白いヒトガタ
本郷カキツバタ
第1話
今から丁度十年ほど前に体験した本当にあった話です。
その日は茹だるように暑く、熱波にやられた蝉がアスファルトの上で死んでいる姿をよく見かける夏の日の事でした。
当時の私は、毎週の土日に祖母の家に泊りに行っていました。そのため、金曜日の夜には祖母が車で家まで迎えに来てくれ、家から離れることへの少しばかりの胸の高鳴りを抱えながら、車に乗り込みます。そして、数十分ほどその車に揺られながら「早く着かないかな。ゲームで早く遊びたいな」等と思いに耽りながら子供らしく楽しみにする一連の流れが、当時の楽しみでした。
その夏の日の金曜日の夜もいつもと変わらず、祖母に車で迎えに来てもらい、乗り込みました。そして、車が走り始めてからやや経ったころ
「そういや、食べるモン無いからちょっとスーパー寄るよ」
と、祖母が言い、車をスーパーへ向かわせました。ややあってから前方に見えたスーパーに祖母は慣れた手つきで車を運転させ、敷地に入ると、二階にある屋外駐車場に駐車しました。
そのスーパーの売り場は一階部分しかないのですが、駐車場は一階と二階の両方にあるタイプのスーパーで、私も祖母に連れられて何度も利用したことのある一般的なスーパーです。
私は祖母の買い物に付き合うのが面倒だったので車に一人残りました。
夏の夜の湿気を多分に含んだ空気はジトジトとしており、半袖を着ているはずのなのに濡れたジャンパーを羽織っているような不快感がありました。
無駄な足掻きだと思いつつ、エンジンが止まってエアコンのかからない車の中で暑さを凌ぐため、座っていた助手席側のドアを開けて少しだけ涼みながらスマホでYouTubeを見て暇を潰していました。
YouTubeで当時ハマっていたマイクラの実況動画を一本見終わった頃です。ふと前方が気になり、スマホからフロントガラスの外の方へ視線を移しました。
『何かいる』
液晶の明るさから夜の暗闇に目が慣れ、それに気がつくまでさほど時間はかかりませんでした。
私がいるスーパーがある場所は田舎です。そのため、街頭は少なく暗い夜に包まれています。それにも関わらず、奇妙なナニカは夜の暗さからゆらりと浮かび上がるように存在していました。
輪郭は白く、かろうじて人の形をしている不思議なナニカがスーパーの敷地の外にある建物の上に佇んでいました。
目測で三十mは離れているだろうに、何故かその白い人型の頭から手、指、足に至るまでの全ての輪郭をはっきりと捉えることができました。
『これ、まずいかも』
一度そう認識してから視線を逸らすことができません。しかも、その白い人型は人体の骨を全部抜き、ゴム人間がどじょうすくいを踊っているかのうような奇妙で、とても人間には不可能な動きをしており、頭から足先まで体全体がぐねんぐねんと動いていました。
私はその白い人型から視線を逸らしたいのにそれもできず、逆にどこか見入ってしまうような感覚がありました。
何故かその踊りが妙に楽しそうで、私も一緒に踊ってみたいな。踊りに行こうかなと考え、付けていたシートベルトを外そうとした瞬間
ガチャ
と車のドアが開く音がしました。私は驚きのあまり身体をびくりと振るわせ、反射的に音の鳴った方向のドアを見ました。目線の先には買い物を終え、荷物を車に運び込む祖母の姿がありました。
私は少し安心してホッと息を降ろすのと同時に、先ほどまで白い人型が居た方へ振り返りました。しかし、そこには何も居らず、ただ夜が広がっているだけでした。
荷物を積み終えて運転席に戻ってきた祖母に先ほど見た白い人型の話をしましたが、只の冗談だと思われ信じてもらえませんでした。
家路に着くために発信した車がスーパーの出口へ向かう際、私は先ほどの白い人形の正体が気になり、先ほどまで白い人型が居た場所を睨みつけるように確認しました。しかし、周辺には何か光るような物や、人なんて存在しませんでした。
