俺の病は気からなんかじゃない

オリスケ

人間万事塞翁が馬

‘’当たり前‘’ってなんだろう。皆の言う当たり前が俺にはわからない。多分、毎朝起きて学校に行ったり休日に友達と遊んだりとかいう何気なく送っている日常のことだと思うけど、病気の俺からしたらそんなこと滅多にない。昔から入退院を繰り返しているからだ。そんな俺に、みんなの言う当たり前はない。だったらそれは本当に当たり前なんだろうか。

「こんなこと考えても仕方ないか。」

俺はそう呟き、病室のベッドで横になった。窓は開けていて、そこから心地よい風が吹き、空は皮肉なほど晴れていた。

しばらくして母さんが俺の病室を訪ねてきた。

「千翼〜(ちひろ)体調どう?」

「別に。全然普通だよ。」

「そっか。ちゃんとご飯食べたの?」

「食べたよ。…足りなかったけど」

「知らない間に育ち盛りになったものねぇ。」

「…どうせもう長くないよ。逆にここまで生きてこれたのは奇跡みたいなもんだし。」

「また言ってる〜そんなこと言ってたらいつまでも治らないよ?ほら、‘’病は気から‘’って言うし、気持ちでどうにでもなるものよ〜」

「…なんだよそれ」

思いのほかめちゃくちゃ事言ってくるなと少し思ってしまった。脳筋にも程があるだろ…

「まぁ、めんどくさいこと考えずにこれでも食べな!」

そう言って母さんはコンビニから買ってきたであろうおにぎりと唐揚げを机の上に置いた。

「まさか腹減ってるの先読みしてたとか…?」

「まぁ〜母親の勘ってやつよ。」

「えぇ…」

腹減ってたから助かるけど、さすがにビビるな…

「じゃあそろそろ帰るから。あ、それにそろそろ診察だからちゃんとうけるのよ?」

そう言って母さんは病室から出た。

「…アニメ見ながら食べよ。」

俺はスマホを手に取り、アニメ配信サイトでボーっとアニメを見ていると、いつの間にか食べ終えていた。診察までまだ時間があったのでそのまま見続けていると、だんだん眠気が視界を覆っていき、眠ってしまった。

目が覚めると窓の外は暗くなっていた。どうやら長い時間寝ていたらしい。

「診察できなかったな…うぅ…頭いた…」

なぜかすごい頭痛がする…さすがに寝すぎたかな…スマホを開くと時計は9時半を指しており、NINEにメッセージが来ていた。

「梵(そよぎ)か…なんだろ…」

「おはよう!実はサプライズでお見舞い来てたの!でも…千翼君…寝ちゃってて…起こすのも申し訳ないなって思って待ってみたけど全然起きる気配ないから持ってきたものテーブルに置いておいたよ!また元気になったらいっぱい話そうね!」

そこそこ長い文でそう書かれてあった。梵は小学生のときから俺のことを気にかけてくれる面倒見の良い人だ。

艶やかな黒髪は肩口にギリ届かないくらいで、一見高校生とは思わないくらい小柄な体をしている。メッセージ通りにテーブルを見るとお菓子とちょっとした食材が置いてあった。その中でも驚いたのは、生の食パンがあったことだ。

「梵…本当に食パン好きだな…」

梵は昔から食パンが好きで、俺が学校に行けた時に、高校の昼休みに自分の弁当の代わりに生の食パンを持ってきていたときがあったくらいだ。あのときは衝撃的だった…さすがに学校で生の食パンで食べる人いないだろ…

そう思っていると看護師さんが俺の病室を訪ねてきた。どうやら今日できなかった診察を明日することになったらしい。

「今日はもう寝るか…」

長い時間昼寝をしたので夜ふかししようとしたが、明日の診察に支障をきたすわけにはいかないので俺はベッドに入り、眠ることにした。

眠りが浅かったのか奇妙な夢を見た。ヒマワリ畑に迷い込んだ夢だった。なんとか出ることはできたけど…そこからは覚えてない…たしか…相当怖い思いをした気がする…朝起きて目が覚めると俺は汗だくだった…悪夢…だったのかな…?

