リクエスト② 山田サチ子、不知火守(ドカベン):昭和スポコンのヒロインとライバル

※今回の話、元々は「再延長戦⑥」の話でした。リクエストのほうに移動したので、以前からの読者様には混乱をさせたかと思います、申し訳ございません。


 今回は特別に、カクヨムで活躍しておられる土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)先生のリクエストにお応えして、日本の殿堂入り名作野球漫画『ドカベン』を題材に選ぼうと思います。


 ドカベンから『脇役やられ役』って……めっちゃ難しいんですけど。


 というのも皆様ご存知かと思われますが、この漫画は主役やチームメイトはもちろんの事、脇役やライバル達、挙句には徳川さんや土井垣などの監督さんまで、しっかりとその実力や生き方、考え方、個性、得意分野、そして野球にかける思いがこれでもかと表現されているんですよ。


 つまり、どの脇役もやられ役も『みんなサイコーだあぁぁぁぁ!』と叫びたくなるのです。


 ……誰にしよう、マジで(;^_^A


 悩んだ末に選んだのは王道ともいえる二人。ヒロインのサチ子と、最大のライバル不知火選手を取り上げます。


 現在、年号は令和ですが、本作は元々どっぷり昭和のスポーツ根性ものなのです。そんな中、今の時代とは違う二人の作中での立ち位置を意識して見ると、古き良き時代の物語の在り方を改めて垣間見ることが出来る気がします。



・山田サチ子


 彼女は主人公、山田太郎の九歳年下の妹で、兄の「気は優しくて力持ち」な気質とは真逆の、当時としては珍しいお転婆ぶりで作品に花を添えたキャラクターでした。


 屈強な高校球児が汗と涙で白球を追う熱血スポコン世界において、小学生低学年のサチ子は、まさに当時の世界観に置いてヒロインが存在できるギリギリの立ち位置を得たキャラクターと言えるでしょう。


 というのも昭和の当時、男子の部活に女子が混ざるなど本来はあり得ないくらいで、創作物に限ってかろうじてマネージャーとしてのポジションが与えられていた程度でした。

 もちろん当時のリアル高校野球の強豪校に女子マネなんてまず存在しません。いれば部員が色気を出す事もあるでしょうし、そうなれば練習にも熱が入らず、PTAのおばさんたちがさぞやかましかったでしょう……このへんは令和も変わらないですが。


 また、創作物でも当時は『男の世界に女子が口出しする』という展開自体、酷く嫌われていました。ましてやそれが功を奏する展開になったりしたら、もうその作品は駄作の烙印を押されることが決定したでしょう、そういう時代だったんです。


 でも、サチ子はそんな昭和の漫画の環境の仲、見事に作品内で受け入れられる存在になっていました。

 兄を尊敬し、里中に恋心を抱き、岩鬼とは「ハッパ!」「ドブスチビ!」と仲良く喧嘩をする。初年度には徳川監督に気に入られ、何と専属コーチとしてベンチ入りまで果たし、それ以降も応援団長として学ランを着込み、スタンドで一輪の花として明訓高校を元気づけました。


 そんな彼女が昭和の野球漫画で受け入れられたのは、まさに小学生女子だったことが大きいのです。

 彼女が何を言っても何をやっても「子供の言う事だから」と、微笑ましく受け取られているんすよ、他のキャラクター達にも、そして読者にも。

 なのでサチ子は何の遠慮する事も無く、作中でその小さな体を目一杯使って、汗臭いだけのスポ根漫画に花を添え続けたのです。


 実はもう一人、ヒロインがこの漫画には存在したんですよ。男、岩鬼の憧れの君、夏川夏子(通称、夏子はん)です。

 彼女はサチ子とは違い同じ高校生でしたので、サチ子のようにガンガン野球に絡んで行く事が出来ませんでした。見た目もあまり美人には描かれず(岩鬼にしたら絶世の美人らしい)、話の本筋にも絡んでこない立ち位置でした。

 先述の通り、あの時代で同年代の女子、それもいかにも美人に描かれたキャラが今の創作のようにガンガン男の世界に絡んでくれば、まず作品自体に人気は出なかったでしょうから。


 そういう意味でもサチ子の立ち位置は絶妙と言っていいのではないでしょうか。ヒロインというよりはマスコットガール的な立場として、昭和の野球漫画を彩り続けた成功例だったと思うのですが、どうでしょう。



・不知火 守


 こちらは正統派のライバルキャラとして、主人公の山田太郎に立ちはだかり続けた男でした。


 明訓高校と同じ神奈川県内の白新高校の不動のエースとして、常に名勝負を演じて来た強敵、いやむしろ天敵と言っていい程の強さを見せつけました。


 剛速球を、そして対山田用の魔球として『ハエが止まるほどの超スローボール』を武器に使い分けて、何度も山田を打ち取って見せるのです。

 このスローボールを投げた時、本当にボールにやたらリアルに描かれたハエが止まっているのを見て、当時は大笑いしたものです。さすが水島先生、すごい描写ですね。


 知っての通り、主役の山田太郎はライバル達にとって、まさに『ホームラン製造機』と言えるほどの恐るべき打者でした。

 卓越した選球眼、鋭いスゥィングとそれを支える強靭な足腰、そしてインパクトの瞬間にボールにガッツリ乗せられる凄まじいパワーで、硬球をまるでゴルフボールのようにスタンドに叩き付けるその様を見れば、明訓のメンバーにとっては頼もしくても、ひとたびライバルになると「反則だろ」と嘆きたくなるほどの相手でした。