見間違いだったのかな。いや、にしてははっきりと見えすぎていたし、あれは何なのだったのだろう。と暫く考えていましたが、途中からどうでもよくなり、途中まで見ていたマイクラの動画を再生し、白い人形のことを気にすることは無くなりました。
そうして月日は流れ、大学生になった私は楽しくキャンパスライフを送っていました。
履修していた講義の時間が終わったものの、家に帰るには少し早すぎたので、空いている講義室の中で友人数名と一緒に「5ch」の怖い話を面白半分馬鹿にしながら見ていました。その時読んでいた話について、各々自由に「リョウメンスクナって呪術廻戦の指の奴の元ネタか?ww」、「八尺様って二百四十cmもあんのかよwwwwでけぇwww」といった用に他愛もない話をしていました。
くだらないことでバカ騒ぎするのもそろそろ飽きてきた頃、ふと各々が昔体験した不思議な事を話すことになりました。そこで私は白い人型の事を話しました。話を進めるにつれ、徐々に話の途中からその白い人形の正体について違和感を覚えるようになり、話が終わるころには私も含めた全員が薄ら寒い表情を浮かべていました。私も友人もオカルト好きです。知らないわけがありません。そして、話が終わって、話の内容についてあーだこあだと議論しました。そして、私達が全員脳内で想像したその白い人型の正体は『くねくね』だったのではないか。という結果になりました。
くねくねといえば、主に田舎に存在しており、見たら気が狂うという事でしたが、私は現にそんな症状はなく、健康体そのものです。そのことに皆疑問に思っていると友人の一人が
「くねくねって見ただけやとなんも起こらんのちゃうん? 『くねくね』や! ってそん時に認識したらやばいらしいけど」
と言ってきました。
私は「なるほどなあ」と一言呟き、それと同時に名案を思いつきました。それはGoogle Mapでくねくね(仮)を目撃した場所を確認することです。私はすぐに目撃した時にいたスーパーを検索してマップを表示し、くねくね(仮)を見た場所を友人達に共有すると、友人もニヤニヤと笑いながら各々のスマホで周囲の事を調べ始めました。そんな友人の姿を見て謎の対抗意識が芽生えた私も負けじと周囲の建物を調べていきました。検索してからほんの10分程度でしょうか。そのぐらいの時間経った頃にふと気になることがありました。
『精神科がやけに多い』
私の地元でも確かに心療内科はいくつかありますが、精神科と心療内科は似て非なるものであります。一応弁明させていただきますが、私は精神疾患に偏見は一切持っていません。しかしながら、精神科が多い理由は人口の多い都会などであれば分かりますが、田舎では見当もつきません。確かに一昔前は人目につかないよう、精神科のある病院を山奥に建てているという話はありましたが、現代ではそんなことは行われていません。極めつけには、目撃場所から車で5分程度の場所に県立の医療センターが存在しており、重度の精神疾患の症状がある患者さんを隔離入院させる病棟がありました。
もしや、私が見た白い人型は本当にくねくねであったのではないだろうか? しかも、その時『くねくね』だと存在を認識していれば?
えもしれぬ得体の悪い気持ち悪さに、私の背筋にツーっと冷たい何かが通る感覚がありました。
精神疾患を持つ人がくねくねを見たわけでは無いと思いますが、精神科の多さから「本物」だったのではないか。もし見た人が「くねくね」だと考えてしまい、都市伝説の通りに気が狂ってしまったのであれば?
幸運にも目撃当時にはまだネットの世界に入り込んでいなかったため、その白い人形の正体は分かりませんでした。しかし、大学生となり、くねくねの存在を認知してしまった今、あの頃と同じように見てしまえばどうなるか分かりません。
以上が私の体験談です。拙い文章で申し訳ありません
白いヒトガタ 本郷カキツバタ @sari-114
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