診察は午前中にある。入院してから定期的にするようになっている。昨日のこと…怒られなかったらいいけど…

診察室へ続く階段を降りていくと先に母さんが診察室の前で待っていた。そして中へ入り診察を受け、待合室で待っていた。

ーこのときの俺は知らなかった。もしかすると、このときからもうすでに俺の中ですべてが変わり始めているということがー

しばらくして看護師さんから呼ばれ、診察室へ向かった。

…想定外の結果だった

「完治…したんですか…?」

担当医の先生から完治した。そう告げられた。どうやら完全に俺の病気が完全に治ったらしい。

「よかったね。千翼。やっぱり長くないことなんてないんだよ…?」

「うん…そう…だね。」

母さんが静かに笑ってそう言った。正直以外だった…もっとなんかこう…泣き崩れるのかと思ったけど…まぁ…いつも前向きな言葉をかけてくれていたから、本気で治るってわかっていたのかもしれない。

担当医の先生によれば、ちゃんと診察もサボっていなかったし、病院で言われたことも守っていたから完治したとのことだが…それでもまだ実感が湧かなかった。

「この結果には私も驚いたのですが、明日から正式に退院ということになります。念のため無理はしないようにしてくださいね…?」

担当医の先生にそう言われた後、俺と母さんは病室に戻った。

「明日からか…」

不意に口から出た。まだ疑っている自分がいる。当然だ。いきなり完治したと言われてもそう簡単に信用できない…

「母さんはさ…退院になるってこと知ってたの?」

「知ってたわけないじゃない。母さんだって始めて知ったのよ…?」

一応、母さんにも聞いたが本当に知らなかったそうだ。知ってたようなリアクションだったけど…

「ほら!ずっと不安がってても仕方ないよ!とりあえず治ったんだし、楽しいことを考えなさいよ〜!」

「…そうだね…!」

そうして母さんの言葉で安心することがでした。俺は切り替えて明日に向けての準備をした。そして夜、俺は今まで以上にぐっすり眠れた。

翌日の朝に起床し、迎えに来てくれた母さんと病院を出た。父さんは仕事で来れなかったけど、母さんが退院することを聞いてたすごく喜んでいたらしい。家まで車で移動し、自分の部屋に病室から持ち帰った荷物を収めた後、昼ご飯までの時間つぶしにゲームしたりアニメを見たりした。久しぶりにこんなに趣味を満喫できている気がした…

「っ…!?」

ゲームをしていると突然、頭痛がし始めた。割れるように痛い。急な出来事だったので少し混乱してしまった。頭痛は何秒か続いたが、なんとか治まった。

「何だったんだ…今の…」

特に病気でのことではないし…原因がわからない…

とりあえずリビングへ向かうと昼ご飯ができていた。速やかに食べ終えて、俺は散歩へ行く準備を始めた。

「財布…スマホ…ハンカチ…このくらいかな…」

俺は最小限の荷物を持って外へ出た。今日は海に行ってみよう。

入院しているときにも歩ける余裕があったら、よく散歩をしていた。この町は山や海などの自然の豊かさを体感することができる。それ故に建物もそれほど多くない。長閑な田舎という感じだ。

季節は夏という事もあってとても暑い。空は雲一つ無い晴天で、絶好の散歩日和だ。蝉の鳴き声が響き合う中、俺は海へと足を進めて行った。距離はそれほど遠くなく、10分程で到着した。そして近くのベンチに腰をかけ、久々の海に感動した。本当いい場所だな…ここ…

「え…千翼くん…?」

「梵!?」

「あ、やっぱりそうだ…退院できたんだね…!よかった…」

梵は安心した顔をしてそう言った。さすがに梵と遭遇するなんて思わなかったな…

「久しぶりだね!今日学校は…?」

「千翼君…今日土曜日だよ?」

梵がクスッと笑われた。まずい…久しぶりに同級生と会ったから緊張してるのがバレそう…

「あ…そっか…えっと…梵も散歩?」

「うん!海…好きだから…」

なんて当たり障りのない話をしばらく続けた。やっとちゃんとした人間の‘’当たり前‘’になってきた実感が湧いてきた。ずっと経験することがないと思っていた…自分には無理だと諦めていたから…本当に嬉しい…

「あ、そういえばこの前お見舞いに来てくれたのに寝ててごめん…」

「ううん…!いいよ…!ほんと元気になってよかった…」

梵は顔を赤らめてそう言った。さすがにあの梵でも久しぶりに俺と会うとなると緊張しちゃうもんなのか…?

