俺とテンプレのエンカウンター

ミハラタクミ

第1話 岩野典明は飢えている




「これもハッピーエンドで終わったか……」


 俺はそっと本を閉じてテーブルの上に置くと、テーブルに伏せるように身体を預ける。疲労感と気持ちの良い読後感を一身に受け、本日も良い作品に出会えた喜びを噛みしめる。


 俺の横には読み終えた恋愛漫画(全十八巻)が山積みにされていた。


 やはり恋愛漫画は良い。男にしても女にしても登場してくるキャラクターは純粋なキャラばかりで、まるで初恋のような甘酸っぱさがある。読んでいるこちらもドキドキして照れてしまう展開や時には修羅場という展開もあるが、それはそれで結局はハッピーエンドの感動を際立たせるスパイスとなっているのだ。読者にこんな恋愛をしてみたいと思わせられるストーリ作りができる作者は凄いものだと感慨深く思う。そう――俺も……俺も……


「こんなキラッキラッな恋愛がしてーよぉぉおおおお!」


「うるさいなお兄ちゃん! もうその台詞何度目よ!」


 俺の叫び声にリビングのソファに座って同じく漫画を読んでいた妹が怒鳴ってきた。岩野いわの奈津葉なつは、一つ下の妹で最近思春期のせいかはたまた反抗期なのか兄である俺に対する当たりが少しキツくなってきている。だがまぁ、兄想いの可愛い妹である……そう信じたい。


「いやだってよ奈津葉、兄ちゃんはこういう漫画のような恋愛がしたいんだよ」


「分かってる知ってる。一巻ずつ読み終えるごとに同じ台詞を叫ばれたら嫌でもお兄ちゃんの気持ちが耳に残るよ。そんなにしたいならすればいいじゃん」


 半分呆れたような表情と声音でそう告げてくる妹。


「お前そんな簡単に言うけどな、知ってるか? 恋愛をするには相手がいるんだぜ?」


「ごめんお兄ちゃん。そうだったね……お兄ちゃんはモテなかったね……」


「べ、別にモテないわけじゃねーし! 俺がまだ出会えてないだけだし!」


 妹の一言に傷口を抉られるような気持ちになる俺。

 

 こいつはもう少しオブラートに包むという事を知らないのか。


 だが妹の言う通り、それは紛れもない事実だ。俺は小学生、中学生と異性からモテたことはない。まぁ小学生、中学生の時にするものが恋愛なんていう大層なものかどうかはさておき、それでもやはり異性からモテる奴というのは必ず存在する。それは小学生の時点で既にモテる奴とモテない奴との差ははっきりしていのだ。


「奈津葉……兄ちゃんな、漫画を読んでてあることに気づいてしまったんだ」


「何?」


「何でこういった恋愛漫画に出てくる登場人物って美男美女ばかり出てくる物が多いんだ! 不公平じゃねぇか! ルックスも名前もカッコイイ、性格も良いなんて生まれた時から勝ち組だろうが!」


「えー今更気づいたの!?」


 俺の言葉に驚きの表情を浮かべる妹。


「くそっ! 男も女もキラキラネームばっかりで、俺なんて名前が典明だぞ。苗字との組み合わせのせいで小学校のあだ名は〝岩海苔〟だぞ! しかも何だ! 作品によっては、ぼっちで性格が捻くれているとかコミュニケーション能力が低いにも関わらず不思議と女の子が集まってきたり、別の作品では見た目も性格も普通みたいな設定なのになぜか異性にモテモテになるとかおかしいだろ! 可愛い幼馴染とかどこで手に入るんだよ!」


「うわぁ~お兄ちゃんとうとう設定に妬み出したよ。そんなの設定に文句言ったって仕方ないじゃん」


「だいたい見た目が普通と言いつつ俺よりカッコイイじゃねぇか! 俺よりカッコイイくせにぼっちになるとかおかしいだろ! じゃああれか、そんな奴らにも劣る俺はゴミか! ゴミ屑なのか! しかも何だ、異性から好意を寄せられているにも関わらず、なぜ鈍感な奴が多いんだ! 気づけよそこは」


