延長戦⑨ 洞口 雄大(モンキーターン):彼こそ真の競艇選手

 おっさんや妖怪女が続いた延長戦後半ですが、ようやくビジュアル的にまともなキャラの登場。

 漫画「モンキーターン」における主人公、波多野 憲二はたの けんじの最大のライバルである洞口 雄大どうぐち たけひろ選手の登場です。


 競艇(ボートレース)を題材にしたほぼ唯一の漫画という事もあって、知ってる人は知ってるし知らない人は全く知らないとは思いますので、今回は作品のあらすじは省略いたします。


 ちなみに私は大のボートレースファン、いわゆる舟券オヤジだめにんげんなもので、もちろん本作も大好きです。(笑)

 というより作者の河合克敏先生の前作品「帯をギュッとね」を愛読するあまり、成人になってから柔道を始めたほどのファンですので思い入れもひとしおなのです。


 とはいっても私が舟券オヤジになったのは、実はこのモンキーターンの連載終了後だったりします、今の職場の上司に鳴門競艇場に同行して、たまたま買った舟券が当たった事が私を沼へと引きずり込んでいきましたとさ。(あーあ

 まぁパチンコはやらないし、競馬は地元の県に無いし、小松島競輪は本場開催が全然無いのでやらないから競艇くらい、いいよね?


 ちなみに競艇にハマりだしたその時にちょうど新人としてデビューしたのが、今の競艇界の話題の一人、ガースー砲こと菅章哉すがふみや選手だったりします。

 当時は彼のホームページによく書き込みをしてレスを頂き、ペアボートに乗りに行った時は彼に操縦を担当していただき、記念にサイン入りプロペラを頂戴したりしていました。まさかここまで話題の選手になるなんてねぇ、頑張れ!


 ちょっと話がそれた気がしますが、それでもその事は今回のエッセイと大きく関わる事でもありますので記しておきました。



 さて、洞口君の話に行きましょう。彼は登場時の養成学校時代から、同期としては飛びぬけた技量の持ち主でした。有名なスター選手の父を持ち、競艇の事情に誰よりも通じ、父を倒すという高い目標を持って精進を重ねる真摯な青年でありました。


 が、反面彼は作中で『嫌な奴』として描かれることが多かったのも事実です。

 研修に付いてこられない小林さんを見限っていたり、父親作のスペシャルプロペラを河野さんに「貴方には作れない」とバッサリ切ったり、女性初のSG覇者が見えていた櫛田選手に体当たりダンプを食らわせて最下位にまで落としたりと、どこか憎まれ役な立場で、主人公の波多野とはいつも対立する立場にありました。


 少年漫画の登場キャラクターとしてなら、確かに彼は少々嫌味な所があるキャラでした。そしてそのせいで活躍もするけど不遇な扱いも多かったともいえます。


 一番の厄は青島さんへの告白と失恋でしょうね。同期の彼女に惹かれた彼は思い切って告白し、一時は恋人としてのお付き合いをしていましたが、実は彼女は主人公の波多野の方に惹かれていたのです。

 破局のきっかけとなったのは、上記にもあるSGオーシャンカップでの櫛田選手への体当たりと、その先にある彼のレース哲学に対する反発でした。


「我々はお客の期待を背負ったお金を背負って走ってるわけですから。例え危険でもいけると思ったら行くべきなんじゃないですか?」

「お金をかけてるお客は、そういう選手を支持するはずさ」

「いや、それは綺麗事だよ。舟券を買ってるお客さんが負けて納得するなんてあるもんか!」


 波多野は師匠の小池さんから「常に選手の命が危険にさらされている事を忘れるな」と教えられていて、青島もまた「見ている人が納得するようなレースをしなけりゃならないの」と洞口に反発します。

 そしてそれは、ひとつの正論である事には違いありません。として、そしてとして見るなら。



 ですが、として作品を見るようになると、洞口君のほうが全く持って正しい事を言っているのに気付けるのです。


 競艇選手ボートレーサーというのはひとつのレースで、我々一般人には考えられないほどの法外な賞金を受け取っています。

 1レースにかかる時間はたった4分足らず、義務練習としての展示走行を含めても10分足らずの仕事を一日に一回か二回するだけで、最低でも1万円(時給換算で7~8万)、最大では一億円(グランプリ優勝戦一着)もの金を稼ぎ出します。


 え、普段からの練習? モーターやペラの調整? 減量や移動や拘束?


