延長戦③ ジャイ子とその子供たち(ドラえもん):その存在を消されたキャラクター

 今回も前回に引き続き、読者からのリクエストのあった延長戦③の本間左馬之助さんとの入れ替え(こちらを「リクエスト①」に移動)で、新たな脇役キャラを紹介したいと思います。


 今回取り上げるのは国民的SF漫画「ドラえもん」より、剛田ジャイ子ちゃん(本名不明)と、その子供たちを取り上げます。


 ジャイ子はご存知ジャイアンの妹で、登場時は兄に似て粗暴さが目立つキャラでありましたが、やがて漫画家志望という側面を見せ始めてからは、真面目でひたむきな作家と言うキャラクターへと変化していきました。


 が、実はこのジャイ子ちゃんにはそれとは別に、この「ドラえもん」という作品に対して、実に大きなカギを握るキャラクターとしての存在意義がありました。


 そう、元々彼女は、主人公である野比のび太と結婚するはずだったのです。


 が、その後にのび太が一族ともども莫大な借金を抱える羽目になり、ひいひい孫のセワシ君の代になってもその借金が返し切れておらず、生活に困窮した彼がドラえもんをのび太の時代に送り込んで、もーちょっとマシな歴史に変えてもらうというのがこの物語のスタート地点になっているのです。


 ドラえもんの介入により、のび太は将来憧れの彼女、しずかちゃんと結ばれる未来へと軌道修正を果たしました。これによりのび太の未来も変わり、借金を背負う事もなく、セワシの代にはタワマン暮らしが出来るまでに良化したのです。


 また、ジャイ子もそれにより未来を変える事が出来ました。元々の未来ではのび太と結婚したがために借金をしょい込む羽目になり、また漫画家への夢も持つことはありませんでした。

 そう考えると、ジャイ子もまたドラえもんの歴史改変に救われた一人と言っていいでしょう。


 ちなみに、のび太がしずかちゃんと結婚しても、またジャイ子と結婚しても、代わらずセワシ君は生まれてきます。これは歴史の修正力もありますが、未来までにこの『野比家』『源家』『剛田家』の遺伝子がうまく交錯する事で、五代先の玄孫セワシまでには、ちゃんと辻褄が合う形になっているのです。


 でも、本当にこれでハッピーエンドなんでしょうか。


 第一話でドラえもんが現れ、将来のび太がジャイ子と結婚する事を告げた時、その証拠として見せた写真には、ふたりの一家の幸せそうな姿が映っていました。

 その様から見ておそらくまだ借金を背負う前だったのでしょう。写真にはあばら家ながらも幸福そうなのび太夫妻と、幾人もの子供の姿が映っていたのです。


 そう。のび太とジャイ子の間には、何人もの子供が居たんです。

 果たして、その子供たちはどうなったんでしょうか。


 確かに彼らは生まれてきても、のび太の残した莫大な借金に苦しめられることになったでしょう。ひょっとしたら彼らは親を怨む余り「生まれてこなければよかった」などと考えるかもしれません。


 ですがそれでも、生まれてくるはずだった命を無かったことにする、というのはあまりに無慈悲で残酷な行為です。人の命を、可能性を、誰かに愛される機会を、たった数人の都合だけで奪ってしまっても良いのでしょうか。


 このへんがいわゆる歴史改変モノの恐ろしさでもあります。自分の都合だけで過去を書き換えた結果、生きている他の人が不幸になるのはもちろんの事、これから誕生する生命まで消し去ってしまうのは実質、大量殺人行為と何ら変わらない罪となるでしょう。


 有名なタイムスリップをテーマにした漫画「ジパング(かわぐちかいじ先生)」で、太平洋戦争時にタイムスリップした自衛艦「みらい」が、自分たちの保身のためにやむを得ず米軍を攻撃するシーンが何度もありました。

 結果、主人公の角松陽介の父親は歴史のズレから幼くして交通事故で亡くなっており、彼自体が生まれて来ない未来へと書き換えられてしまいました。

 そんな歴史改変を何より恐れていた砲雷長の菊池は、自分たちの危機を乗り越える為に、やむを得ずトマホークを使って敵空母ワスプを撃沈した際、その罪の重さを自覚して涙を流して絶叫します。

 彼が殺したのはワスプ乗員だけではありません。米兵たちが終戦後に帰国して家庭を持ち、生まれてくる子供達の存在まで丸ごと消し去ってしまったのですから。


 近年の異世界転生、転移モノにも同じことは言えます。転生転移した主人公がその世界の誰かと恋仲になるのはまぁお約束ですよね。

 が、もしその主人公がいなければ、そのヒロインは別の誰かとくっついていたでしょうし、子供も生まれていた事でしょう。

 その子供の存在をのが「異世界転生、転移恋愛もの」の事実なのです。転生転移した主人公にはでの人生が本道であり、死んだからって異世界に割り込んで他人の恋人を(無意識にでも)奪い、生まれてくるはずの命を無かったことにする権利などあろうはずもないでしょう。



 国民的子供向け漫画「ドラえもん」にまさか、こんな深刻なテーマが隠されているのに気付いた方は、ネットを見れば実はそれなりにおられる事が分かります。


 個人的な見解として、私はこの残酷な事実を主人公の野比のび太が、いつ、どのような形で気付くのか。そしてそれを知った時、彼は果たしてどう思い行動するのかに注目しています。


 ドラえもんの映画では、TV番や原作漫画とは少し違った、成長したのび太やドラえもん、スネ夫やジャイアンやしずかの姿も描かれています。

 だから映画版ならのび太が、いつかそこに辿り着く事もあるのではないか、と期待しているのです。


 少し大人になったのび太が、そしてジャイ子が、あの貧しいながらも幸せそうな写真の一家を見て、子供たち一人一人の顔を見て、果たしてどういう選択肢を取るのか。

 残酷な話ではありますが、決して目をそらしてはいけないタイムパラドックス。


 いつか私はそんな物語を見てみたいと思っています。そしてのび太らしい、正しい答えを出すシーンを期待しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る