サザンクロス
さなこばと
サザンクロス
未熟な年頃の君は、見渡す限りがすべて草むらの大地に突如として放り出されたばかりでさぞ困惑していることだろう。何も見つけられていない。何をすべきか分からない。
君はここにいる理由を知らない。
君には、ある重要な役割が課せられているのだけれど、今まで周りにいた誰からも教えられていない。意味も分からずに茫然と立ち尽くしているはずだ。ひとりぼっちでいると思う。同じ志を持つ仲間とは容易にめぐり会えない。そういう仕組みになっている。
無為な時間が経つ。地平線の遙か先で太陽が光の残滓を振りまきながらゆっくりと沈みゆくのを、何もできず棒立ちのままで、じっと見ている。夕焼けの鮮やかさに目を細める。
不意に肌寒さをおぼえた君は体を震わせて、ポケットに手を差し入れる。指先に固いものが触れる。取り出したそれは、暗闇を照らす役割を担う、手のひらサイズのライトだ。
君は早速スイッチを入れてみる。しかし、故障しているのか電池切れなのか、かすかな光すらともらない。期待外れだと憤慨して、壊れんばかりの力を込めてライトの持ち手を握る。思い通りにならないことに直面した君は苛立ちをおぼえ、それを解消する相手がないのにひどく腹を立てる。やけになってライトを遠くへ投げようと腕を振りかぶる。反面で、冷静に状況を把握しようと頭のどこかで思考を始める。辺りには光源が一切見あたらず、これがなくなると縋る藁も消えてなくなる。胸に手を当てて、一旦落ち着こうと深呼吸する。
ここは一体どこなのだろう、と君はしばし頭を抱える。
気づけば周囲一帯は、黒色に染まっている。何度まばたきをしても目を凝らしても、何も見えない。一筋の光も確認できないほどの完全な夜闇が、広大な草むらを包み込んでいる。
全方位をインクで塗りつぶしたかのような暗闇の中で、君は歩き出そうと心に決める。
草の葉についている夜露が、歩く君の膝を濡らす。風は時折そよぐので、草原の幾多の葉が擦れる音も若干聞こえる。そこで君は異様なまでの静けさに気づいて不安になる。次第につのる心細さは君のか弱い精神を袋小路へと追い詰めてしまう。君は闇雲に走り出す。
君の澄んだ目に大粒の涙がたまる。一生懸命、服の袖で拭うのだけれど、次から次へと溢れ出る涙はまもなく頬を伝うだろうと、経過を通して見るまでもなく推しはかることができる。今はまだそうならないようにと君は必死な思いで歯を食いしばっているけれど。
目元を押さえてうつむき泣きながら歩くうちに、不注意にも君は何かに衝突してしまう。顔を上げると扉がある。白色の扉がひとつ、真っ暗な空間に薄ぼんやりと浮かんでいる。
うっすらと白く浮かび上がる扉の明るさに君は目をぱちくりさせて、ぱっと飛びつく。ノブを回す。不思議だとはひとかけらも思っていない無垢な君は、迷うことなく扉を開ける。
開いた扉の向こうからこちら側に強烈な白い光が注がれる。君は手でひさしを作る。一歩踏み出す。少しだけ息を止めて目をぎゅっと閉じると、扉の中へ、思いきって飛び込む。
君の姿は、光の奔流に飲み込まれる。扉が閉まる。白い扉は闇に溶けて跡形もなく消える。
闇夜の草むらには風に揺れる無数の葉と、去っていった君の残り香だけがわずかに漂う。
何も知らない、まだ見ぬ君へ。
ライトをなくすなかれ。今後はいつでも使えるよう準備しておくといい。
君の世界が、朽ち果てる最後までまばゆい光に照らされていることを、ずっと願っている。
サザンクロス さなこばと @kobato37
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