「っ…!?」

「千翼君…!?大丈夫…!?」

また頭に激痛が走った。それもさっきと同じような感じだ…

「ハァ…ハァ…」

「千翼君…?」

「あぁ…ごめん…急に頭痛がして…」

「とりあえず…日陰に行こう…?」

「うん…ありがとう…」

そう言って梵の肩を借り、日陰に移動した。

「まだ痛い…?」

「いや…痛みはだいぶ治まったけど…余韻が…」

「そっか…ゆっくり休んでね…?」

「ありがとう…梵って本当に優しいな…」

「っ!?あ…ありがとう…」

梵はまた顔を赤くした。割と褒められるの慣れてないのかな…?

「今日はとりあえず帰ることにするよ…いつ起きるかわかんないし…」

「そうだね…送ろうか…?」

「いや…大丈夫だよ…?もう痛みはだいぶ引いたから。」

「もし何かあったら言ってね…?いつでも助けるから…!」

「ありがとう…じゃあね…?」

「うん!ばいばい〜!」

俺は1人で帰ることにした。帰ったら梵にNINEでちゃんとお礼しようと思い、帰り道をゆっくり歩いていった。家に帰ってベッドで横になった。

話の途中だったのに…本当に申し訳ない…

正直…最近、変だ…変な夢を見たり…急に頭痛がし始めるし…何なんだ…本当に…

「大丈夫…もう退院したんだ…考える必要はないんだ…」

そうやって自分に言い聞かせた。一旦気持ち落ち着けて、梵に連絡してみることにする。

NINEで梵にメッセージを送ると秒で既読がついた。しばらくして返信が帰ってきた。

「今日のことは気にしなくて大丈夫だよ!治ったならよかった!」

文章で本当に安心していたのがわかった。梵が唯一の友達でよかったな…

「そういえば千翼君は夏休みなにするの?」

「そっか、夏休み…特に決めてないな…」

「だったら夏休み中どこか行こうよ!行ったことないとこ教えるね!」

珍しく梵が張り切っていた。

そうか…もう夏休みが近づいているのか…!

夏休みは基本、病気のことがあったから夏らしいことはあまりできなかったけど今年は違うと思うと楽しみで仕方がなかった。そうして梵とは色んな話をした。途中から電話に切り替えて、外が暗くなるまで話した。そして俺は母さんに夜ご飯ができたと呼ばれた。

「やべ…そろそろ夜ご飯だから…行くね…?」

「うん!わかった!じゃあね!」

夜ご飯を食べ終えて寝るまでの準備を済ました。明日はどんな楽しいことをしようか。そのことを考えると胸が高鳴るのを感じた。昔の自分とは大きな変化があった。自分がいつ死ぬかわからない恐怖感がずっと頭にあり、酷いときは眠れないこともあった。ただ、今はもうそんなこと思わなくていい。俺の人生はここから始まっていくんだ。そうして俺は希望に満ち溢れながら眠りについた。

翌日から俺はめちゃくちゃ遊ぶことにした。予定が無い日はだいたい散歩したり、たまに電車で遠くの方まで行って買い物したりゲーセンで遊んだりもした。そして退院してから2週間、俺はちゃんと学校に行くことになった。それまでは親が先生と話し合い、ちゃんと計画を立ててくれていたらしい。久しぶりの制服に袖を通す。学校へ行くのは何ヶ月振りだろう…

