再延長戦② 植木(め組の大吾):二人の天才を知る凡人の葛藤

 ごめんなさい、またまたおっさんです(笑)。

 今回は熱血消防士漫画『め組の大吾』から、主人公の朝比奈大吾が所属する「めだかが浜出張所」第二小隊の小隊長を務める植木消防司令補(名前は不明)を取り上げます。


 彼は自分の小隊のリーダーとして、またええ歳したオッサンとして、部下の若者たちに時に厳しく、時におおらかな感情で接する、集団の中の「頼れるリーダー」と「ちょっと怖い上司」の両面を持つ人物であります。


 まぁ普通ならそこそこのリーダーシップを発揮して災害に対処し、無難に消防官としての人生を勤め上げ、穏やかに定年退職していく、そんなイメージの人でしょう。


 しかし、本作の主人公である朝比奈大吾が赴任してきたことで、彼は大きな頭痛の種を抱えることになります。

 思い立ったら行動を起こし、直感で命令を無視して突っ走る。存在自体が災害のような大吾の行動は、結果こそ要救助者を助け災害を最小限に食い止めたとはいえ、まともな組織の一員としては看過できない物でありました。


 当然、その手綱を握るのは植木の仕事であります。彼の苦労が目に浮かぶようですね(笑……いごとじゃない!)。


 ここでちょっと大吾の問題行動おてがらをピックアップしてみます。


・高架橋から前半分はみ出して落ちそうだった車の後部座席に乗り込んでオモリになる

・無人のはずの火災家屋の二階に強引に突入(でも人がいた!)

・氾濫する河川に、同期の消防隊員を助ける為にダイビング

・ビル火災で五階から要救助者を下に設置されたマットへ放り落とす!(なお全員飛んだ直後、五階でガス爆発)

・ビルとビルの間にベンチを渡し、足りない分を体で繋いで救助者を渡らせる

・心臓疾患の患者を背負って、雨の降る山中の崖を駆け下りて病院へ搬送

・現場放棄してビル屋上のクレーンと格闘(なお大惨事阻止)

・運転資格のないポンプ車に乗り込み、建物に特攻して穴をあける(ポンプ車全損)

・ワイヤーが半分切れたビル清掃ゴンドラに。窓を叩き割って乗り込んで清掃員を救助、反動をつけて別のガラス窓まで割ってビル内に脱出(なお職務放棄サボリ中)

・毒ガスが発生した側溝を、がけ崩れを誘発させて埋める

・雪の坂道でずり落ちつつある乗用車を、逆に頂上まで押し上げる(なお植木さん+1名も一緒)

・引火性のメタンガスが充満する地下通路とを往復して救助


 えーっと、植木さーん。胃薬置いときますね。


 結果的に多くの人を救ったとはいえ、これ直属の上司としてはとても看過できない問題行動ですよね。

 酷な話ですが、いくら消防隊員でもレスキュー隊員でも、災害時にんですよ。そこに消防隊員が突撃して、さらに犠牲が増える事はあってはならないんです。その為に規律があり、ルールがあり、命令系統があるんですから。


 なのでこの大吾の蛮行は植木さんにとって、本来ならとっくに処罰の対象になるんですよね。少なくとも事の詳細を上に報告して、大吾に厳罰、あるいは懲戒免職まで下して貰って、安穏とした消防署勤務を定年まで続ける選択肢もあったはずなんです。


 でも、植木さんはそうしませんでした。作品初期から大吾の危なっかしさには気付いており、一緒に出場しては彼にカミナリを落とし続けてはいましたが、最後には彼を気遣い、庇い、活とねぎらいの言葉をかけ続けました。


 その理由は作品後半に明かされることになります。彼にはかつて、その大吾によく似たを知っていたんです。


 大吾や植木の所属するめだかが浜出張所所長、五味俊介。


 五味は大吾にとっては幼い頃に自分を救助してくれた恩人であり、配属してからは一見ヤル気が無さそうなグータラ所長に見えて、その実管内の防火防災に心血を注ぐ「めでたいめ組」の根幹を支える偉人、憧れの存在、そして自分が超えるべき相手として見ていました。


