第1章 豊臣家の終焉 編
第1話 奈阿姫の生い立ち
西暦1608年、豊臣家の子として、この世に生を受けた
物心ついた時には、既に
この三宅善兵衛なる男は、
豊臣秀吉の
豊臣家と縁深いのは間違いないが、今はもう徳川の世となりつつあった。
小出家はさきの関ヶ原の戦いで、西軍についたものの敗れ去る。その結果、お取り潰しにされても文句が言えなかったところ、領地はそのままに安堵されていた。
このことで徳川には、多大な恩義を感じていたのである。
もはや簡単に豊臣家に加担することは、出来ないのだ。
そこで、苦悩の結果、秀吉の従弟にあたる父、
そして、当然、露見した場合の手も打つのだった。
「秀頼さまの御子をお前に預ける。分かっていると思うが、これは小出家とは、一切、関わりないことぞ」
吉英は善兵衛に、そう言い含める。お家を守るためには、致し方ない処置とも言えた。
善兵衛は、かつての主君と
その際、お声掛けいただいた感激を今も忘れてはおらず、奈阿姫と初めて会った時には、何か巡り合わせのようなものを感じるのだ。
これで、もしお咎めを受けたとして、自分の首一つを差出せばいいと腹をくくる。
こうして、善兵衛の妻が乳母となり、奈阿姫を六歳※1まで育てることになった。
何故、秀吉の
それは正室の子でなかったことが大きな理由の一つだった。
秀頼の正室は、家康から将軍職を継いだ
その千姫を差し置いて、他の女性に子を産ませたとあっては、徳川からどんな難癖をつけられるか分からなかった。
しかも、秀頼の子は奈阿姫だけではなく、実は一つ年上に
女児だけならともかく跡継ぎともなりうる男児が、徳川の血が一切混じらずに生まれていることは、徳川に知られてはならない、豊臣の秘事となった。
国松丸は、生まれてすぐ、淀君の妹である
但し、京極家も豊臣の寵児の育成には苦慮した。
徳川に知られてしまっては、お家断絶の可能性だってある。
そこで領内に国松丸の乳母の兄、
この処置に姉に対して申し訳なく思う常高院は、京極家から
しかし、この六郎左衛門の教育のおかげか、国松丸は落ち着きのある利発な少年へと育っていった。
奈阿姫は、兄に倣うかのように、豊臣家とは別の手の者によって、育てられることになったのである。
この離れ離れに暮らしていた兄妹は、大坂冬の陣が始まる前に、秘密裏に大阪城へと連れ戻された。
奈阿姫は、この時、初めて自分に兄がいること。そして、父親が誰であるかを知る。
初対面を果たした時の父、豊臣秀頼の優しい瞳とその大きな腕に包まれた温もりは、奈阿姫が大人になってからも、忘れることはなかった。
「大きく立派になったな。父も嬉しく思うぞ」
秀頼は、身長が六尺五寸※2と当時としては、非常に立派な体躯の持ち主である。
二十二歳と世間的には若い父親だったが、奈阿姫の目には富士の山のように頼もしく映った。
戦時中ということもあり、父親と会える時間は限られていたが、その代わり兄の国松丸や祖母となる淀君とは、毎日のように遊び、語り合う。
それは奈阿姫の人生にとって、本当の家族と触れ合う唯一無二の時間となった。
思えば、奈阿姫が一番多く笑顔でいられた期間かもしれない。
そして、ついに母親との対面も果たすことができた。
母親の名は、
主君のお手付きとなって奈阿姫を身籠り、出産した後は、その事実を隠匿するために大阪城を離れていた。
今回、奈阿姫が大阪城に戻ることがきっかけとなり、呼び戻されたのである。
初めて見る母の笑顔。想像していた通りのその姿に奈阿姫は、衝動的に母に向かって駆け出し、そのまま飛びつくのだった。
受け止めた
「お母さま、お会いしとうございました」
「私もですよ」
城内では大人びた振舞いを見せていた奈阿姫であったが、やはりそこは六歳の女児。
母の胸に埋もれながら、泣きじゃくる。
この母娘の対面に周囲の者たちももらい泣きをするのだった。
大阪城内は暖かい雰囲気に包まれる。
だが、運命の牙は容赦しない。
これから、この二人を割く過酷な未来が待ち構えているのだった。
それは、落雷のような音と衝撃が大阪城を襲うことで始まる。
※1:本作で年齢は全て、数え歳
※2:六尺五寸⇒約190cm
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