延長戦⑧ 斗和子(うしおととら):これぞ藤田和日郎先生のダークファンタジーの権化?

 ここ数回、おっさんキャラばっか取り上げたので、ここらでひとつ見目麗しい美人キャラクターを取り上げてみたいと思います。

 名作漫画『うしおととら』の斗和子とわこさんです、どうぞ。


 ああああっ皆様、蜘蛛の子を散らすように逃げて行かないで……。


 とまぁ寸劇はさておいてキャラ紹介を。


 斗和子はうしとらのラスボスである『白面の者』の分身で、黒髪ロングに細身の黒装束と、どこか某銀河鉄道のメー〇ルを彷彿とさせる美人キャラでした。

 ……ただし、目だけは白面譲りの邪悪に濁りきった目をしてますけど(怖)。


 彼女は白面を脅かす『獣の槍』を破壊するため、その槍を守る宗派『光覇明宗こうはめいしゅう』からドロップアウトした引狭いなさに取り入って、獣の槍に代わる武器『エレザールの鎌』を生み出し、それを操る使い手を、なんと赤子を攫ってきて育て上げるという非道を成します。

 そしてその子、キリオを育てながら洗脳していき、彼女の駒として操り光覇明宗を分裂に追い込み、ついには主人公、蒼月潮の持つ獣の槍を奪って封じ込めます。

 

 悲願が叶い、彼女はついに本性を現します。全裸になって(全然萌えない)白面の象徴である長い尾を伸ばし、自分に騙されていた光覇明宗の僧たちを薙ぎ倒し、我が子同然に育てて来たキリオに「私はただあなたを利用していただけ」と絶望の言葉を送ります。


 しかし獣の槍が潮との絆の力で復活を果たすと一転、斗和子は窮地に追い込まれます。その状況を打破するためにキリオに「助けて、本当は愛しているわ」などと説得し、それをキリオの奮戦によって逃げようとします。

 が、結局は退路を断たれ、最後はキリオもろとも焼き尽くそうとして叶わず、逆にキリオに体を貫かれて致命傷を負います。


 彼女は最後の時、ついさっき殺そうとしたキリオに「愛してるわ」と告げて事切れます。それはもちろん嘘で、そう言えばキリオが母殺しの罪悪感に陥る事を知ってそう告げたのです。


 うん。1ミリも愛せんわこの女(なおこのエッセイのタイトル)。


 なんとも極悪非道な彼女ですが、何より取り上げたいのは、彼女が人間の心理を巧みに突いて利用して来た、と言う点なのです。


 彼女は獣の槍を否定する為、キリオを通して光覇明宗の若い僧たちにこう囁きます。

「伝承者が獣の槍を使って白面と戦えるなんてだよねぇ」

「エレザールの鎌があれば誰もが白面と戦えるになれるんだよ」


 その説得に堕ちた僧が、潮にこんな言葉を言うシーンがあります。

「この鎌があれば我々は皆白面と戦える。法力僧はただ獣の槍一本を護るではなくなるんだ!」


 彼が斗和子に騙され、殺されたいまわの際に、こんな言葉を残しました。

「私らが愚かでした……すみません、でも、我々も、白面の者と……戦いたかった……」


 ああ、この僧は私です。


 脇役である事を嫌い、主役を夢見て憧れる私や、このエッセイを読んでいる皆様の中の何パーセントかの方もそうではないでしょうか。


 だってそうでしょ。人類の敵である白面とエレザールの鎌を振るって華々しく戦うか、それとも光覇明宗その他大勢の一人として、まるでウ〇コをするようにキバって、獣の槍を持って戦う潮のサポートに回るか……誰だって前者がいいに決まってるじゃありませんか。


 藤田和日郎先生は間違いなく偉大な漫画家です。このうしとらやからくりサーカス等、人々の胸を打つ名作を次々と描き上げて来たのですから。

 そんな先生が、この斗和子編を通じて表現したのがこの「主役と脇役の苦悩」だとすれば、先生はまさに『主人公補正』や『主人公チート』への問題提起を表現していたのではないでしょうか。


 本作は初期からその傾向がありました。伝承者候補として鍛えられた関守日輪せきもりひのわや、森綱悟もりつなさとるの妹の純は、何の苦労もせずに槍に選ばれた(と思い込んでいる)潮に激しい敵愾心を抱き、潮は何度も窮地に立たされます。


 そんな『主人公だから』という命題が花開いたのが、この斗和子のシリーズなのです。だとすればこの斗和子というキャラクターは、藤田先生が持っている人間の闇、ダークファンタジーの世界を具現化し、かつ高らかに歌い上げた人物と言えるのではないでしょうか。


 誰もが主役になりたい。そんな甘い言葉をささやいて。



 この『うしおととら』という作品を最後まで読んで、そして改めて読み直した時、斗和子と言うキャラクターの立場、役目、そして印象は全く別物になるような気がします。


 果たして彼女は、本当にただ邪悪なだけの存在だったのでしょうか。


 彼女はからこそ、それを利用して光覇明宗を分裂に追い込みました。


 彼女はキリオを洗脳するため、獣の槍を破壊してもらうために、長い間彼の母親として接してきました。寒い日にコートをかけてあげ、好きなハンバーグを作ってあげ、寝るときに本を読んであげ、ほつれた服を繕ってあげてきました。


 それは漫画を流し読める立場の読者からしてみれば、長き時を生きる白面の分身の気まぐれでしか無かったでしょう。でもその漫画を描き、セリフを考え、表情をコマ割りしてきた藤田先生や、その魂を込められたキャラである斗和子にとって、本当にそれだけだったのでしょうか。


 斗和子はエレザールの鎌の使い手を作る為に赤ん坊を盗んできました。これだけでも許されざる非道ではあります。

 ですが後に白面の者が倒れる時、白面は実は人間に、とのビジョンを見せて果てました。その分身である斗和子が、果たして赤ん坊をその手に持って、どんな思いを抱いたのでしょうか。


 彼女が後のキリオである赤ん坊を連れて来たのは、引狭の元に訪れた日からちょうどでした。そしてそれ以前に生み出したホルムンクス『九印』の製造にはが使われていました。

 そして斗和子が赤子を連れて来たのはだったのです。これを十月十日とつきとおか(受胎から出産までの平均日数)を示唆しているように思うのは私だけでしょうか。


 だって白面の者の分身ですよ? あの白面が獣の槍を破壊するために、ハンバーグを作ったり服をちくちく裁縫してるシーンとか想像したらどう思います?

 私は白面が最後に見せた赤ん坊のビジョンは、斗和子がキリオの姿じゃないかなんて思ってます。


 どうしてそう思うかって? そりゃもちろん彼女がですよ。彼女の邪悪な暴れ方、怒り様、嘲り方はなんともいえずリアルな人間臭がありました。

 悪の役どころを与えられた彼女が、その見た目通り人間として悪事を着々と進め、窮地に陥るとこれまた人間らしいズルさを駆使し、苦しい想いをした時は人並みに苦しむ。彼女が鎌に刺された時の「かかっ、かかかっ!」というもがき方なんかは実にリアルな痛がり方だったと思うのですよ。


 そんな人間臭い彼女が最後に残した言葉。それはウソの言葉ですが、その中にほんの何パーセントかは、真実があったのではないでしょうか。

 赤ちゃんになる事をに夢見た白面の者。その分身である彼女のの言葉は。


「ええキリオ……愛しているわ」

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