 何言ってるんですか。そんな努力や制限なんて、どんな仕事にだってありますよ。サラリーマンだって自宅に書類持ち込んで仕事してますし、現場作業員だって翌日の仕事の段取りを宵の内に済ませて当たり前、運送会社の人も昨晩の内に積み込みや移動ルートを確認しておくのは当たり前なのです。


「仕事をしている時間」というのは、そんな準備期間を除外するのは日本じゃ当たり前なんです。


 そして『仕事』というのは基本、仕事を成したと言えるのです。出資者である顧客に満足して頂く事、これこそが『仕事』と呼べるのです。


 じゃあ、競艇選手が『仕事をした』と言えるのはどういう時でしょうか。

 それはすなわちお客の期待に応える事、つまりは舟券に絡む(3着以内に入る)事なのです。

 現在のボートレースの舟券は3着までが対象になってます。つまり4着以下の選手の舟券を買ったお客にとって、その選手は仕事の成果を出していないという事なのです。


 当然でしょ? 彼らの法外な賞金は全て、我々の訳なのですから。


 まぁ現実社会でも、会社に利益を出せずに給料をもらってる人も大勢いますから、連に絡めない選手が賞金を受け取っているのにもとやかくは言えないでしょうね。

 ですが選手には、せめて3着までに入る努力をして欲しい、いやそこまで望まなくてもいいですから、3着までに入る努力をしているくらいは見せて欲しい物です。


 お客にワクワクを感じさせてくれるくらいには頑張らんとあかんでしょう。



 さて、そこでこの「モンキーターン」という漫画の洞口君です。

 彼こそはまさにそういった『舟券を買っているお客の求める選手の姿』を体現したキャラクターであるのです。


 尼崎のSGでは、洞口スペシャルの弱点を突かれて波多野に抜かれた彼が、最後の手段として彼に体当たりを仕掛け、残念ながら躱されてリタイアとなりました。これは彼が彼の1着舟券を買ったお客の期待に応えようとした結果なのです。彼が2着の券を買った人にとっては腹立たしいでしょうが、1着の舟券を買ってた人にとっては、「よくやったがしょうがない」と納得いったのではないでしょうか。


 後に彼が櫛田さんにダンプした時も彼は一番人気でした。そしてレース中も常にそれを口にして、波多野との突っ張り合いにも決して引きませんでした。


「俺は一番人気として、お客の期待を背負っているんだ!」


 頑ななまでに『舟券を買って下さるお客の為』を貫く彼のこの態度には、多分父親である「愛知の巨人」洞口武雄の存在があったでしょう。

 今でこそボートレースはある程度モラルやマナーが叫ばれる時代ではありますが、昭和の時代にはギャンブルとして汚いヤジや不正がまかり通っていた博打だったでしょう。

 だからレースの着順ひとつで、した客の姿を、彼は知っているのではないでしょうか。


 彼は作中でも屈指の真面目な選手でもあります。だからこそ自分の走りに対する責任というものを、他の誰より感じ取っている、そんな風に見えるのです。


 だからこそ彼はレースにおいて、誰よりも非情になって勝利を掴みに行くのです。最後の最後まであきらめずに1着を目指すのです。


 例えにあって、に立たされようとも。


 だからこそ私は洞口君のようなガチのレーサーを現実では応援します。そして作中での波多野や青島さん、小池師匠に「甘いよ君達」と言いたくなるのです。


 ああ洞口雄大君、君こそ真の競艇選手だよ!



 おまけ

 先述の菅章哉すがふみや(登録番号4571)選手、現在のボートレースでは絶対不利と言われたアウトからのレースで、チルト角度を跳ね上げて一発大外からのカマシをする、実に気持ちのいいレースをします。

 転覆の危険が高いチルト角を使い、スタートタイミングを掴みづらい伸び型のセッティングで、そして事故を恐れずに外から他の選手に被せて行くそのスタイルは、勝っても負けても「彼に賭けて良かった」と思わせてくれる選手であります。

 まだビッグタイトルは獲っていませんが、是非栄光を掴んで欲しいものです、頑張れ地元の星菅章哉すがふみや


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