マーガレットのベンガル 7
かれはシャハという名の、キャラコを織る織工で、家は土壁に藁屋根の質素なものだ。少年はかるく、かれひとりで背負うことができたが、脱力した人間を運ぶには人手がいる。わたしはかれについていって、かれが庭先の寝台に少年を下ろすのを手伝い、いぶかしんだ妻が出てくるのに説明した。
天然痘です。口を布で覆ってちかづき、触れたら都度手を洗って、自分の口や目に触れないように。そうしないと、わたしのようになります。
かわいそうに。見捨てられたなんて。大丈夫、わたしもいちどかかったことがあるの。うちで看護するわ。
毅然とした夫婦に、わたしは、このようなひとたちもいるのだ、とこころを打たれた。
気休めにしかなりませんが、熱冷ましの薬草を持って明日また来ます。これは、すくないですが……。
と言って差し出した米を、ムスリマは首を振って拒む。
いただけないわ。薬草はありがたいけれど。
この子に重湯を食べさせてやってください。
そう押し問答し、わたしは彼女に米袋を握らせる。
絵を描く仕事があるから、頻繁に街に出ることはできない。それでも、あるだけの時間と金を使って、施しをし、少年に見舞う。その予定があるということが、わたしの手を慰める。根を詰めた絵を描くときも、この絵は、なにかを与えたいと思う人間の絵だと思うことにする。
織工の家に数度通ううち、少年は回復した。
……ラロンといいます。
起き上がって食事をし、かれは名乗った。
いのちを救っていただいて……ありがとうございます。
ヒンドゥスターンの人間はほとんど礼を言わないが、かれはそう言った。外国人とムスリムに拾われ、看護を受け、回復したことを、かれはすぐに理解した。
魚や山羊肉を出してもいい? 精が付くと思うの。
織工の妻に問われ、かれは首を振った。
野菜しか食べない家で育ちました。
それからしばらくぼんやりと宙を見つめた。
……もう意味のないことかもしれません。わたしの家はわたしを捨て、あなたがたに救われました。
病み上がりだからというわけでもなく、ラロンは静かに話した。
父の穢れを浄化するために巡礼に出た。付き添いは叔父と乳母の息子で、かれらは少年の発症を知ると、穢れが移ると言ってかれを道ばたに捨てた。家は裕福なブラフマンで、東インド会社のもと領地を治めていた。
お父さんの穢れというのは……
少年の落ち着いた物言いに、わたしは思わず疑問を投げかけた。
ラロンは生え揃った睫を瞬かせ、目を伏せた。
賤民である賛歌(キールトン)の歌姫とふかい仲になり、子どもまでいたと。父は患っていて、自分では巡礼に出られないのです。ジャーティの長老の寄り合いで、そういう話になったそうです。
ヒンドゥーのひとびとの穢れというのは、複数の親子を含む大家族全体に適用されることもあり、その浄化には構成員が聖地、とくにガンジス河で沐浴をし、当地のブラフマンに儀式を行ってもらう必要がある。十代半ばほどであろうラロンが、自分の父の不名誉な穢れを負って巡礼に行き、その上で捨てられたという意味が、わたしに重くのしかかった。
あなたがたに救っていただき、あなたがたの食物を食べた以上、わたしはもう、自分の村には戻れません。
ブラフマンの禁忌は多岐にわたるが、重要なのは共食の禁忌だ。自分より下のカーストの人間が用意したものを食べてはならない。それもまた、浄化によってあがなうことのできることだと聞いたことがあるが、少年にそのつもりはないようだった。
そんな……行ってみたら、歓迎してくれるかもしれないわ。
シャハの妻がおろおろと言う。
無理でしょう。
いままで黙っていたホセンが、突然きっぱりと言った。
わたしもブラフマンの家で生まれました。故郷は壊滅して、親戚も散り散りですが、かれらのうちのだれかの家に帰っても、わたしは拒まれます。ムスリムの用意した食事を食べ、ムスリムに去勢されているからです。誤った行為(バドカルマ)にあたることをされたこともあります。親族にとってわたしは、穢れを身のうちに満たした者なのです。家の敷居に入り、触れれば、その穢れが移ります。
そんなもの。
わたしは思わずおおきな声を出した。
目に見えない。触れもしない。それなのに天然痘のように感染すると?
そうです。ちかくにいた者みなに感染します。
ホセンは真剣にわたしを見つめた。
からだに不具合が出るわけではないのに。
こころを支配し、行動を縛るのです。
わたしはさけんだ。
ばかげてる。
……そうです。
静かに言ったのは、ラロンだった。みなに見つめられながら、少年はゆっくりと言った。
生まれ(ジヤーティ)も信仰も、目で見ることも、触ることもできません。服装や装身具でそれがわかるとして、そんなものは、生まれたときには持っていません。聖なる紐がブラフマンのしるしというなら、
ラロンは自分の肩の紐に触れた。
こんなものは、七つの市場に売り払ってしまえばよいのです。
病によって膿の残った顔にある黒い瞳は、わたしにはこのうえなく浄らかに見えた。
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