第22話 懲戒


「ザック先生‥‥‥!」


 エマと俺の前に立ち塞がったのは、坊主頭の教師バラン・ザック先生だった。母が魔法師団団長ということもあって、その力の片鱗は底が見えない。


 坊主頭には似合わないその外套もエイブリーを真似ているらしかった。


「しっかし、派手な攻撃だなあ!クソガキ!てめえ、一体どこでそんな力を手に入れやがった?」


 そのセリフだけを聞けば、先生が悪人に聞こえるかもしれないが、実際はれっきとした教師。魔球バレーマを行使したオーウェンが本当の悪だ。


「ああ?てめえのようなクソ教師には知る必要のねえことだ!それより、なんでお前はそっちの味方をするんだ?先にオレをぶったのはその女の方だぜ?」

「‥‥‥ふん、今はそんなことどうでもいい。それより、校内で許可なく攻撃魔術を発動させたお前の方が罰せられる対象だ」

「ちっ、ごちゃごちゃうるせえな!」


 そして、オーウェンは再び構えの姿勢をとった。また技を発動するつもりだろう。


 しかし。


「────おっと、それ以上動くなよ」


 先に術を行使したのはザック先生のほうだった。


「あ、あれは、土魔法‥‥‥!」


 俺の後ろに隠れたままのエマがそう口にする。そう、先生が行使しているのは確かに土魔法であった。この裏庭という環境を生かして、自然の土を動かし、オーウェンの手足を拘束していた。


「っ、体が、動かねえ‥‥‥!!」


 文字通り雁字搦めの状態で、オーウェンは苦痛を漏らした。


「ガキが────、この程度の魔法に捕まるとは、まだまだだな」

「っ、くそがあああ!!」

「お前のやったことは後程、職員会議にかけられる。入学してからまだ一週間程度での違反だからな、甘く見てもらえるかもしれないが────」

「あ?なんだよ?放せよ!」


 ザック先生はオーウェンの頭をがしっと掴んでその顔を近づけた。そして、眉間に皺を寄せた状態で言う。


「これ以上暴れるってんなら、それ以上の措置も必要だよなあ??」


 ────うん、怖っ!


 これじゃあどっちが悪者か区別がつかん。エマも怯えている。


「ぐっ、分かった、分かったから!放せ、このくそ教師!」

「ふっ、まだかわいいもんだぜ、お前らなんか。三年には俺ですら敵わねえ“規格外”がいるんだからよ‥‥‥」


 そう言いながらザック先生はオーウェンを解放した。

 その言葉には含みがあるようだったが、不意に背中をとんとんと叩かれ俺はそっちに注意を向けてしまう。


「うん、どうした?エマ」

「い、いえ、ありがとう、ございました。わたしみたいな一端のエルフを助けてくださり」

「え、いや、けど今回守ってくれたのはザック先生だろ?俺に感謝するよりも先生に感謝した方がいい」


 何かと思ったらエマからの謝礼だった。

 ゲーム上で見たように、真面目で律儀な性格の持ち主のようだ。


「いえ、それでも、最初にわたしを庇ってくれたのはあなたでしたから。本当にありがとうございます」

「うっ、そこまで言われたら」


 どういたしましてと言うしかない。


「でも俺は、エマと同じ学年だから敬語とかしなくていいぞ。礼もこれっきりでいい。恩を返そうと君は思うかもしれないが、そんなのしなくていいぞ」


 そう言うと彼女は目をぱちりとさせた。

 俺の言葉に驚いたようだ。はて?おかしなことは何も言ってないぞ。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて、い、いつも通りのわたしでいかせてもらうね?」

「あ、ああ」


 おっと。これはこれは、愛くるしい口調に彼女は戻った。

 これが普段の彼女だった。確かに先ほどは怯えて萎縮してしまっていたがこれが本来の彼女らしい。


「あの、一つ質問いいかな?」

「なんだ?」

「最初から気になってたことなんだけど‥‥‥、どうしてあなたは私の名前を知ってるの?」

「────────」


 あっ、やべ。確かに。


 ついゲーム知識が作用して、彼女のことを最初から呼び捨てにしてしまっていた。彼女の方を見ると首を傾げながら、俺を見つめている。くっ、その無垢な瞳が今の俺には効く。嘘は言いたくないが、これだけは嘘を許してほしい。


「じ、実はな、俺、『鑑定』スキル持ちなんだ‥‥‥」


 持ってないけども。


「へえ、そうなんだ!凄いなあ!でも、それって商人の人しか持てないスキルじゃないのかな?」


 ぎくっ。

 確かにそうだ。しかし、裏仕様ではどのキャラでも獲得できたはず。特に主人公とか主要キャラは獲得できたような記憶が。

 けど、それを立証できなければ話にならない。これは正直に言うしかないか?


 そして、俺が事実を口に滑らそうとしたとき、良いタイミングで思わぬ声が入った。



────あ、テオ!こんなところにいたのね!



 その人物はミア。

 どうやら友達の質問攻めから抜け出してきたようだ。


「ほっ、ナイスタイミングだ、ミア」

「へっ、何が?」


 あっけからんとした表情だが、お前はそのままでいてくれ。エマは好奇心旺盛だから困ってしまうよ、ほんと。


 一方のエマを見ると、むうと頬を膨らませて俺を睨んでいた。

 ふむ、これは絶対いつか尋問されるやつだ。俺はそう悟った。それまでになんとかして『鑑定』スキルを獲得しなければならない。


 やることがまた一つ増えた。


「‥‥‥テオくんっていうんだね!これからよろしく!」

「え、誰この女‥‥‥。ちょっとテオ、どういうことか説明しなさい!」

「‥‥‥‥‥‥」


 ザッ。


「「あっ!!」」


 方向転換し、彼女らに背を向ける。そして、俺は能力値など意に介さず、全力でその場を離れたのだった。


 ヒロインもとい『神眼』保有者二人。思わぬ出会いだが、俺はしばらく校舎中を逃げ回ることになった。


 俺の逃亡劇、はたまたじゃれ合いが展開されるなか、ザック先生に連れられるオーウェンはぼそりと呟いた。


「‥‥‥くそ、覚えてろよ、クソ女。そして、あの男。名前は知らねえが今度会ったらぶち殺してやる‥‥‥!」


 悪態を突くオーウェン。だが逃亡に集中していた俺に、その声が聞き取れるはずもなかった。

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神眼に契る 〜悪役転生したので取り敢えず能力値カンストさせて最強になります〜 @kasabaru86

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