この日は心なしか授業さえも楽しく感じた。内容もわからないところが多かったけど、これからも少しずつ取り戻していこうと思う。

「千翼君!」

振り返ると梵がいた。

「今日一緒に帰らない?」

急な誘いを受け驚いたが、俺はその日始めて友達と一緒に帰った。

「これが‘’当たり前‘’か…」

「え…?どういうこと…?」

「あぁ…悪い…ちょっとね…」

「そんなに嬉しいんだ…?」

梵が少しニヤッとして言った。俺をからかっているのか…?珍しい…

「そりゃ…病気のことはもう考えなくていいからさ!」

「…そっか」

「え…?どうしたの…?」

「あ…えっと…なんでもない…」

梵がうつむいた顔でそう言った。何か傷つけるようなことを言ってしまったのかもしれない…

「ごめん…そんなつもりなくて…」

「ううん…!謝らなくていいよ!」

「えっと…じゃあ俺はこの辺で…」

「うん!また明日ね!」

さっきの梵…どうしたんだろう…梵らしくないというか…隠し事なんてするようなやつじゃないはずなのに…

家に帰って気になっていたけど、あまり触れないほうがいいかと思い、俺は考えるのをやめた。

翌日、俺は病院から呼び出しがあった。当分来なくていいと思ったが、何かあったのだろう。そう思い母さんと病院に向かった。診察室に入って担当医の先生が俺に要件を伝える…はずだった。

「え…?」

俺は初めは何が起こったのか理解できなかった。そしてようやく気づいた。…俺は…初めから何もしていない…?

気がついたら病室のベッドにいた。じゃあ今まで見ていたのは…全部夢だったのか…

そして悲劇は、これだけじゃない。

「あ…千翼君…」

「梵…?どうしてここに…?」

「千翼が心配で…」

「何かあったっけ…?」

梵が驚いた顔をして泣きそうになりながら話しだした。

「そっか…覚えてないん…だよね…千翼君はね…最悪あと半年しか生きられないかもしれないって…」

その言葉を聞いた途端、俺は全てを思い出した。アニメを見終わって…そこでの診察で俺は気絶したんだっけ…

「で…でも、まだそうと決まったわけじゃないから…もしかしたらこのままよくなるかもしれな…」

「もう…いいよ。」

「え…?」

今の俺には生きていく気力がなかった。信じたくない事実を思い出し、どうあがいても死ぬのならもう俺が今生きようが関係ない。

「でも…まだ余命のことちゃんと決まったわけじゃないよ…?」

「それでもそう長くは持たないと思うな…」

梵は必死で今の俺を元気づけようとしてくれているが、今の俺には何も響かなかった。

「わざわざ来てくれてありがとう。でも…もう全部どうでもいいんだ。こんな俺なんていらないよ。」

「なんで…私…もっと千翼君といたいのに…」

「ごめんね…俺がこんな体じゃなかったら…梵も…もっと楽しかったやろうね。」

そう言った途端、梵が俺の体を抱きしめた。

「そんなことないよ…信じなくてもいいけど…私千翼と話してるときすごく勇気をもらっていつもがんばれるから本当に感謝してるし…私と会ったときにもすごく嬉しそうにしてるから元気付けられるの…だから自分のこと責めないで…?私はそんな千翼君でも…大好きだから…」

俺は気づいたら泣いていた。

「ありがとう…梵…」

「ううん…いいんだよ…?」

「いつまでこうしてるの…?」

「あっ…ごめん…つい…」

梵が抱きしめた俺の体を離れ、顔を赤らめた。

「梵のおかげで落ち着いたよ…ありがとう…」

「よかった…本当によかった…」

そうして数日後、俺は自分を素直に受け入れることにした。そして今日は診察の日。この診察でいつまで生きれるかがわかるかもしれない。診察には梵もついていくことになった。どうやら俺のことが心配らしい。

「…行くか。」

「うん…!」

そうして俺は診察室の扉を開けた。

俺の病は気からなんかじゃない。

例えそうだとしても俺は変わってみせる。俺は俺が信じた道を行くんだ。例えそれが悪い方へ行ったとしても…

そうして俺はどうなってもいいように覚悟を決め、診察を受けた。数分経ってから診察室の外で待っている梵に結果を伝えに行った。

「どうだった…?」

「あのね…」

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