第5話 二人の遺児、露見

豊臣家、栄華の終焉。

かの一族が最後に籠った山里丸の櫓が、真っ赤な炎に包まれて燃え上がるのを確認すると、家康は、ようやく緊張を解く。


あの様子では、遺体が見つからない可能性もあるが、逃げおおせるのは不可能だろう。

大阪城のことをよく知る豊臣家元家老、片桐且元かたぎりかつもといわく、あの櫓には抜け道はないとのことだった。


天に二日なし。天下人は一人しかいないのだ。

これで大手を振って、徳川の天下と言える日が到来したのである。


本陣の腰掛に身を委ね、これまでの苦労に思いを馳せているところ、重臣・本多正信ほんだまさのぶが難しい顔をしてやって来た。


「正信、何かあったのか?」

「大御所さま。少々、厄介な噂を聞きつけたので、お知らせに参りました」


たかが噂話で、ここまで正信が渋い表情を見せるということは、よほど重大な用件なのだろう。家康は、話の続きを催促した。


「実は捕らえた浪人、数名の話ですと、落城寸前の大阪城を脱出した童子がいるようなのです」

「秀頼の隠し子か?」

「その確証はございませぬが・・・」


噂話とは言え、それが真実であれば、大阪城を落としても、まだ禍根を断ったとは言い切れない。家康は、ゆっくりと正信の話を吟味した。


聞いた話を総合すると、大阪城から出たのは二組の一団らしい。

ただ、人数にはばらつきがあり、一組は五、六人の供がつき、もう一組は女性が一人ついただけだという。


逃げた子供の身分の違いだろうか?

それとも・・・何か別の理由があるのか・・・

そこで家康は、一つの仮説を立てた。


「一人は男児の可能性があるな」

「私もそのように考えます」


秀頼の子で、しかも男児となれば、担ぎ上げようという馬鹿が出て来てもおかしくない。


例えば豊臣恩顧の大名、加藤清正かとうきよまさ浅野長政あさのながまさはすでに亡くなっているが、福島正則ふくしままさのり黒田長政くろだながまさは、まだ生きているのだ。

その辺とつながりを持てば、少々、面倒なことが起きる可能性だってある。


「真偽は分からぬが、徹底的に探しだせ」

「はっ」


家康はそう下知を下すと、秀忠のいる本陣へと向かった。

あそこには千姫がいるはず。つい最近まで、大阪城にいた彼女ならば、何か知っているかもしれないのだ。


家康が岡山の陣に着き、早速、千姫に会うとするが、彼女は天に向かって祈りを捧げている最中である。

恐らく、秀頼、淀君母子の無事を祈っているのだと思われた。


その様子に、家康は心の中で舌打ちをする。

まずは、非情な報告をしなければ話が進まないことに気づいたのだ。


「千よ、大阪城は落城し、豊臣は滅んだ」

「えっ。・・・それでは、秀頼さまや淀君さまは?」


千姫の問いに家康は答えず、ただ、首を横に振る。

それで、総てを察することができた。


驚きと失意によって、千姫は天幕を飛び出すと遠く燃え盛る大阪城を見つめる。

すると、不意に落雷とともに雨が降り出すのだ。


千姫は雨に濡れるのもいとわなく、大阪城の方角に手を合わせて、頭を下げ続ける。

『秀頼さま、淀君さま。千の力、及ばず申し訳ございません。・・・これでは、私は何のために大阪城を出たのか、分かりませぬ』


落ち込みうなだれる千姫の背中に、家康が声をかけた。今後の徳川家のために、どうしても確認しておかなければならない重要なことがある。

家康も千姫とともに雨に濡れながら、豊臣家の遺児について問いただした。


「秀頼の隠し子の存在は、本当であろうか?」

その言葉に千姫は、はっとする。


大阪城を出るおり、淀君から国松丸と奈阿姫のことは、絶対に徳川に知られぬようにと口止めされていた。

お二人の命を繋ぎ止めておけなかった以上、この事だけは露見する訳にいかない。


家康の問いに、千姫は黙ったまま何も答えなかった。

但し、相手が悪すぎる。経験豊富な家康は、この千姫の態度だけで、秀頼に隠し子がいることを確信するのだった。


「黙っているならば、仕方ない。徹底的に探し出して、処分を下さねばならんのう」

家康のその言葉は、千姫の胸に突き刺さる。


秀頼、淀君を助けられず弱っている千姫の心を折るに十分だった。

千姫は、思わず家康の足元にすがりついたのである。


「どうか、お二人の御子だけは、お助け下さい。まだ、年端もいかぬ童なのです」


やはり、二人おったのか・・・

家康は言質を取ったことに満足すると、千姫の肩に優しく手をかけた。


「全ては二人の遺児を見つけ出してからよ。後のことは、それから考えるとしよう」

千姫を抱きかかえて天幕へと戻る。


孫の肩を抱きながら歩く家康は、冷徹な表情をしていた。

もし、千姫がその顔を見ていたら、家康の手を振りほどいて、その場を離れていたことだろう。


しかし、彼女は涙にくれ、前を見るのもおぼつかない状態だった。


『その二人の子は、必ず見つけ出し、処分する。これは豊臣が亡ぶか、徳川が亡ぶか二つに一つの争いじゃ』


家康は、心の中でそう誓うと、千姫を伴って、天幕の中へと消えてゆく。

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