第3回 ザコ悪役たち(北斗の拳):作品を彩ったやられ役たち

 第三弾は「北斗の拳」に登場するザコ敵、いわゆるモヒカンやヒャッハー達を語ってみたいと思います。


 彼らは言うまでもなく悪事を散々働いた後、主人公であるケンシロウに成敗されるだけの存在です。


 私がこんなエッセイを書いているのは、ひとえに雑に扱われている脇役や、やられ役に少しでもスポットを当てたいと思うが故です。主人公補正が大っ嫌いな私は、脇役・やられ役の痛みが分かる人間でありたいと常々思っています。


 でもまぁ、コイツらは同情の余地ないです。顔も体つきもやってる悪事も、ほとんど妖怪ですから(笑)

 とはいえ不思議なことに、連載当時はともかく今改めて彼らを見ていると、同情心が沸かないのは単にそれだけじゃないことが分かってきました。


 彼らは生き生きしてるんですよ。よく言えばこの世紀末で、ふざけた時代を存分に謳歌してるんです。みんな笑顔で元気に悪事を働き、楽しく人民を虐殺し、正しくケンやレイに叩き殺される。

 多分彼らもまた「我が人生に悔いなし(ちょっとはある)」な死に様を送っているのでしょう。好き勝手に生きてるんですから、好き勝手に殺されてもしゃぁないなぁ、と。


 そして彼らを語る上で欠かすことが出来ないのが、そのあまりにインパクトのある断末魔でしょう。

「あべし」「たわば」「ひでぶ」等、他の漫画では決して見られないこの「北斗節」が、まるで彼らの名刺のように存在感を刻みつけてくれます。


 一例として、ジャギ編で住人に「あのお方の名を言ってみろぉ~」と脅し、答えられなければノコギリ引きの刑に処していた悪漢が、ケンにノコを渡して「お前がひいてみろ」と告げた直後、ケンはそのノコギリを悪漢の頭に深々と埋め込み「ひくのか、こうか」とギコギコやっちゃうシーンがあります。


 もしここで悪党が「ぎゃあぁぁぁぁ」とか「ひぎいぃぃ~~~」とか悲鳴を上げれば、単に悪党退治のシーンとしてしか残らないでしょう、誰も彼の事なんか覚えていないはずです。


 ですが、彼が上げた断末魔は、なんとも最高に印象深く心に残るのです。


「ぱっぴっぷっぺっ、ぽぉっ!」


 ぱぴぷぺぽですよ(笑)ノコを引くアクションに合わせてパ行唱和するとか、他のどんな漫画でありますかこれ、いやない、絶対に!


 普通なら印象に残らない悪党Aさん、でもこのキャラ立てのお陰で、「あ、ぱっぴっぷっぺっぽぉ! の人だ」とファンなら思い出してあげられます。


 他にも「汚物は消毒だー」の人とか、「お前のようなババアがいるか」な人とか、断末魔以外でも読者に強烈な印象を与えて、さらっと殺されていく方々も実に心に残る存在です。


 そう、彼らは死しても私たち読者の心の中に生き続けているんですよ。主にその断末魔をはじめとするインパクトの強さで(笑)


 これは作者である武論尊、原哲夫両氏の見事な表現力であると言えるでしょう。


 ケンやレイが作中で殺してきた人間はおびただしい人数にのぼります。いくら悪党とはいえ、これだけ殺人を繰り返していたら彼らに対する印象や作品自体の倫理観が一部の口うるさい人に非難される可能性は十分にありました。


 ですが、単にヘイトを集めるだけではなく、どこか面白おかしいエッセンスを悪党に加えることで、彼らもまた作品内で大事にされ、愛されているという印象を残しています。

 主人公や敵役だけではなく、彼らもあってこその「北斗の拳」という作品感を持たせることで、殺し合いの物語を嫌悪感無く仕上げている。これは本当にすごい事です。


 北斗の拳生誕三十周年記念の一環として、朝日新聞の裏面に全面広告を打ったことがありました。

 しかしそこに描かれていたのは、ケンでもラオウでも、またユリアでもありませんでした。


 なんとザコ悪役たちが大挙して登場し「エラそうに新聞なんか読みやがって」とガンたれてくれています。


 路傍の石のように蹴っ飛ばされただけのハズの小悪党たち。彼らが作品の「顔」として新聞の一面を飾ったことは、本当に素晴らしい英断だったと思います。


 ググれば簡単に引っかかると思いますので興味の出た方は是非。




 最後に一人。ザコ悪役の中でも大金星といえる活躍をしたキャラを挙げておきます。

 修羅の国編にて、先に上陸したファルコに一度は勝利し、ケンシロウを迎撃すべく登場した「名もなき修羅」。この国でも最下級レベルの彼は実に堂々とケンと、そして復活して来たファルコと渡り合います。

 最後は相打ちに近い形で敗れるものの、修羅の国の恐ろしさを十分に示して見事に散っていきました。


 特筆したいのは彼がアニメ版で初めて登場した時の、胸が熱くなるようなカッコ良さです。重厚なBGMに乗って現れ、ファルコの義足をケンの前に放り投げ、最強主人公の前に堂々と対峙してみせます。


「お前か、ファルコをやったのは!」

「そうだ!」


 一話のヒキのシーンと言う事もありましたが、それでも彼のカッコよさは最高でした。ザコのはずなのにこの威風堂々としたシーンはとても印象的でしたね。



 まぁ、修羅の国は進むごとにザコ敵のデフレが酷くなっていったのもありますけど……


「ブッ殺してやる、ガニニニニ」

「俺はカニ料理は、好みじゃないんだがな」


 名もなき修羅さん、草葉の陰で泣いていいですよ(笑

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