第6回 フレーゲル、フォーク、ラング(銀河英雄伝説):英雄になれなかった男たち

 6回目は壮大なスペースオペラ「銀河英雄伝説」より、英雄になり損ねた悪役、やられ役の3人を取り上げてみます。


〇フレーゲル男爵

 彼は旧帝国の貴族連合の若者として、主人公のラインハルトを常に敵視する立場にありました。

 先祖の栄光をかさに着て威張り散らす、いわゆる「貴族のバカ息子」の代表格でもあった彼は、実はラインハルトとは戦場でも何度も同じ陣営で戦った、いわば戦友でもあるのです。

 しかし彼は一貫してラインハルト嫌いを主張し続け、その実力を認めつつも決して彼にすり寄る事無く、最後の時まで敵であり続けました。


 本作のファンならご存知でしょうが、この銀河英雄伝説(通称「銀英伝」)において、主人公のラインハルトとヤン・ウェンリーは常に物語の中心として、お互いの政治体形の中で絶対的な正義として視聴者の目に映るようになっています。


 なのでそれに反発するフレーゲルは作中でも徹底的に悪役、嫌な奴として描かれていました。貴族の権力をかさに着て暴虐を繰り返し、下級貴族や平民出の将校を決して認めようとはしませんでした。


 そんな彼の美点。それは悪役として物語に登場した彼が、最後の最後までそれを貫いたことにあったでしょう。


 終盤、他の「貴族のバカ息子」が愚かにも戦死したり、ラインハルトに寝返る事を考える中、彼はあくまで打倒ラインハルトを貫こうとします。


 最後の艦隊決戦で進退極まると、なんと「敵将と艦と艦の一騎打ちを挑むのだ」などと無茶振りし出す始末。当然勝ってる敵側がそんな要求を飲むはずもなく、ならば誰でもいいから一騎打ちをとの思いからとんでもない事を言い出します。


「この上は華々しく散り、帝国貴族の滅びの美学を完成させるのだ!」


 艦の乗員にとって迷惑この上ないこの宣言に、ついに彼は乗員たちの銃撃によって蜂の巣にされ息絶えます。

 しかし彼はいまわの際にも「帝国……万歳」と残し、最後の最後まで悪役として、そして「貴族のバカ息子」としての立ち位置を崩しませんでした。

 彼の叔父であり、対ラインハルト反乱軍の首魁、ブラウンシュバイク公すらも最後に毒を飲む際にはさすがに命乞いをしたのに、です。


 繰り返しになりますが、彼は作品内に悪役として位置づけられた舞台装置であります。そしてその役割を最後の最後までブレさせずにやり切るその姿は、どこか天晴な感じさえ印象付けます。


 己の意思を曲げず、自分の運命を貫き通すその意志の強さ。もし彼がラインハルト側に生を受けていれば、また別の活躍があったのではないでしょうか。



〇アンドリュー・フォーク

 こちらは自由惑星同盟側の若き将校、同年代のヤンが英雄視されるのに不満を持ち、自分がその地位を奪う為に大規模な帝国遠征を主張し、実行に移します。

 だが戦列が伸び切った所で補給路を断たれ、各艦隊に物資の補給が出来なくなった時に出した司令は、彼の代名詞にもなっています。


「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応せよ」


 一聴まともに聞こえるこの言葉は、軍隊という組織にあってこの状況下では、「民衆から略奪しろ」と言っているに等しい言葉でした。

 もちろん同盟は結果惨敗します。そして彼は世間から「敗戦の原因」としての目で見られ、本人もまた精神病院へと入院させられます。


 何とも愚かで哀れに見える彼ですが、実際はどうだったのでしょうか。


 「高度な~」の指令を出した時、それを受けた老提督のビュコックは勝ち目無しと見て早速撤退の準備を始め、それが帝国の追撃を逃れる決め手になります。つまりあの指令を拡大解釈したならば、彼はある程度は適切な判断をしたとも言えるのです。


 その後彼は宗教の教祖によってヤン暗殺をそそのかされ、そのオトリとして使われた挙句に捨て駒として死なされます。


 その末路を見るに、彼はどこか子供っぽい正義感や使命感を抱えた、ちょっと大人要素が足りない未熟な人間、というだけではなかったでしょうか。


 彼の蛮行が結果的にヤンを死なせたために、ファンからも「どうしようもない奴」との評価を受け、叩かれます。


 でももう少しだけ大人になるまで待てれば、また違った活躍をしたキャラだったかもしれません。



〇ハイドリッヒ・ラング

 お次は再び帝国側で、いわゆる秘密警察として暗躍していたおじさん、ラングの登場です。

 彼は本来スパイなどを取り調べる立場の人間でしたが、その職権を悪用して無実の者に罪を着せたり、敵対勢力の権力者と密かに取引をしていたりと、なかなかの悪党ぶりを見せていました。


 ある日、軍人たちが集まった会議で発言した彼は、最高位の一人であるロイエンタールに激しく罵倒されます。そしてその一件をキッカケに、彼は帝国軍人との対立を深めていくのです。

 ロイエンタールの激怒も正論ではありますが、その時の帝国の政権はあまりにも軍人に偏りがありました。政治屋が発言権を持てない中、彼の切り込んだ発言はあるいは政治屋の権力を強化したい、との考えがあったのかもしれません。


 また彼は家庭人として、大変いいお父さんであったのです。給料の一部を福祉施設に寄付し続け、父親として妻と子を大事にし、手柄を立てた時の報奨金すらも丸ごと寄付したほどでした。

 それは仕事で働いた悪事を、少しでも善行で償おうとするかのようにも見えます。


 人間の表と裏、彼は脇役としてそんな一面を見せたキャラだったのです。


 ラインハルトもまたその栄光の影に、多数の味方と敵の命を犠牲にした存在でした。記念式典の最中にヴェスターラントの生き残りの血の叫びを聞いた時、彼は過去の罪に激しい自己嫌悪に陥ります。


 同じように善行と悪行を重ねていたラインハルトとラング。かたや銀河の英雄として祭り上げられ、かたや小悪党として惨めな最期を遂げた対照的なふたり。

 そんな対比もまた、本作を楽しむ大きなエッセンスとなったのではないか、と思うのです。



 以上三名、物語の中でどこか「人間臭さ」を見せた哀れなやられ役たち。こういうキャラをしっかりと設定するところもこの作品の素晴らしい所ではないかと思います。


 彼らの活躍が物語を大いに盛り上げたのは、間違いない事実なのですから。


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