「ちょっとお兄ちゃん、それを言ったら台無しでしょ。文句ばっかり言うならもう漫画貸さないよ」


「それは困る」


 妹の言葉に冷静を取り戻す。つい熱くなってしまった。


 俺が読む恋愛漫画はほとんど妹から借りて読む物だ。恋愛漫画にも色々あり少年少女向けの物もあれば青年向けの物がある。だが俺には恋愛モノの本を本屋のレジに持って行く勇気はない。何だか恥ずかしいのだ。それに最近の作品のタイトルはモロに直球だったりするので余計に恥ずかしい。


 その点、妹は少年漫画だろうが少女漫画だろうが何を気にするでもなく購入できる。その部分は女の強みである所だと思う。これが不思議なもので、女は少年漫画でも少女漫画でも買う所を見られたところで普通のこととして見られるのに、男が少女漫画を買おうものならきっと店員に気持ち悪いと思われているか、心の中で笑われているか、あるいは同情されているかもしれない。


 これは同じ男でもやはり見た目がものを言う。爽やかなイケメンが少女漫画を買う為にレジに並んでいたところで、きっと気持ち悪いとはならない。むしろ宣伝効果に繋がると言っても過言ではない。こんなイケメンも読んでいるなら読んでみようみたいな感じだ。逆に俺みたいなのが少女漫画を買おうとレジに並んでいたら、同じ漫画を買おうとした人は本棚に戻すレベルである。偏見が過ぎるかもしれないが。


 そう考えると現実でも漫画の世界でも美男美女は何をしても有利なのだ。


「だが奈津葉、兄ちゃんの言いたいことも分かるだろ?」


 俺は座ったまま妹の方に身体を向け尋ねる。


「そりゃ分かるけど……でも別にお兄ちゃんだってイケメンではないけど普通なんだから頑張れば恋愛できるよきっと。うん、普通なんだから」


「俺の人生でこんなにも心にダメージを負う普通は初めてだ」


 普通って言葉は決して褒め言葉にはならない。俺の経験則からして【普通】と【優しい】という言葉は褒める言葉が見つからない時に使われる逃げの言葉だと思う。


「じゃあ今から奈津葉にいくつか質問するぞ。そうだな……奈津葉は恋愛漫画のヒロインのつもりで、そして俺を主人公だと思って聞くんだ」


「うん、分かった。既に吐き気を催す条件だけど頑張ってみるね」


 なんだ、俺の妹はお兄ちゃんを嫌いになるお年頃なのか? そういう時期なのか?


「じゃあまず主人公である俺の下の名前を言ってみろ」


「典明」


「俺の見た目を言葉で表すなら何と表現する?」


「普通」


「では俺の――」


「ごめん、もうギブアップ」


「ギブアップ早くね!?」


 俺の妹は心底気持ち悪い様子で俺の方に手を向けて白旗を上げた。いやまぁ分かってた事だけども。


「だってお兄ちゃんが主人公の恋愛漫画なんて考えたくないんだけど」


「そこはもうちょっと頑張ってくれよ。俺だってなこういう漫画のような恋愛がしてみたいんだ。こういう俺に無いものを全て持っている主人公たちが憎くて憎くてたまらないんだよ」


「うーん……モテる方法ね……もう見た目は仕方ないんだから漫画みたいな出会いが起きるような行動をしてみるとか? なーんて冗――」


「そうか! その手があったか!」


「えっ?」


 妹の言葉を聞いて勢いよく椅子から立ち上がる。何だか雷に打たれたような衝撃である。


「奈津葉の言いたいことはこうだろ? 恋愛漫画においてまず第一に出会いのきっかけというものがある。どんなシチュエーションであれ、結局は運命的な出会いをした者同士が運命の相手だ。つまり漫画に出てくるような行動を実際に行えば異性との出会いがあり彼女ができるというわけだな」


「いや、それは例えであって、むしろ半分冗談なんだけ――」


 妹が何か言っているがもう俺の耳には聞こえていない。分かってしまったのだ。閃いたのだ。異性と出会うきっかけ作りの方法が。


「そうだ、まず各作品の異性との出合い方、恋愛に発展する展開をリストアップして明日からでも実践できる方法を――」


「あー私余計な事言っちゃったかも……嫌な予感しかしない」


 不安な気持ちを抱きながら再び漫画を読み始める妹を余所に、俺は意気揚々と紙に出会いのシチュエーションをリストアップしていくのだった。

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