 なのでライバル達は様々な方法で山田を打ち取ろうとします。アンダーシャツを使って手の長さを錯覚させたり、両手投げで右か左かを悟らせなかったり、あるいはいっそ全打席敬遠する投手まで居たほどです。


 そんな中、この不知火だけは常に小細工なしの真っ向勝負で山田に挑むのです。

 一年生時にはホームランも打たれましたが、二年生以降は山田から三振の山を築くほどのまさに天敵ぶりを発揮し続けました。


 しかし彼の率いる白新高校は、どうしても明訓高校に勝つことが出来ず、ついに甲子園出場は叶いませんでした。山田を押さえても秘打男殿馬や岩鬼にしてやられる事もあり、二年の夏にはまさかの『幻の一点』に泣くことになります。



※この『幻の一点』は最後に解説を入れています。野球を知ってる方で「どうもよく分からない」と思っている方は参考にしてください。



 三年の夏の県大会、明訓を倒す最後のチャンスで、彼は最後の打者としての山田と相まみえます。

 だが一塁が開いている事を考慮した不知火は、山田が決してボール球に手を出さないことを知って、きわどいコースでの敬遠策を取ります。

 どうしても明訓に勝てなかった彼が、私情を捨ててでも欲しかった甲子園出場のためにそれを選択したのです。


 しかし一球投げた所で、キャッチャーがタイムを取って不知火に詰め寄ります。それに呼応して内野手はおろか、外野手も含めた全員がマウンドに集まり、彼に檄を飛ばすのです。


 「勝負だ!」「勝負だ!」「勝負だ!」と。


 白新ナインは、不知火が山田を倒すためにどれだけの努力をしてきたかを嫌と言う程知っていたのです。そしてエースでありなら主砲も務める不知火に対し、「自分たちがもう少し打てたら」との自責の念もあったでしょう。


 だからこそ彼らは不知火と心中する決意をしたのです。明訓を倒す事はすなわち山田を打ち路る事、全国のどのチームも成し得なかった打倒山田を果たさずして何が優勝、何が甲子園かと、エースを奮い立たせるのです。


 不知火は燃えました。渾身の力で投げ込んだ剛速球は、山田のバットをへし折って見せました。


 果たして白球は、キャッチャーのミットにはありませんでした。スタンドの上を飛翔しても居ませんでした。一塁方向に転がるボテボテのゴロとなっていたのです。


 しかしそのゴロは、投手と一塁手のど真ん中に転がっていく、内野安打となるには絶好のボテボテゴロだったのです。

 完璧打者の山田の唯一の欠点、それは鈍足だということでした。その山田をして実に際どいタイミングになる絶妙の所に転がっていくボールを、不知火は懸命に追いかけていき、ダイビングからグラブで救って一塁手にトスするのです。


 審判のコールがセーフを示し、彼の三年間は終わりました。

 最後の最後まで山田を打ち取っていながら、彼はついに明訓に勝つことが出来なかったのです。


 不知火と山田の戦い。それは「最後には主人公がホームランを打って勝つ」というお約束の不文律を塗り替えた、まさに天敵としての死闘を見せてくれたのです。


 山田視点から見て、白新高校はまさに「よく勝てたものだ」「一歩間違えば」を思わせるものでした。

 不知火視点から見て明訓高校は「なぜ勝てないんだ」「勝負に勝って試合に負けた」的な存在だったでしょう。


 同じ神奈川県内の高校同士だっただけに、どうしても大甲子園で戦えなかった両雄の死闘は、ある意味甲子園出場の困難さを描いたリアルな戦いだったのではないでしょうか。


 勝利の女神に見放されながらも、懸命に努力して己を叩き上げ、真っ向勝負で主人公をねじ伏せ続けたライバル、不知火守に心からの拍手を送ります。



    ◇    ◇    ◇


おまけ。

二年生夏の大会での『幻の一点』解説。


 ワンアウト1,3塁で、山田がスクイズしたボールは小フライとなり、そのままキャッチした不知火が、飛び出していた1塁ランナーをアウトにすべく一塁に送ってダブルプレイ、これでスリーアウトになったはずでした。

 しかし3塁ランナーの岩鬼はバントの前からスタートを切っており、不知火が小フライを取った直後にはもうホームインしてました。その後1塁ホースアウトで3アウトになった後、白新ナインがベンチに戻った後、スコアボードには1点が記されていました。


 なんでやねん、ダブルプレーでチェンジやろ! と思う方は多いと思います。


 ここで多くの方が誤解している事柄があります。それはノーアウト、または1アウト時にランナーが出ている時、打者がフライやライナーを打ってそれを野手がノーバウンドで取ってアウトにした時、ランナーが飛び出していたら……


  そのランナーは、という事なのです。


 もちろん元いた塁にボールが送られたらアウトにはなります。だからみんなそのケースでは必死に元の塁に戻ろうとするのです。


 極端な話、ワンアウト3塁で打者がフライを打って、飛び出した打者がそのままホームインして野手はフライを取られてアウトとなり、ここでボールを3塁に送ればダブルプレイでチェンジになります、当たり前ですが。


 でも、仮に守備側がうっかりしてて、ホームインしたランナーをほっといて次の打者を三振に打ち取り、ベンチに戻ると……ホームインしたまま忘れさられたランナーはどうなるでしょう?


 そう、そのイニングはもう終了したものと見なされ、ホームインが認められるのです。


 ドカベンであった『幻の一点』は、この現象がダブルプレイという短い時間に行われたせいで白新ナインがそれに気付かず、ホームインした岩鬼をほったらかしてベンチに引っ込むことでイニングを終わらせちゃったんですよ。


 分かりにくかったかな? 質問疑問があれば、よければ近況ノートの方にお願いします。



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