第13話
レンが城門を出たその時、
「ミア」
無理に力んだような声に振り向いた。
「ローズさん……」
互いを認識できても、どう話せばいいのか迷っている様子。
無理もない。片方や裏切り者で、片方や裏切られた被害者だ。
積もる話こそすれ、憎しみがあるわけではない。不思議なことに、胸中にあるのは爽快で酷く晴れ晴れとした気持ちだけ。
「今はレンと名乗ってるんだっけ」
「う、うん」
気まずい沈黙が再び二人の身にのしかかった。
早く逃げ出したい。けれど後ろ向きな衝動は、まだ手足が震えているローズで霞んでいった。
「あの時は本当にごめんなさい。売った真似なんかして。酷かった……よね」
頭を下げているローズの手足は依然と小刻みに震えている。その姿は昔レンが逃亡生活を始めたての頃のそれと似だ。
もしかしたら彼女もまた自分と同じかもしれない。
ならば──。
「『別にいいですよ』なんて言って済ませない問題ではありませんし。謝ったからと言って『じゃあ仲直りしよう』なんて虫唾のいい話をするつもりもありません」
きゅっと手を握りしめたローズのことを構わず、一拍を置いてから「けれど」と言葉を継ぐ。
「貴女のおかげでわたしは王都から逃げるキッカケを作ることができました。その点では貴女に感謝していますよ、ローズさん」
頭を上げてパッと笑顔の花を咲かせるローズに、レンも同様に返す。
それは言葉通りの意味であり、同時にそれだけの意味でしかなかった。
逃げたところで結局のところ、何の意味も成さないし、何の解決にもならない――そのことを彼女たちは人一倍よく理解していた。
生きていることすら罪になるその前に。彼女たち自身がまた歩んでいけるように。一緒に三年間も背負っていた自責の荷を下ろそう、と。
△
そんな二人の話し合いを遠くから眺める三人の聖騎士は実に楽しげだ。
「ほら見てください。喧嘩はしてませんよね。アタシの言った通りになりましたよねえ?」
「う、うむ。そ、そのようだな……」
「全く、心配しすぎだ隊長」
「うるさい」と負けじと返すと、左右から同時に笑い声が返ってくる。
こちらとしては笑えない冗談なのに、全くこの兄妹と来たらどうして悠長に笑っていられるのか実に不思議なものだ。
そのまま愉しげに口の端を吊り上げているアキラは再び彼女たちの方へ向ける。
「彼女を見つけて本当によかったな、隊長」
「ああ。そうだな」
レンの尋問で出てくる『ミア・アドラー』に聞き覚えがあったフリントは昔の記録を漁ったところ、『ミア・アドラー』という人物は異端者の疑いが持っており、捕まえ損ねた悪者であることを発覚した。
その記録に残っていた当時の住所を辿ってみたら、まさか密告者のローズがまだあそこに住んでいて、今でもルームメイトの帰りが待っているという。だからレンの事情を説明したらすぐに応じてくれた。
けれど、今は追憶に浸っている場合ではない。
「もし断われたらどうしよう……」
「大丈夫だって! その時はえー、オレとめぐみで力ずくで止めてみせるから!」
「ちょっと、アタシを暴力女として認識してません、兄さん?」
「い、いや、そんなことは――お、こっちに来た」
言う間に向こうの話も終わったようで、こちらに歩いてきている。
「ほら、隊長。行ってこい!」
「男ならビシッと決めちゃってくださいよ! ビシッと」
「わ、分かってるからそう急かすな」
幾ら厚い鎧の上とは言え、両サイドから突かれたら堪えるものがある。
やがて三人のところにやってきたレンは、一人一人の顔を見て深く頭を下げた。
「皆さん、助けて頂いてありがとうございました」
「あ、ああ」
顔を上げて当惑しているレンに焦り出すフリント。そんな彼のぎこちなさにアキラが笑いそうになるも、隣のめぐみに凄まれて何とか堪えた。
「レ、レンさんは、その、これからどうする予定ですか」
「さあ」
「いや、さあって……」
「確かに追われた身から解放されたとは言え、行く当てがないのは事実です。それに、また逃亡生活に戻るのもちょっと……嫌になってきましたので」
「来たぁぁ!」と大和兄妹が内心で同時に叫んだ。恐らく、フリントも同じく叫んだんだろう。
まるで躾のなっていない子供に大人しく座って待ってろと言うように、彼が急にソワソワし始めた。
「だったらレンさん……俺らと一緒に来るのはどう、だろうか」
え、と碧眼が見開かれる。
やっぱマズかったのか。しかし、そんな一抹の不安はやがて微笑の前で霞んで消えていった。
「――はい、わたしでよろしければ」
悪魔の聖騎士、罪人の天使 才式レイ @Saishiki_rei
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