再延長戦③ 名取 早耶香 (君の名は。):恋を叶えた巻き込まれ系モブ

 おっさんやら妖怪やらサイコパスやらが続く本作ですが、今回と次回は趣向を変えて、青春ボーイミーツガール的な男女を取り上げてみたいと思います。


 今回紹介するのは、日本アニメ映画の金字塔ともいうべき名作『君の名は。』より、名取早耶香なとり さやかちゃん、通称さやちんです。


 えーと、今更あらすじが必要とも思えないほどの有名作品ではありますが、本エッセイを書いていく都合上、一応物語をおさらいしておきましょう。


 都会暮らしの主人公の立花瀧たちばなたきと、田舎の神社の娘、宮水 三葉みやみずみつはが、時と場所を超えて人格を入れ代えるという経験を経て、訪れる危機を乗り越えて歴史を変え、悲劇を回避してついに二人は出会う……てなお話でした。


 この作品の大きなポイントとして、瀧と三葉は元々、縁もゆかりもない関係だったというのが上げられます。住む場所も暮らした時代も違う二人が、何故か入れ替わりという縁によって結び付けられる様は、まさに運命の赤い糸が二人を結び、そして悲劇を回避したという、ある意味お約束のボーイ・ミーツ・ガールな展開でした。


 これ、覚えておいてください。瀧と三葉は運命の赤い糸で結ばれた『主人公とヒロイン』の関係だという事を。


 さて、我らがさやちん。登場時はクラスメイトの勅使河原 克彦てしがわら かつひこ(通称テッシー)と自転車に相乗りで登校するという、なかなかリア充的な絵面で物語に入っていきます。

 彼女たちは三葉の幼馴染で、かつクラスメイトとしてよく一緒にいる仲良し三人組でした。


 ですが、さやちん&テッシーと、三葉や主人公の瀧とは、明らかに違う所があったのです。


 ぶっちゃけましょう。それは 顔 で す !


 ……って言ってしまうと露骨すぎるので。キャラデザと言っておきましょう。


 いかにもヒロインな空気を持った美少女である三葉に対し、さやちんは小さめの瞳におかっぱの前髪。同じ三つ編みでも三葉みたく艶やかに後頭部に纏められているのではなく、いかにもテキトーに垂らされているおさげ。この二人が並んでどっちがヒロインかと問われれば、誰が見ても三葉と応えるでしょう。

 テッシーの方はさらに極端です。絵にかいたようなイケメン主人公の瀧と比べて、坊主頭に間延びした顔立ち、もう見るからに田舎者のモブ顔全開なのです。


 主人公やヒロインのみならず、三葉のクラスメイト(片おさげちゃんカワユス)や瀧の周囲のキャラ(奥寺先輩マジ美人)と比べてさえ美人度イケメン度が劣っている、そんな彼らの役目は明らかでした。


 そう、作中で主人公二人を引き立てる為のモブキャラ。それが彼らに与えられた役割なのです。酷い言い様ですが、あのキャラデザはもうそれ狙いと言って間違いないでしょう。


 でも、だからこそ作中では主人公たちに負けないほどに、そのキャラクターが生き生きと描かれているんです。


 登場時、自転車相乗りの二人が三葉と会った時、テッシーはさやちんに「お前、早よ降りろ、重いんや」と悪態をつき、三葉に「仲ええねぇ」と冷やかされて「「良ぉねぇわ!」」と揃って否定します。

 この会話だけで、テッシーが三葉に気があるのが丸分かりです。若いっていいなぁ。

 

 実は三葉は地元糸守町の町長の娘で、テッシーはその町長の選挙での票を取りまとめる大手の土建屋の息子でした。狭い町内にあって二人はどこかくっつくことを期待された、『宿のカップル』的な間柄だったのです。


