延長戦最終回 球磨川 禊(めだかボックス):物語の為の敗者(グッドルーザー)

 延長戦も10回目という事で、ここらでひとつの区切りにしたいと思います。

 まぁ、再延長戦とか再試合とかあるかもしれないかもしれないですが(やる気満々だーw)。


 今回は延長戦ラストという事で、第2回のポップ&横島以来の人気キャラ。漫画「めだかボックス」の球磨川 禊くまがわ みそぎ君を取り上げたいと思います。


 まずは恒例のあらすじから。特殊な能力を持った生徒が大勢集う『箱庭学園』が舞台の超能力系バトル漫画。

 主人公の黒神めだかは生徒会長として、そしてそのずば抜けた能力と行動力によって、学園にはびこる様々な敵と戦っていき、学園をより良いものとすべく奮闘する物語。


 まぁ分かりやすく言えば、『JOJO』のスタンド使いや『HUNTER×HUNTER』の念能力者が大勢集まる学園で、さまざまな勢力と戦い続けるヒロイン活劇と言って間違いないでしょう。


 チート能力持ちが大勢集まる箱庭学園にあって、めだかの能力は身体、頭脳、行動力、カリスマ、そじて超常の力の全てにおいて飛びぬけておりました。

 それゆえ学園のチート能力研究機関「フラスコ計画」に目を付けられ、激しい戦いの末に彼らを成敗する事に成功します。


 前述のようにめだかの能力は、まさに主人公にふさわしい物でありました。相手の異能(アブノーマル)をそっくり自分の物にし、そしてそれを完全最終形態まで進化させて使いこなすという完成ジ・エンドの前に、ライバル達は次々と陥落していきます。

 そしてそのカリスマ性を持って戦ってきた敵を更生させ、頼れる仲間として共に歩んでいくという、ジャンプ漫画の主人公の王道を行くものでありました。



 そんな黒神めだかがかつて唯一、屈服も更生も成させることが出来なかった狂人。それが今回取り上げる球磨川君なのです。


 彼は異能チートを持つエリート達を駆逐する「マイナス13組」のリーダーとして、めだかたちの前に立ちはだかり、その狂気ともいえる能力を振るって学園を恐怖に陥れます。


 そんな彼らの行動原理。それは彼らが持つ超能力『過負荷マイナス』が、自分や他人をだったからなのです。


 ここでマイナス13組の主要メンバーを紹介。


 江迎 怒江えむかえ むかえは、触れるものすべてを腐らせてしまう荒廃した腐花ラフラフレシアを持っていました。

 この能力、制御が出来ないせいで、彼女は何物にも触れることが出来ませんでした。

「可愛いわんちゃんを抱いても、かわいい猫ちゃんを抱いても、みんな腐って死んじゃうの……わたしも、しんだほうがいいのかな」


 志布志 飛沫しぶし しぶきは、周囲の人間の古傷を開き、負傷を悪化させる『致死武器スカーデッド』を備えています。ただそこにいるだけで、周りの人間を皆、負傷させてしまうのです。

 しかも他人の、つまりトラウマまで呼び覚ましてしまうというおまけつき。そんな人間に誰が関わろうとするでしょうか。


 蝶ヶ崎 蛾ヶ丸ちょうがさき ががまるは、肉体的もしくは精神的なダメージを他人に押し付ける『不慮の事故エンカウンター』を使います。幼い頃から一切のストレスを他人に押し付けて来た彼は一見理知的に見えますが、その実『痛み』というものを全く理解しない、壊れた人格の持ち主でした。


 こんな能力を持っていたらそりゃ性格も歪むってもんです。周囲のエリートたちが超能力で自分や周りを幸せにしていくのに、自分たちはただそこに居るだけで周囲の人たちをどんどん不幸にしていくのですから。


 忌み嫌われ、恐れられ、関わる事すら拒まれる彼らマイナス13組。そんな彼らのリーダーである球磨川が持つ能力、それは一体何なのでしょうか。


 彼は『大嘘付きオールフィクション』という、どんな事でもというとんでもない力を備えていました。瀕死の重傷を負っても、死に直面しても途端にそれを無かった事に出来るし、戦いにおいては相手の視力を無かった事(つまり失明を強いる)なんかも、いとも簡単に出来たりします。


 極端な話、彼が望めば、この世界そのものすらに出来るのです。


 そしてもうひとつ。却本作りブックメーカーと言う能力も持ち合わせています。これは他人を自分と同レベルに落としめるという力があり、破滅的な性格を持つ彼が使えば、相手は彼と同じマイナス思考に苛まれることになります。


