使い古されたなろう系の構造を使ってみた

sir.ルンバ

第1話


 その時、仕事帰りの私はちょうど横断歩道を渡っていた。向かいの信号の横に花壇があって、数輪の黄色い花が夕日を浴びていた。秋に花を見るとは珍しい、などと考えていたその瞬間、私は信号無視の不届きなトラックに轢かれた。花に意識をやっていたせいで、トラックになんぞ気づきもしなかった。

 20tトラックという巨大質量による衝撃のほとんどを、水分80%の私の体は形を変えることで吸収した。レンガ造りのビルに猛スピードのバイクで突っ込んだようなものだ。衝突した直後、私は骨が折れる感触と内蔵が破裂する感覚の両方を取得し、意識は瞬間的な激痛に蹴散らされた。


 死んだらどうなるのか。私の回答を述べる。無だ。なにもない。何も認識できない。一度死んだのだから私の意見には一定の信憑性があるはずだ。死後の世界も、神様的サムシングも私は感知できなかった。見れたほうが面白かったのだがと、すこし残念に思う。

 このようにしてフィクションで描かれるような神がいないことが私の中でほとんど確定した。死んでも閻魔は私を裁きはしなかったし、天国や地獄に連れて行かれるわけでもなかった。仏の世界もなし。輪廻転生の存在も微妙。記憶があるから。しかし、物理学の宇宙起源の話に出てくるようなグレートサムシングとかの存在が否定されたわけではない。よってそこに夢を持っている諸君は未だに空想を楽しんでくれて結構。


 今私が思考を保っているのは、当然脳を持っているからだ。今の私には、脳があり、内蔵があり、四肢がある。五感もうまく働いている。まことに奇々怪々としか思えないことだが、事実は事実として認める他ない。死んだはずの私は今、ここで、生きているのだ。


 現状確認から始めよう。


 私は今、草原に立っている。天気は晴れ。雲が緩やかに形を変えていた。膝丈くらいの草が広がるその上を、冷たい風がどこまでも吹き渡っていく。草原は砂丘のような緩やかな起伏のある地形であった。太陽の位置は低く気温も低い。時間帯としては午前だろう。

 私は服を着ている。服と言ってもデニムのジーンズに五分袖のチャコールグレーのシャツという現代においては一番シンプルと言える類の服装である。ちゃんと肌着類も着用していた。

 他に持ち物はというと、存外これがいろいろと所持している。足元に肩にかけられるよう紐を通した頭陀袋が落ちていたのだ。周りに人の気配はない。状況的に私が落としたものだろう。拾う。

 財布。ドッグタグ。ナイフ。ロープ。水のはいってるらしい金属のスキットル。あとシャベル。

 これらが全部足元のズタ袋の中に入っていた。どれもそんなに質の悪そうなものではない。喜ばしいことだ。

 ロープは束できちんとした長さがありそうだ。ナイフは固定刃。注目するべきは剣先シャベルだ。持ち運ぶには少しサイズが大きめである。柄の長さだけで1mはある。材質も軽くはないが、振り回すのに難儀するというレベルで重いわけでもない。

 しばらくいじるうちに一つ発見をした。持ち手と土に突き立てる刃の部分はネジを回すように回転させることでシャフトと分離させることができるようになっていた。重さと言い長さと言い、武器としての使用も想定されているようだ。

 

 そこまで確認した私はその場の草の上に座り込んだ。少し疲れた。あぐらをかいてみるが、草むらがマットレス代わりになって心地よい。観察してみると、平行脈の葉の隙間を小さな昆虫が跳ね回っている。自分の他に生命体がいないわけではなさそうだ。たまに蟻が地面を這っている。なんだか安心した。


 ドッグタグを袋から掴みだしてみる。手のひらサイズの鉄きれにチェーンが通されている。英字で色々と書いてある。

 身体に関してだが、どうやら死ぬ前とは違う体みたいだ。足の感じとかを見る限り、スタイルは上等な部類に入るだろう。胸もないわけじゃない。腕を降ったときに邪魔にならないくらい。髪色は白に近いブロンドみたいだ。ショートカットにしてある。動きやすくてよし。

 死んだはずなのにここにいる理由について仮説を立ててみよう。荒唐無稽なものだが、一つ思いついた。この体の人間の脳に異常が起き、その結果死んだ直後の私の脳と記憶野の状況が完全に一致した、というものだ。この世界が元の私のいた世界と同じ世界とも限らないし、そういうことがあってもおかしくはないのかもしれない。確率としては酷く低い。しかし、誰に公開する仮説でもないし、これくらいのガバ仮説でもいいだろう。そう考えると、かつての私と今の私に厳密な連続性はないことになるが、もう今更である。毒を食らわば皿まで。偶然ならばそれ相応の考え方をするべきである。


 そんな事を考えているうちに日が高くなってきた。暑くなる前に行動を起こした方がいい。といっても参考になりそうなことがほとんどないから、とりあえず当て所なく歩くことにした。


 歩いて、歩いて、会ったのは盗賊だった。

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使い古されたなろう系の構造を使ってみた sir.ルンバ @suwa072306

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