 一方さやちんの方ですが、所々でテッシーへの好意を示しながらも、彼が三葉にお熱なのを察して、どこか一歩引いた感じで二人と付き合っていました。

 登場時の相乗りの時の嬉しそうな顔もそうですし、何より三葉が「早よ卒業して東京行きたいわ」って話になった後、ふたりきりになった時に彼女はこんな質問をしています。

「高校卒業したらどうするん?」

 東京に行きたいという意志を示した三葉に対して、テッシーがどうするのかが気になったのでしょう。


「別に。ずーっとこの町で暮らしていくんやと思うよ」

 彼がそう返した時、さやちんは少しだけ「自分にも可能性が……」と思ったかもしれません。

 三葉との友情は壊したくない。テッシーを応援したい。でも、もしかしたら……そんな彼女の願望、というより儚い希望が伺えるシーンではないでしょうか。

 

 このテッシーから三葉への好意、そしてさやちんからテッシーへの好意を意識して映画を見てみると、これがまぁ面白いように明白に浮かび上がってきます。


 例えば口噛み酒を見てさやちんは「神様嬉しいんかね、あんなもんもろうて」と、三葉の唾液の混じったお酒をちょっと否定しようとしますが、即座にテッシーは「そりゃ嬉しいやろ!」と言って肯定し、それをさやちんは残念そうなジト目で見ています。なんとも分かりやすい三角関係ですね。


 他にも瀧が憑依した三葉が男子からのラブレターを受け取った時テッシーがショック受けてたり、祭りの時にさやちんが「三葉の浴衣期待しとるやろ」とか牽制したり、その祭りに向かう際中、髪を切った三葉を評した二人の会話とかもう、第三者から見たら歯がゆいくらいの三葉&テッシーの鈍感さです。


 でも、この映画は三葉と瀧の運命のラブストーリーなのです。無論作中にもその描写が刻々と描かれ、そんな美男美女の邂逅とすれ違いが美しく描かれています。そしてそれが多くのファンを引き付け、この作品を名作にしたと言っていいでしょう。


 何が言いたいかと言うと、ぶっちゃけさやちんとテッシーの関係はあまり重要では無いんです。顔もモブなら立場もモブ、そして二人のラブコメもまた瀧&三葉の影に隠れた、作品のいろどり程度のものでしか無いんですよ。


 でもそんなモブカップルの二人にああまで伏線を張り、要所要所で意味のある台詞を発し、クライマックスには誰よりも活躍してみせる。主人公たちの裏側でしっかりとを駆け抜けているのは、作品に大きな立体感を持たせていると言っていいのではないでしょうか。


 ふたりは瀧の憑依した三葉と共に、最悪の未来を回避するために奔走します。

 テッシーの方は距離感のバグった三葉(中身がオトコなせい)に応えるべく、嬉々として爆薬を使って変電所を爆破します。恋は盲目といいますが、さすがにやりすぎでは……?

 一方さやかの方は町内放送をジャックして住民に避難を呼びかけます。それが違法であり犯罪行為と理解してはいますが、三葉やテッシーの勢いに押されて実行してしまいます。


 それは多分、さやちんは二人が好きだから、なんでしょう。


 結果的に彼ら三人の間違った行為は、間違いどころか大勢の人を救う英雄的行動になりました。映画の中での描写はありませんが、彼ら三人は町民の命の恩人として高く評価されたに違いありません。


 故郷を失い、ある意味で自由の身になった三人はその後、それぞれの人生を歩み始めます。

 でも当然である三葉は、瀧との再会に縛られて、ずっと独り身を続けていました。


 そんな最中、おそらくはテッシーとさやちんが婚約者同士として、結婚式場を探しているカットが映し出されています。

 それもまた瀧と三葉の出会いまでの『おまけの一コマ』でしか無いんですが、逆に言えば主人公とヒロインがなかなか幸せになれない中、一足早く一発大逆転を果たしたさやちんの幸せな未来が描かれている、とも言えるのです。


 見目麗しい主人公たちのすみっこで、恋に悩み友情を想い、一歩引いた立場にいた巻き込まれ系モブの名取早耶香さん。


 最後には作中の誰よりも大勝利を得た(災害に合ってるからそう評するのは不謹慎ですが)彼女の活躍をしっかりと描いた新海誠監督の手腕に、脇役大好き人間として、心からの喝采を送りたいと思います。




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