 でも、彼の真骨頂はそういった能力ではありませんでした。


 TVアニメ版の最終回や、彼を主役とした番外編には、こういったタイトルが付けられています。



『グッドルーザー球磨川』



 この「めだかボックス」という作品、普通の漫画とはちょっと違う所があります。それはこの世界がであり、として定められているという点にあります。

 作者や読者から見た、いわゆるメタ的な見方ではありません。漫画の世界の中で『この世界は黒神めだかを主人公とする物語だ』となんとなく定義づけられているのです。


 後の話ですが、世界の神ともいえる安心院あじむなじみですら「君は主人公だからボクがいくら強くても敵わないよ」なんてことまで言ってるのです。

 また「少年漫画が教えるのは『努力・友情・勝利』じゃなくて、最後に勝つのは能力のあるやつだからだ」なんてどメタな発言まで飛び出しています。


 これは原作者の天才、西尾維新氏による今風の(当時の)漫画などに対する強烈なアンチテーゼとしてこの作品を描いていたことが伺えます。つまり主人公であるめだかに相対する敵が、である事が定められているのです。


 そんな世界のド底辺、どん底以下のマイナスの立場に立たされているのが、球磨川禊というキャラクターだったのです。


 いくら努力しても勝てない、いくら恋焦がれてもそれは実らない。そんな『敗者の宿命』を生まれながらに押し付けられているんですよ。

 漫画と言う主人公が絶対者である世界で、彼はどれだけ強烈なチートを持っていようが、必ず敗者の立場に立たされるという鎖に、がんじがらめに縛られている存在なのです。


 だけど、そんな彼だからこそ、誰にも勝る長所がありました。それは「敗者の気持ちが分かる、その想いを汲んであげられる」事です。

 マイナス13組の哀れな人生を送って来た面々。手で触れるだけで他人を腐らせる江迎ちゃん、ただいるだけで他人を体調不良に陥れる飛沫ちゃん、そして近寄れば不幸を押し付けられると忌み嫌われる蛾ヶ丸君。


 そんな地獄の沼に沈み続ける彼らに「大丈夫、君達より不幸などん底男がここにいるよ」と、支えてあげられる存在。自らが「何をやっても決して勝利を得られない」からこそ、「まだ僕が君たちを応援するし、それでもダメなら一緒に奈落の底に堕ちようよ」と言って彼らを受け入れる。

 無責任にただ「頑張れ」などという輩とは違う、まず自分が地獄の底に落ちていて、そこに落ちてくる哀れな者達を、下からそっと受け止めてあげられる存在。


 これこそが彼の真骨頂『グッドルーザー(良き敗北者)』なのではないでしょうか。


 先にも言いましたが、この「めだかボックス」という作品は、という現実を、作中で包み隠さずに表しています。

 それに抗う負け犬の中の負け犬、球磨川禊の自虐的なまでの行動。物語をいいも悪いも全部ごちゃまぜにして世界そのものを壊そうとする。

 そして主人公、黒神めだかにそれを阻止される事を知っていてなお行動を止めない。


「負けるのは分かっているけど、物語の為に、同士の負け犬たちの為に、せいぜいハデに暴れようじゃないか」


 彼の一貫性の無い行動、大嘘付きオールフィクションという人や世界を引っ掻き回して弄ぶ乱行、その全てが『自分は敗者だ』『主人公にはなれない』という諦めの認識と、それでもどこかに僅かな、ほんの微かなを追いかけている、無い物にすがるような哀れさを感じずにはいられません。


 だからこそ彼は人気キャラクターなのだと思います。


 物語の後半、絶対的な主人公であるめだかを倒す役割を担ったのは、球磨川君ではありませんでした。


 ずっとめだかの側にいて、彼女が学園の為に孤軍奮闘する姿を見て「これじゃあいけない」と、生徒一人一人の自立を促した幼馴染、人吉 善吉ひとよし ぜんきちだったのです。

 彼は安心院に依頼して『愚行権デビルスタイル』という能力を得ます。その効力は何と『一切の主人公補正の禁止』をというとんでもないものでした。

 ですがそれが自らを脇役の立場に立たせ、自分と同じその他大勢の生徒の共感を得て、生徒会選挙にて彼女に大差をつけて当選を果たし、見事に主人公を破って見せます。


 主人公であるめだかを、少年漫画の世界で否定する。その役目を得たのは脇役の人吉君でした。やられ役の球磨川君は、残念ながらそれすら成せなかったのです。



 人吉善吉と球磨川禊。物語における主人公と言う絶対者の対極にいるこの二人は、実は結構気が合ったりしてます。時に反発する事も多かったですけど、めだかと言う共通のを持つふたりですから、ある意味当然なのでしょう。


 その他大勢、つまりの下克上を見せた人吉善吉と、あくまでとしての舞台装置を貫いた『グッドルーザー』球磨川禊。


 あるいは本作の真の主役は、この二人だったのかもしれません。



 「愛すべき脇役、やられ役たち」

 延長戦の最終回は、そんな彼らをピックアップしてみました。いかがでしたでしょうか。

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