第7話 万事休す
フランが唱えると、黒い炎が杖の先から現れる。なんでも灰にする炎だ。
屋外であるこの場所で燃やすものはほとんどない。フランは炎を調節しており、フランたちを燃やすのではなく、足元の地面を灰へと変えていく。
その勢いは凄まじい。まるで雲の中に落ちるかの如く、フランたちの身体は灰に変わった地面の中に落ちていく。
魔法師であったルウは、それに臆することはなかった。
フランも慣れているようで、集中して炎を操る。傍をジルが翼を使って同じスピードで飛んでいる。
五秒もかからずして地下空洞まで落ちる。
そのままの速度では即死だ。だが、そこは魔法師と使い魔。
フランの炎は空洞の天井に穴をあけたところで消え、代わりに使い魔が強い風を吹かせてフランとルウの身体を優しく空洞に着地させた。
地下空洞は真っ暗だった。
右も左も見えない中、フランは杖に小さな炎を灯らせる。
黒い炎だったら何もかも灰に変えるが、暗闇を照らすには不適。得意なのは黒い炎の扱いでも、他の炎も扱える。灯らせたのは小さな赤い炎だった。
それにより辺りが見え始める。
もともと地下用水路だったようだが、今は水が枯れている。その横を通れるような通路があるがどこに繋がっているかは闇に紛れてしまいわからない。
「ジル。ありがとう」
疲れたであろうジルを抱き寄せ、額にキスをするフラン。
ジルはフランの頬に頭を摺り寄せる。
「仲が良いわね」
微笑みながらルウはつぶやいてから、手を叩いて切り替える。
「先に少し離れたところに移動しましょう。穴からアルタイルが追ってくるかもしれないもの」
見上げると、先ほど通った穴から空が小さく見えた。
「そうですね。そうだ、ルウさんの脚、大丈夫ですか?」
「治癒魔法で何とかね。大丈夫よ、心配しないで。それくらいの魔法なら使えるの」
「ならよかったです。ですがどこに行けばいいんでしょう……? どっちに行ったらいいかもわからないですし。上に戻れるのかも」
水路ともなれば、どこかに通じているはず。しかし、それがどこなのかはルウにもわからない。
右、左。どちらに進むか悩んだとき、フランの腕の中からジルが飛び出した。
しっかりとした羽ばたきで右奥の通路へ向かって飛ぶ。
「そっちなんだね。待って」
フランは迷うことなくジルのあとを追いかける。
ルウは一度ためらったがついて行く。
「ねえ、どうして使い魔の子がこっちを選んだの?」
歩きながらルウは訊いた。
「さあ? 私には分からないですけど、道を知ってたんじゃないですか? もしくは未来予知したとか?」
「貴方ねぇ……使い魔だからってなんでも見通しているんじゃないのよ?」
「でもジルがそう言うんだから、そうなんですよ。きっと」
どうして地図にも載っていない地下用水路を知っており、進む方向すら知っているのか。
ルウは疑問を抱くと同時に、ある可能性が浮かぶ。
使い魔のジルは、この地下用水路を使ったことがある者なのではないかと。
使い魔は近くの生き物を仲間にするようなものではなく、魔法師に召喚されて契約をする。
召喚されるまでは、使い魔リストに載せられ、召喚されるまでそこから出られない。
召喚に必要な魔法師の血から、リスト内で適した使い魔が召喚されるのだ。
そして使い魔リストに収載されるのは、大罪を犯した人間。姿を変えられ、自らの意思で出られないリストに閉じ込められる。
出られたとして、魔法師と契約できなければ再びリストに戻される。人間に戻るためには、契約を履行しなければならない。
魔法師団長になって初めてルウはそれを知った。
風魔法を使う使い魔ジル。
同じ風魔法を使っていた大罪人とされる騎士団長の姿が脳裏に浮かんでいた。
さらに、使われていない地下用水路を知っていたのも、彼がリストミアから逃げるのに使ったのだとしたら――。
「ルウさん。こっちですよ」
角を左に曲がるところで、ルウは脚を止めて考えてしまっていた。それをフランに呼ばれ、脚を動かす。
浮かんだ可能性は消せないまま、ジルの案内に従うのだった。
☆☆☆☆☆
「見てください。あそこから上に出られそうです」
しばらく歩き続けた先に、上から明かりが差し込む場所があった。
丁寧なことに、地上へつながるハシゴもかかっているようで、フランは浮かれた気持ちでハシゴに近づく。
暗い地下用水路。空気の循環が悪く、長居していたくなかったのだ。
喜ぶ気持ちはルウにもわかった。しかし、使われていない用水路のはずなのに真新しいハシゴを見て叫ぶ。
「待って!」
「え――」
フランが脚を止めるよりも先に、大きな衝突音がしてフランの身体は宙を舞ってから地面にたたきつけられた。
訳が分からないまま、フランは息をする。背中の痛みが酷い。息をするだけでも痛んだ。
濁った視界で顔を上げる。するとそこにはアルタイルの姿があった。
「弱い魔法師だ」
「フランちゃん!」
アルタイルはフランの髪の毛を摑んで頭を上げさせる。
その扱いにルウが助けようとしたが、たいまつを持った他の騎士たちにより取り押さえられてしまい、助けに入ることができない。
「赤髪の魔法師に訊く。お前はシリウスを知っているな?」
「ううっ……」
痛みで呻くことしかできないフラン。アルタイルに答えることはできそうもない。
「どいつもこいつも腹が立つ。お前を殺せば、シリウスが尻尾を出すかもしれない」
アルタイルの剣がフランの首に触れる。浅く斬れた首から血がにじむ。
頭が回らないフランは抵抗することもできない。力が入らない身体では逃げることもできなかった。
「あの世でシリウスを恨め」
アルタイルが首を落とすほどの力を込めたとき、再び暴風が吹き荒れる。それに負けず、目を細めながらも剣を振りきろうとしたが何かに当たってできなかった。
風が止んだところで、その理由が明らかになる。
「イケナイ子だね、アルタイルは。団長の俺が教えたこと、もう忘れちゃった?」
剣を止めていたのは、深緑色の剣。
そしてそれを持っているのは、金髪碧眼の男――シリウスだった。
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