第2話 大阪の陣
西暦1614年に始まった大坂冬の陣は、当初、
ところが、徳川が用意した最新兵器によって、形勢は一気に徳川側に傾くこととなる。
家康は、イギリスより購入したばかりのカルバリン砲四門とセーカー砲一門を早速、戦場に投入したのだ。
この武器の効果は絶大で、本来、攻撃が届くはずがない大阪城、本丸にまで砲弾が着弾する。
事実、天守閣の壁を壊し、淀君の居室近くにも被害が及ぶと、城内は大騒ぎとなった。
この砲撃で、淀君に仕える侍女が八人ほど亡くなっており、彼女自身の動揺は計り知れないものとなる。
徳川との和議には応じるつもりがなかった秀頼も、母の状況を
和議の交渉では、淀君の妹である
そこで取り決められた条件は、以下の通りであった。
・本丸以外、二の丸、三の丸の取り壊し
・堀の埋め立て
・豊臣家の本領安堵
・豊臣に加担した浪人衆を不問とする
・秀頼、淀君の関東下向はなし
これらの条件全て、豊臣家、徳川家の双方が承認しあい、和議は成立する。
およそ一月近くかかった戦が終結したのだ。
大阪城を囲んでいた兵は解かれるのだが、早速、和議の条件が実行される。
一般的に、条件にあった城割は土塁の角を崩したり、堀も一部埋め立てで終わらすのが儀礼的に行われていた。
今回もそのように執り行われるものと豊臣側が考えていたところ、徳川は外堀全てを埋め始める。
しかも、それが済むと今度は内堀にまで、手を出すのだった。和議の話合いでは、内堀は豊臣側で行う約束だったはず。その約定までも謀ったのだ。
当然、秀頼は異議を申し立てるが、徳川の言い分はこうである。
「大阪城の
確かに惣堀は徳川が担当することになっていたが、通常、惣堀は外堀をさす。
それを総堀と曲解し、大阪城を丸裸にするのが、この和議の真の狙いだったのだ。
この土木工事を武力で排除しようにも、手を出せば、それこそ約定違反。
徳川に攻める口実を与えることになる。
秀頼は、歯噛みしながら大阪城、外の景色を見つめるのだった。
しかも徳川の動きは素早い。
大阪城、総ての堀を埋める大仕事を僅か二週間でやってのけたのだった。
残ったのは無防備となった大阪城本丸のみ。
これでは、再び
秀頼は、得も言われぬ嫌な予感に苛まれるのだった。
そして、その予感は的中するのである。
和議が結ばれてから約五カ月後、大阪城は再び、徳川の大軍に包囲されたのだ。
この戦のきっかけとなったのは、大阪城に残っていた浪人たちに不穏な動きがあると、京都所司代・
豊臣側は、では具体的にどのようなことが、問題としてあったのか問い合わせるも回答はない。
ただ、浪人たちを解雇するか豊臣が移封に応じるか、どちらかの選択肢しか与えられなかった。
大坂冬の陣で徳川と渡り合えたのは、この浪人侍たちのおかげであり、もし解雇した場合、彼らには取締りの手が伸びることが予想される。
そうと分かっていながら、浪人たちを切ることは秀頼には出来なかった。
かといって移封を承諾し、一大名に成り下がることは、到底承服できない。
残る選択は、徳川からは示されなかった開戦しかないのだ。
すでに防衛力が失われている大阪城。
真田信繁などは野戦に活路を見出すが、それも多勢に無勢。
武士の華は見事に咲かせるものの、
勝敗を決するのに三日とかからないのだった。
ここで、豊臣方は秀頼の正室である
七歳で秀頼に嫁いだ千姫は、十年以上の歳月を大阪城で過ごしていた。
いかに徳川の血を引くとはいえ、秀頼とともに討ち死にする覚悟はすでにできている。
そこにこの提案だ。千姫は自分だけ生き永らえることは出来ないと、はじめ強く拒否する。
しかし、彼女の説得には淀君自身があたり翻意を促した。
「千や、そなたを本当の娘と思って頼みがあります。豊臣の血を絶やすことはできませぬ。そなたは徳川に戻って、何としても秀頼の助命を認めさせるのです」
淀君は幼い身で、政略結婚の犠牲となった千姫のことを、戦国の世の一女性として不憫に思っていたのである。
ましてや実の妹、お江の娘。
ゆえに彼女が幼いころから、本当の娘のように大切に可愛がってきた。
また、千姫もそんな淀君のことを実の母親以上に慕っていたのである。
そんな彼女の切なる願いを拒否することは、千姫にはできなかった。
「お義母さま、承知いたしました。千は命に代えましても、秀頼さまのお命、お守りいたします」
その言葉に淀君は、涙を流して感謝する。そして、もう一言、付け加えた。
「そなたの耳にも、もう入っているかと思いますが、秀頼には二人の子がいます。その事だけは、徳川に知られぬよう心に留め置いて下さい」
昨年から、大阪城にいる二人の御子のことは千姫も承知している。
もしかしたら、秀頼の子ではないかと思っていたが、今、淀君の告白から確信に変わった。
正室という立場から、まったく気にならないと言えば嘘になるが、お慕いする秀頼の子であれば、千姫にとっても等しく守る対象である。
千姫は淀君に固く約束し、大阪城を後にした。
風前の灯火と言える豊臣家の運命は、彼女の小さな双肩に託されることになる。
※1:方広寺再建のために秀頼が納めた
梵鐘の銘文が不適切であると徳川
に非難された事件。
大阪の陣のきっかけの一つとも
される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます