第21話 ざっくばらんな男



 少女の叫びが耳に入った。


 何かに対して怯えているような、恐怖しているような、そんな叫びに聞こえた。


「────大丈夫か?!」


 運良く、俺は裏庭の近くまで来ていたのでそのまま裏庭に駆け入る。


 まずは誰かしらの所在と安否を確認するために声を張り上げた。


 しかし、次に聞こえてきたのはドオオオオン!というを行使したらしい轟音。


 慌てて駆け入ると、そこにはベンチの側で腰を抜かす耳の長い少女。


 震えた様子で、彼女は地面に腰をつけていた。


 そして、その前にいるもう一人の男。


「────っ、オーウェン、か」


 何故。


 どうしてこいつはここにいるのだろう。

 どうしてその少女に炎魔術を行使しているのだろう。


 そういった疑問が溢れてやまないが、答えはその少女の特徴にあった。


(────っ、そうか!あの子は『慈愛』の眼の保有者……!)


 間違いなかった。


 耳が長く、緑色のショートボブ。

 つまりは、エルフ族のヒロイン──エマ。


(まさか、こんな早くにもう一人のヒロインと邂逅することになるとはな‥‥‥)


 思わぬ誤算だが、今はそちらに着眼点を置いてはいけない。


 問題は何故、オーウェンが彼女を攻撃しているのかと言うことだった。


「あん?てめえは誰だ?いけすかねえ顔しやがって──。今はこの女にお灸を据えてる最中なんだよ!邪魔すんな、カスが!」

「────ひっ‥‥‥!」


 その下劣なオーウェンの言葉にエマは悲鳴をあげる。

 これは到底看過できるものではなかった。


 俺はすぐさま、縮地術を使い、エマのそばに跳ぶ。

 その瞬時の出来事にオーウェンもエマも驚いたような顔をするが、俺は構わずエマに声をかけた。


「大丈夫か?傷んでるところはないか?」


 その質問に対して、彼女は大袈裟に頭を振って頷く。


 どうやらオーウェンの炎魔術──おそらくは初級の『バレーマ(魔球)』の標的にされたのだろう。


 俺は頷きながらも不安な顔を見せる彼女の腰を支えて、ゆっくりと立ちあがらせた。


 彼女の髪の一部──やつの炎魔術にやられたであろう、燃えて短くなっている処があった。そのわずかな傷跡にも俺は憤りを見せる。


「────お前、何故エマに攻撃した‥‥‥!」

「ん?お前、その女の知り合いか?けっ、虫唾が走る。たいそうな正義面かましてるじゃねえか!」

「黙れ!俺の質問に答えろ!」

「ふん。そりゃあ、いきなりその女がオレにビンタしてきたからだぜ?オレは何もしてないってのになあ?ひどいもんだぜ!」

「‥‥‥‥‥‥」


 それは違う。

 俺の背中で不安そうに立つ彼女は、その言葉に首を横に振っていた。

 俺の服を掴んで、まだ震えている。


「ち、違う!私は確かにその人の頬を叩いてしまったけど‥‥‥、それは彼が植木鉢を壊したから────」

「ああん?」

「────ひっ!」


 エマはオーウェンの気迫に押され、声を出せなくなる。

 俺の服を掴む力がさらに強まった。


 だが、一つ分かったことがある。


 それは、エマが理由でオーウェンに怒りを示したこと。

 よく見れば、オーウェンの後方には、崩壊した植木鉢とその花の残骸などが散らばっている。


 自然をこよなく愛すエマからしたら、それは自然に対する冒涜とも言っていい。オーウェンの言動は非道を極めていた。


 それを意に介さず、やつは何もしていないと言う。


 俺はオーウェンに言った。


「おいオーウェン!そうやって彼女を威喝するな!お前が植木鉢を壊したのが原因だろう!」

「はあ?バカかお前?足元にあんなくそみてえな植木鉢があったら、誰だって蹴り飛ばすだろうが?センスの欠片もねえただの花に情を入れるお前らの方がよっぽどどうにかしてるぜ!」


 その言葉に嘘偽りはないようだ。

 オーウェンは、本心でその思想を語っている。


 純悪ではなく邪悪という言葉が似合う男。


 それはまるで転生以前のテオのようだが、こいつはテオよりよっぽどたちが悪いように俺には思えてしまった。


「──ど、どの花にも植物にも情は入れるべきだと私は思うよ‥‥‥!あ、あなたがやったことは褒められるものではないし、その花を育てていた人にも、し、失礼だよ!」


 彼女は声に出して本心を言った。


 彼女の顔を見る。真剣な眼差しで怯えつつも自分の意見を言っていた。


(この光景には、少し既視感がある……)


 そうだ。

 この光景は、ストーリー上にあったはずじゃねえか。


 もとはテオが悪役として初めて登場する一シーン。


 本来、彼女に怪我を負わせていたのはテオであり、それを助けようとするのが主人公なのだ。

 だが、現実は奇しくも真逆。


 元悪役である俺が彼女を助けることになっている。


(壮大なストーリー改変が起こってるな……)


 思い出してみればミアのことだってそうだ。

 もともとヒロインとテオが邂逅するのは入学してからだった。


 それを俺が改変した。つまりはこれからの未来が変わる。


「だからよお!さっきからお前はなんなんだよ!つべこべオレに指図しやがって!何が『失礼』だ、クソアマ!」


 オーウェンは憤慨する。

 これは見事な逆ギレだ。


「もうそれくらいにしてくれ、オーウェン。エマが怯えているだろ。お前が何者かは俺には分からないが、今回は手を引いてくれ。ここで暴れたとしても、お前にはなんのメリットも無いんだぞ!」

「────うっせえな、優等生気取りが。別にオレはこの学園を追い出されたって構わないぜ?学園を離れたところで、そのエマみてえないい体の女を手込めにするだけだからなあ!」


 それはつまり、被害の幅を広げる──ストーリーの改変が随所で起こるということ。


 それだけは絶対に防がなければならない。


 どうする?

 エイダン・テオ。

 ここで主人公を倒すか、それとも上手く説得するか。


 常識的に考えてやつとの交渉はほとんど無理だが、校舎や裏庭の被害をほとんど抑えて制圧することはできそうだ。

 それができる力を俺は身につけたのだから。


 畢竟、やつから攻撃は始まっていた。しかも、不意打ちという形で。


「────おら!雑魚が、これで死ね!『魔球バレーマ』!」


 しかし、その魔球が俺たちに届くことはなかった。


 魔球が破裂し、辺りがその余波で砂煙が舞う。



 視界が遮られているが、俺とエマは予想外の人物に守られていたのだ。


「よお、クソガキィ‥‥‥!入学早々仲良くしてるのかと思ったら、殺人まで犯そうとしやがって‥‥‥!これは、退学処分かあ?!」


 ざっくばらんな語り。

 バラン・ザック。


 担任である坊主頭の男が青筋を立てながら立っていた。


 予想外の人物に俺は戸惑うしか無いが、ただその背中はエイブリーの息子ともあって、とても逞しく俺の目には映っていた。

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