第3話 急に聞こえなくなるときってあるよね
ずっと、普通のことだと思っていた。
だけど、実はどうもおかしいのではないかと思い始めていることがある。
それは、幼馴染の叶乃のことだけではない。……僕自身のことも、だ。
最近になって、叶乃と以前より会話をするようになり、気がついたことだ。
思えば昔から、ときどきあるんだ。
他者が何かを呟いたりしているときに、急に周囲の物音が激しくなったりして―――何を言っているのかよく聞こえなくなる、という怪奇現象。
その現象は、彼女に責任を取るように告げられてから起こるようになった気がするが……あまりに大きな過ちを犯してしまったことをきっかけにした、一種のトラウマのようなものなのだろうか。
―――まあ、はっきりしないことを考えても仕方ないか。
♢♢♢
「……!?わあっ、いいにおい!!」
少しぼーっと考え事をしながら出迎えているうちに、いつの間にか僕は彼女をリビングまで迎え入れていたようだ。カレーのにおいに釣られた叶乃は、満面の笑みを浮かべる。
「今ちょうど、晩御飯の準備をしていたところなんだ。もう少しでできるから、叶乃はそこに座って待っててね」
そして僕は、彼女の笑顔を見たときに一瞬、胸の内に沸き上がった何かを……無意識のうちに考えないようにしながら、2人分の皿を用意する。
「光汰くんって……料理も……何でも、できるよね……勉強も、運動も……はあ、私じゃやっぱり、無理なのかな……」
そのとき、叶乃は何かを呟いていたようだけど―――ちょうど鍋の火力が上がってきたところだったので、僕には上手く聞き取れなかった。
「……ごちそうさまでした。すっごく美味しかったよ、ありがとう」
楽しい時間というのは、あっという間に過ぎていくものだ。
久々に誰かと食事を共にした僕は、いつの間にかお代わりまでしてしまっていた。
僕は彼女にもお代わりして良いと言ったが、何故か悩んだ末に遠慮されてしまったけど……
それでも、嬉しそうに笑う彼女を見て、味に満足してもらえたことに安心した僕は、後片付けに取り掛かろうとしたのだが、ここで彼女が気を遣ってか皿洗いを名乗り出てくれたので、結局2人で肩を並べて洗うことになった。
そして、僕たちは食器を片付けた後、何となくリビングでそのまま一緒にくつろいでいた。
すると……叶乃の様子が少しずつおかしくなっていく。……まただ。
視線があちらこちらに泳いで、頬も心なしか赤く染まっており、唇は何かを言いたそうにもごもごと動いている。
そういえば玄関でもこんな感じだったな。今日の叶乃は最近の情緒不安定さに輪をかけて、気持ちの浮き沈みが激しい気がする。
そんな彼女のことを心配に思っていたところ、恐る恐るといった様子で、彼女は躊躇っていた口をゆっくりと開いた。
「光汰くんって……私のこと、どう思ってるの……?」
ブロロロロロ
「……え?今何て言った?」
……いやいや、急に窓の外を爆音を鳴らしながらバイクが通っていったんだ。今のは仕方ないだろう。
僕が訊き返すと彼女は少し俯いてしまったが、もう一度意を決したかのように、僕の目を見てこう言った。
「私って、女の子として、どう……かな?」
ん?
今、聞き間違いじゃなければ、彼女は自分の悩みについて、僕に相談してきたのだろうか?
誰にでも悩みの一つや二つ、あるものだろう。
だけど、よりによって叶乃が……女の子としての魅力について悩んでいるとは、思いもしなかった。
だって、叶乃は学年でも特に可愛いって噂されているのをよく耳にするし。
でも、そういう他人には話しにくいことで悩んでいたのだったら―――最近の彼女の情緒不安定さについても説明がつくだろう。
僕は彼女のことを元気づけてあげたいと思った。
「叶乃は、可愛いぞ。女の子としてすごく魅力的」
「えっ……!!??」
「……らしいぞ。この前、あの涼平もそう言ってたし」
だから僕は敢えて、共通の幼馴染である涼平の名前を出した。あの面食いの彼が言うくらいなんだ、説得力もあるだろう。どうしても疑うなら、本人に尋ねることだってできる。
そんなわけで、我ながら良い返答だと思ったのだが……
叶乃は一瞬だけ、ぱあっと表情が明るくなったものの、一気にしょぼーんと沈んでしまった。
そりゃもう、分かりやすいほどに。
……だけど、その表情変化の理由は、やはり難解すぎて全く理解できない。
もし、無意識のうちに僕が彼女のことを傷つけてしまったのなら、謝らないとだけど……
そういえば、涼平もそのことを言った直後、何故か流歌に思いっきり背中を叩かれていたけど、あれは痛そうだったな。
女の子を可愛いと言うのは、もしかすると怒らせてしまう原因になりがちなことなのかもしれない。
綺麗とか、整っているとか、そういう言い方の方が大人っぽくて、女の子は喜ぶのかな。
しかし、それならどうすれば良いのだろうか?
今から言い直す?……いや、それこそ顔色を伺って適当なことを言っていると思われかねない。
もう少し説得力のある方法でないと……
そこで、僕はある方法を思いつき、机の中の引き出しを漁った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます