まだ勝負は決まってねぇ、俺が先にクリアしてみせる!」


 士気高揚の両者。それが悪い方向へと進む。


 昼食後は抜き打ちの試験が行われ、机に突っ伏す大和と自信たっぷりの牛若で明暗は分かれた。解答用紙を回収しつつ、院長が生徒全員に声を掛ける。


「本日の授業はこれで終わりますが、最近、城下町で女性の連れ去り事件が起こっています。寄り道をせず、早く帰るようお願いしますね」


「……連れ去り事件……」


 醜小人ゴブリンが国に紛れ込み、廃館へ女性を連れ去っているのではないかと囁かれていた。


「師匠を見返すチャンスだぜ、ウシワカ!」


 孤児院から出て、大和は牛若に声を掛ける。


「今日は修行場に師匠来ねぇし、この事件オレ達で解決してやろうぜ!」


「えっ、むりだよ。しかられちゃうよ」


「バーカ、敵は醜小人ゴブリンだぜ? 楽勝だよ。良い事をするんだから、むしろ褒めてくれるって」


「そうかなぁ……」


「お前だって実践で試したいだろ? 落葉斬り」


「う、うん」


「じゃあ決まりだなっ!」


 目的地の廃館までは距離があったが、修行で足腰を鍛えている二人にしてみれば然程問題では無い。


 意気揚々と現場へ向かう弟子達を、門番騎士は目で追っていた。


 ――道中から雲行きは怪しかったが、到着した頃には空が泣き始める。


「ここか……? な、なかなか雰囲気あるじゃん」


 大和が臆しつつ感想を言う。元は白を貴重とした美しい二階建てだったと思うが、現在は火災にでも見舞われたように黒ずみ、不気味だ。


「雨足が強くなる前に、サクッと解決しようぜ」


「うん。ちこくしたら、おこられるしね」


 堂々と玄関扉から侵入。広間ホールは荒れており、螺旋階段を中心に左右ずらりと六つの扉が並ぶ。


「めちゃくちゃ広ぇ。館ってか、もはや城だぜ」


 一部屋ずつ調べると膨大な時間を有するが、そこは人狼。漂う死臭の元を追って最奥へ向かう。


 左廊下を進むと、各部屋の全容を伺い知れた。来客室ゲストルームに使用人部屋、書斎を過ぎて更に先――地下室への階段を発見。


「めちゃくちゃ臭う。警戒しろ、ウシワカ」


「う、うん……!」


 手にした木剣にも力が入る。なるべく足音を立てないよう階段を下ると、元々は葡萄酒貯蔵室ワインセラーだったであろう光景が飛び込んできた。実際に異なるのは葡萄の香りなどではなく、血と糞尿を混ぜたような死の臭い。


「うっ……おえぇ……」


「蠟燭が灯されてやがる……醜小人ゴブリンの仕業か?」


 奥の扉から物音が聞こえていた。標的がいる――牛若達は共に合図を出し、一気に中へ。


「おらぁ醜小人ゴブリン! 攫った奴らを解放……ん?」


 そこにいたのは醜小人ゴブリンではなかった。腰の曲がった老婆が、背中を向けて何やら作業を行っている。


 誘拐された人だろうか? 牛若は警戒を解いて、老婆へ近付く。


「おばあさん、たすけにきたよ。いっしょに――」


「――! ウシワカ‼」


 大和に突き飛ばされ、床に転がる牛若。何が起こったのか理解出来ず見上げると、そこには眼を赤く光らせ、額に角を延ばした異形の姿。


「僥倖じゃぁ、僥倖じゃあ。一昨日は三匹、昨日は二匹、今日は子供が来おったぞ」


 白髪鬼は手にはさみを持っていた。真っ赤に染まった机の上には、犠牲者達の首が並ぶ。


「……醜小人ゴブリンなんかじゃねぇ……! コイツは……怨醜鬼ガイストだ!」


「……が、ガイスト……⁉」


 名の通り、生前強い恨みを持つ者が魂に鬼を宿し蘇った魔物――それが怨醜鬼ガイストである。


 史実では過去二百年、怨醜鬼ガイストが生まれた報告は無い。だが昔話として今も語り継がれており、躾として親が子供に「悪い事をすれば、怨醜鬼ガイストが来るぞ」などと使われていた。


「髪と衣類は売り飛ばし、肉は喰ろうてやるぞ……栄華復興の礎となれぇえ」


「やべぇぞ、ウシワカ! ここは一旦、退――」


 音も無く正面に現れた敵の攻撃を受け、大和は会話の途中で吹き飛ばされてしまう。


「やまとぉっ‼‼」


「ええぞええぞぉ。もっと怯えろ、もっと震えろ。キヒヒヒヒヒヒ‼」

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