タンス貯金イージーマネー

浅賀ソルト

タンス貯金イージーマネー

俺はだんだん暖くなった春先に、金持ちそうな家の前に営業車を停めて呼び鈴を鳴らした。

はーいとインターホンが鳴ると、「すいません、ちょっとペットの蛇が逃げてしまいまして」と言った。

「ええ?」スピーカーから音がして玄関が開いた。このへんじゃ鍵なんてかけない。

あとから考えると手ぶらで何の道具も持ってないというのが失敗だったと思う。網くらい持参すればよかった。ブリーフケースだけだった。

「蛇ってどういうこと?」

出てきたのは70を過ぎたようなばあさんだった。心配そうな顔をしている。

玄関の扉の奥をちらっと見たが、玄関先の置物などから金があるのが分かる。

「すいません。ちょっと蛇が逃げてしまいまして。このへんにきてないかなと。ちょっと中を見せてもらっていいですか?」

「蛇? 蛇ってあの蛇?」

「あ、そうです。あの、ちょっといるかいないか確認するだけなので、ちょっとだけです」

「蛇なんて見てないけどねえ」

「すいません。ちょっとだけお邪魔していいですか?」

「うーん」

「ちょっとだけですんで」俺はそう言って靴を脱いだ。

老女はなんとなく嫌そうな顔をしたけど、強くは出てこなかった。

「すいません。お邪魔します」俺はそのまま玄関を上がった。

玄関にはでかい鉢植えが置いてあり、見たことのない南国風の木が植えてあった。足拭きマットもなかなかのでかさだ。ニトリの既製品ではない。

「蛇ねえ……」老女は戸惑って独り言のように言っている。

家庭にそれぞれ漂う独特の匂いの中、俺は玄関脇の小物入れが漆塗りの一品であると気づいた。ちょっと上がってリビングからダイニングが見える。そこにある冷蔵庫も最新だ。

階段は玄関脇にあった。

「ちょっとすいませんね」

俺はまっさきに二階へと向かう。早足で上がると老女は下に立ち止まっていた。

階段は急だった。古い家ほど階段が急である。階段の途中に出窓があって、そこになにやらアフリカの雑貨のようなものが置いてあった。

スーツケース持参のまま二階の廊下に出ると、それぞれの部屋を確認した。寝室っぽいのが見つかり、そこの襖を開けて中に入った。和室だった。

布団は上げてあるが、電気ストーブと老眼鏡が畳の上に置いてある。部屋には押し入れがあり、さらに箪笥もあった。

箪笥の下は期待できないので、上の小さい引き出しだけ二つ開けた。通帳と判子のほかに封筒があった。ビンゴ。

封筒を手に取り、中身を確認する。現金の束だ。あるところにはあるものだ。

スーツケースに入れようかと思ったが、怖くなったのでそのまま内ポケットに入れた。300万くらいあったがなんとか入った。

おっと、いかんいかん。

俺は引き出しを戻すと、取っ手のところをスーツの袖でゴシゴシと拭き指紋を落とした。

老女が階段を上がってくる気配はない。

「あー、すいません。いませんでした。お邪魔しました」俺はそう言いながら階段を下りていった。

老女は階段の下で待っていた。「そう」

俺は玄関に下りて靴を履いた。

「それじゃあ、どうもありがとうございました。失礼しました。本当にどうもすいません」

頭を一杯に下げると、老女は「いえいえ」と言って愛想笑いをした。

こちらがひたすら謝りまくっていると、向こうもどういたしましてという気分になるらしい。不思議なものだ。

車に乗り、助手席にスーツケースを置くと、そこであらためて内ポケットの封筒をそっちに移した。

まだ老女の家の近くだったが、どうしても誘惑に勝てなくて中の札束を引っ張り出した。確実に300万はあった。細かい枚数はさすがにそこでは数えなかった。

スーツケースに封筒を入れると、俺は出発した。

ああいう箪笥貯金は本人が死ぬまで忘れっぱなしだったりする。当然家族も知らない。死んでしまったら確認する人もいない。

本当にバカみたいに簡単だ。

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