 その五味さんと若い頃にコンビを組み、何度も現場へ出場していたのが植木さんだったのです。

 彼は五味さんの『奇跡の出場』を何度も目の当たりにしていました。ですが幸運という物はいつまでも続くものではありません。

 ある日、その五味さんが火事に巻かれ、大やけどを負って生死の境を彷徨います。病院に家族まで呼ばれ「最後のお別れを」とまで医者に告げられるほどでした。


 パートナーとして、植木さんのこの時の心情はいかなるものであったでしょう。


 そして、そのわずか6週間後、奇跡の復活をした五味は、千国市立病院火災に出場し、「伝説の救出劇」とまで呼ばれる活躍をします。

 自分を殺しかけた火災現場という地獄に、踏み込んで。


 そしてその時の相棒もまた植木さんだったのです。彼は炎の中に突入する五味を見て「五味さんアンタ、ばかりなのに!」と絶叫します。


 この時の五味の心境は作中で詳しく描写されているので省略しますが、逆に植木さんの心持ちはどうだったのかを思うと、これもまたなんとも言えない、深い気持ちにさせれられます。


 そんな天才、五味俊介を見て知っていた植木さんだからこそ、大吾の無茶にも思う所があったのでしょう。

 彼は現場で大吾を何度も叱りつけ、大吾が重傷を負っては病室の外で彼の身と将来を案ずる姿が描かれています。消防車で建物に突撃した時は、あろうことか大吾の違反を隠蔽し、ポンプ車担当の大野に責任を被せる事すらしました。発覚すれば自分も五味もクビが飛ぶまであったのに、です。


 自分には決して届かない、理解の及ばないという存在が、より多くの誰かを救うことを心のどこかで期待して。


 植木さんはあくまで普通の消防士です。前述のやむをえず謹慎処分にした大野さんや火消しマニアの平、同じ小隊の猪俣や飯塚と同じ、いわばの人間なのです。

 凡人の視点から天才を見る。それは時にコンプレックスとなり、時には憧れや羨望、そしての表れとなることでしょう。だからこそ植木さんは大吾にどこかがあったのではないでしょうか。


 物語の中盤、植木は大吾に、昔はよくあった望楼ぼうろう(見張り台)の話をします。若い大吾には分からない、昔からある防災の考え方や変わりつつあるその在り方などを説いて聞かせるのです。

 私はこのシーンが大好きです。自分のはかりで届かない天才に対して、凡人だけど経験だけはある自分が知っている事を、ちょっとした時間の合間に教えてやるそのエピソードは、なんとも心がほっこりしました。

 だってほら、上司であるおっさんが若者に昔の話を持ち出して説教するなんて、言う方にも勇気がいるじゃないですか。「わーってるよ(ウゼェ)」なんて対応されるかもなんて思うでしょ?

 それでもあえて、暇つぶしを兼ねてそんな話をする。だからいいんですよこのシーンは。


 本作には主人公、朝比奈大吾が尊敬する五味所長がいます。そしてライバルである甘粕士郎がいます。親しいセンパイ(迷惑もかけるけど)である大野がいます。反発しつつも実力を認めるレスキュー隊、神田がいます。雲の上の偉いさんで、自分を首にしようと目論む来栖がいます。


 そんな物語に大きく関わる人物に比べて、植木さんはどこか大吾を見守る、地味な存在として描かれています。

 ですがそんな彼に注目しながらこの「め組の大吾」を読み返してみると、植木さんの存在が実に大きく浮かび上がってくるのです。

 彼が何を思い、何を心配し、何を期待して消防官を続けているのか。要所要所のひとコマひとコマに、その描写がくっきりと浮かび上がっているのが見て取れます。


 こういう活躍をする、別の意味ではキャラクターの存在は、本当に作品をします。


 この「め組の大吾」を全館持っている皆さん。是非もう一度コミックスを、で読み直してみてください。


 マジでびっくりするくらい、キャラクターに魂が込められていますから!


 名脇役植木さんと、それを描いた曽田正人先生に、心からの拍手を!

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