十一本桜 師と弟子と

 午後の修行を開始する前に、私は先程決まった半年後の試合を二人に話す。牛若は事態を把握出来ていない顔、大和は「気合いが入ってきたぜぇ!」と大はしゃぎしている。


「その試合に向けて、午後からは剣の修行か⁉」


「今朝、持ち方と振り方を教えただろう」


「そうじゃなくてよ、もっとこう……必殺技みたいなの、あるじゃんか」


 必殺技の言葉に、つい私は鼻で笑ってしまう。


「そんなものがあれば、誰もが使っている」


「まぁ、そりゃ……そうかもしんねぇけど」


「必殺技の代わりに課題を与えよう。付いて来い」


 向かったのは宿舎から十キロメドル離れた山中。比較的ゆっくり走ったつもりだが、牛若達は相当堪えた様子。地面に転がり、肩で息をしている。


「はぁ、はぁ……!」


「ちょ……ちょっとは……休むとかしろッ……!」


 その時、二人の後ろにある草藪が揺れた。何事かと大和が振り返った瞬間――。


『ギシャアアアァアァアアアア‼』


「「ぎょぇえええええええっ⁉⁉」」


 石斧を持った醜小人ゴブリンが姿を現す。陥没した目に垂れ下がった長耳、大きく開いた口から黄色い牙をさらけ出し、弱った獲物に襲い掛かる。


 私は柄に手を添え、僅かに動かす。空間に一筋の白光が瞬いたと思いきや、醜小人の頭は半分に切断され塵となって消えた。


「気を緩めるな。この辺りは野生動物の他に魔物も出現するぞ」


「クソザコ魔物が……ビビらせやがって……!」


 悪態をつける元気があるなら、問題無い。


「それよりも、あれを見ろ」


 指差す先には私の背丈を優に超える大岩。


「半年までに、あの岩を素手で動かしてもらう」


「……何いってんだよ師匠。どうやってあんなモン動かすってんだ」


「押すなり持ち上げるなり、やり方は好きにしろ」


「ふざけんな! 出来るワケねぇだろっ!」


「出来なければ、破門だ」


「うぎぎぎぎぎぎ……!」


 悔しそうに歯軋りをしてみせる大和。


「これだけではない。もう一つあるぞ」


 次に案内したのは、樹齢千年は経っている巨樹。


「これも動かせとか言うんじゃねぇよな……?」


「手順を教える。まず、この樹を叩く。落ちてくる葉を連続で十枚、地面へ付く前に木剣で斬れ」


「お、そんだけでいいのか? こっちは楽勝だな」


「そうか、だったらやってみるがいい」


 大和は「いよっしゃあ!」と気合を入れて木剣を構える。大きく振りかぶって大樹を叩くと、無数の落ち葉が降り注いだ。


「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」


 出鱈目に剣を振るうが、落ち葉はひらりひらりと身を躱す。結果、一枚も当てる事が出来ない。


「なんだってんだよ、ちくしょう!」


 怒りの余り、大和は地面の落ち葉を蹴り飛ばす。


「牛若も、やってみろ」


 続く牛若。樹を叩いた後、落ち葉を選定して剣を振るう。何枚か刃を当てるも、斬るに足らない。


「結果は両者、零枚だな」


「……むずかしい……」


「そもそも、こんなので斬るとか出来んのかよ⁉」


「そうだな、では一日一度のみ手本を見せてやる」


 大和から木剣を預かり、私は樹を叩く。落ち葉が落下するのを、次々と斬り刻む。一枚につき三度の斬撃、それを二十回繰り返した所で手を止めた。


「――すっ……げ……!」


「はやすぎて、よくわからない……」


 弟子達が固まっているのを無視して、今後の修行内容を改めて知らせておく。


「朝練は今日と同じ時間に開始。柔軟を終えれば各々自主練に移行しろ。その後は孤児院にて座学、昼からこの場所に移動し岩押しと落葉斬りの練習を黄昏たそがれまで行え。その後は宿舎へ戻るが夕食の時間は決まっている。一秒でも過ぎれば飯抜きだ」


「飯抜きは勘弁してくれよ、師匠……!」


「従えないなら破門とする」


 文句を言い続ける大和に対して、牛若は素振りを開始。それを見た大和は「おい! 俺よりも強くなろうとするんじゃねぇ!」と焦って木剣を振るい始めた。なかなか良い二人組コンビだと思う。


 私もかつては同じように、師匠の元で兄弟子達と修行に明け暮れたものだ。その当時を思い出し、懐かしい気持ちにさせられる。


「私も師匠として成長せねば」


 若い者には、まだまだ負けていられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る