再延長戦⑦ 越谷 卓(のんのんびより)見事な視聴者の投影

 再延長戦も終盤戦突入です。まぁこのエッセイに進行具合なんて関係あるのかと言われれば返答に詰まりますが(苦笑)。


 今回のピックアップキャラは、田舎でのんびりのんきに暮らす少女達を描く「のんのんびより」より、ほぼ唯一の男性キャラと言っていい越谷 卓こしがや すぐる君を取り上げます。


 例によって作品紹介を。


 田舎の農村に住む小学一年生、宮内れんげちゃんが主役の物語。過疎化が進むその村で唯一の学校「旭丘分校」にて、お仲間の越谷 小鞠こしがや こまり(中二)、夏海なつみ(中一)の姉妹や、都会から転入してきた一条 蛍いちじょう ほたる(小五)と一緒に、田舎の学校生活を送るお話です。

 ちなみに教師はれんげの姉の一穂、小中あわせて全校生徒はわずか五人と言う過疎っぷりである。


 本作はいわゆる「美少女動物園」と揶揄される作品であります。あ、別に悪い意味で言ってるんじゃなくて、美少女が数多く登場してその生活を眺めて楽しむ男性向けの作品というジャンル、という感じのお話なのです。


 現に他の登場キャラクターも見事の女の子ばっかりで、駄菓子屋のおねーさんや近所の女子高生のこのみさん、れんげの姉のひかげちゃんに後輩となるしおりちゃん、都会から帰省してくるほのかちゃんに、沖縄旅行で縁の出来たあおいちゃん等々、まともに出番のあるキャラは見事に女性でガチガチに固められております。


 しかも宮内家や越谷家の家主、つまりお父さんキャラは存命のはずなんですが、いつも畑に出ているらしくて物語には出てきません。


 そんな中、唯一の男性キャラとして画面内に存在を許されたキャラこそ、越谷卓君(中三)なのです。


 わーいハーレムだー、などと思うのは甘いのですよ。


 とにかくこの卓君(通称『兄貴』)、作中内で全く存在感の無い、ただそこにいるだけのキャラなのです。

 アニメ版では何と三クール+劇場版で、という徹底したステルスぶり。オープニングにもエンディングにもカケラも登場せず、作中でたまに不遇な扱い(犬小屋に繋がれたり、海水浴で砂に埋められて遊ばれたり)を受け、しかもその際も一切表情を崩す事が無いという、本当に存在感の無いキャラ、というより背景と言っていい立ち位置でした。


 果たして彼が作品に出ている意義は何だったのでしょうか?


 彼は無口で無表情、そして実はオタク趣味があるという事がチラリと示されています。この時点でピンと来た人は多いのではないでしょうか。


 そう。彼は私のような『美少女アニメ大好きオタク男』のとして作品に存在しているのです、多分。


 美少女たちの日常を特等席で見物できる。その代わりに彼女たちに関わる事を禁じられ、ただ見守りつつたまにオチなど担当するだけのゲストキャラクター的な立ち位置なのでしょう。


 表情が無くセリフも無い。だからこそ視聴者の分身として美少女動物園をウォッチできる。そんな哀れでおいしいポジションの兄貴。

 だからこそ彼は男性でありながら、この作品にいることを許されたキャラクターなのです。


 そして、そのせいもあってです(大笑い)。


 見た目がイケメンのクールキャラ、福引で沖縄旅行を引き当てるなど強運の持ち主、手先が器用で粘土で美少女フィギュア作ったり、木材工作の授業で曲げワッパこさえたりと、いかにも私みたいなオタク男が感情移入できそうな要素をガッツリと詰め込んでいるのですから、そりゃ当然人気も出るでしょう。


 そんな彼の晴れ舞台がついにやって来ました。アニメ三期の最終回、彼の卒業式のお話です。


 ……卒業生代表(彼一人だけ)の感謝の言葉も無く、彼に送る校歌も彼自身がピアノ伴奏をするという徹底ぶり(聞けよ!)。

 せっかくの晴れ舞台でも、彼の立場は何ら変わる事はありませんでした……。



 ただ、この卒業式というイベント、それに彼のキャラクターを考えたら、これは作品から私たちオタク視聴者に対するメッセージだったのかもしれません。


 さ っ さ と こ ん な オ タ 向 け 作 品   し ろ!!


と。


 だ が 断 る ! (私の本音)


 私の本音はともかく、ずっと私のようなオタク男の分身だった彼の卒業が最終回というのは、とても偶然の一致とは思えません。


 アニメ版で最終回の最後の最後、舞台であった旭丘分校は、まるで消えていくかのようにゆっくりとホワイトアウトしていきます。


 それはまるで、私のようなオタファンが兄貴となって卒業したから、もうこの世界は終わるんだというメッセージにすら感じられました。



 こういう、いわゆる美少女たちの日常を描いた作品は、かの名作「あずまんが大王」を皮切りに、一時アニメの主流になっていました。

 そして近年ではそのブームも下火になってきております。のんのんびよりの最終作「のんのんびより、のんすとっぷ」は、ちょうどそのブームの締めを上手いタイミングで務めた作品ではなかったか、などと思います。


 そしてその作品で視聴者を投影した兄貴、越谷卓君が作品(の舞台)から旅立って行ったというのは、作品のみならずアニメ界のブームの移り変わりに見事にフィットした〆方では無かったでしょうか……。


 最終回のエンディングロール、彼が電車の中で住み慣れた田舎を眺めつつ佇んでいる姿は、そんな事を考えながら見ると何とも感慨深い想いを味あわせてくれます。



 でも、私は待ってます。いつかあの田舎が舞台の物語が帰って来る事を。

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