第6話 騎士と魔法師


「あの火事。貴方をあぶりだすためのものみたいなの」


 そう言ったルウの背中越しに見える集団。その前に立つ騎士がいた。見覚えのある姿だ。リストミアの門前にいたのと同じ姿である。

 五人の騎士はフルフェイスの鎧をまとって槍を構えている。それだけでも威圧感があり、先ほどまでざわついていた人々を黙らせる。

 そしてもう一人。騎士の中央、一歩前に立っているのは、フランに剣を向けてきた、他と異なる鎧を身につけた騎士だった。


「やはりこれしきで死ぬわけなかったか」

「アルタイル、貴方! 何をしたのかわかってるの!?」


 癖のある黒髪。他の騎士よりも格式高い鎧。ルウと知り合いらしき人物・アルタイルにルウは叫んだ。


「当たり前だ。俺は国を、人々を守るために戦うまで」

「その人々を傷付けて何が騎士よ! 騎士の教えを忘れたの?」


 ルウの声でアルタイルの眉間に皺が寄る。

 続けてルウが叫んでいるのに対し、フランの目はアルタイルをずっと見ていた。

 何かおかしい。そう感じているのに、その違和感の原因が摑めない。


「どうしちゃったのよ、アルタイル。貴方はそんな人じゃないでしょ。団長の貴方に何があったの?」

「煩い。俺はただ、俺の騎士道に従うまでだ。邪魔をするなら、アンタを斬る」

「アルタイル、どうして……」


 ルウの必死な声は届かず、アルタイルは剣を抜く。


「はあああああっ!」


 アルタイルは地面を蹴ると一気にルウとの距離を縮める。振りかざした剣がルウに迫る。なのにルウは絶望した顔で逃げようとしない。

 青白く光りを放ちながら剣は振り下ろされる。


「ルウさん!」


 フランの身体が勝手に動いた。

 ルウの手を摑んで引き寄せる。バランスを崩して二人とも後方に倒れたものの、アルタイルの攻撃が直撃することはなかった。


「ありが、とう。フランちゃん」


 お礼を言っているが、その声は途切れながら出ている。元魔法師団団長という肩書を持っているとは思えないほど、弱弱しい。

 使い魔がいないからだろうか。しかし、使い魔のいない魔法師だって魔法を使えるはずだ。

 そう思い、ルウの足元を見れば剣が掠ったのか鮮血が流れている。


「これしきの攻撃すらかわせない落ちた魔法師にリストミアでの居場所はない」


 アルタイルは転倒したフランたちのすぐそばに立って、剣先を向ける。

 魔力が流れている剣は青白く、冷気を放っている。アルタイルの目は冷え切っている。明るさが一切ないままに、剣が高く振り上げられる。

 フランの頭に死がよぎる。

 しかし、その剣により傷つくことはなかった。


 成人男性の体勢を崩すほどの暴風が吹き荒れる。風が振り上げた剣を吹き飛ばし、アルタイルは腕で風をよけながら、風上を睨んだ。


「グルルル……」


 風を起こしたのは、唸り声を上げるジルだった。

 翼を羽ばたかせながら宙で吠える。そうして引き起こす風は嵐にもなるほどだ。今回は加減してあるために、体勢を崩す程度に威力は抑えられていた。

 戦闘もこなすことができるジルに助けられ、フランはルウと共にアルタイルから距離をとる。


「使い魔かっ。しかも風魔法を使う使い魔……嫌な奴を思い起こさせるッ!」

「ジル! エバコナルモフ!」


 まだ鞘には別の剣を持っていたアルタイル。それを抜いて、ジルへと斬りかかる。いくら魔法が使えるからといって、何でもできるわけではない。使い魔にも限界があり、できることできないことがある。

 魔法を使った直後、すぐに次の魔法を使うまで時間がかかることをフランは知っている。魔法を使った後が最も危険な状態なのだ。


 フランはすぐさま杖を前に向けて唱えた。

 すると、ジルとアルタイルの間に真っ黒な炎の壁が現れる。

 それにより、アルタイルは脚を止める。剣先を少しだけ炎に近づけてみれば、すぐに灰になってしまった。

 回り込んでみようとしたが、フランたちを含んで円を描くよう壁が作られたので近づくことができない。

 諦めてアルタイルは、投降を呼びかける。


「そこに立てこもって何ができる。いずれ魔力も切れ、出てこなければならないというのに。無駄なあがきをやめて出てくるといい。今なら、国家転覆の共謀罪としても少しは減刑されるぞ」


 壁の中から聞いたフランの顔は青ざめる。


「きょ、共謀罪って……! どうしよう、ジル。私、捕まっちゃうの?」


 目を潤ませながらジルに助けを求める。前回は無視されたものの、ピンチを感じたからかジルはゆっくり地面に降りた。

 そして尻尾で地面を何度も叩く。

 この魔法しか思い浮かばなかったフランに怒っているのか。自ら逃げ道を無くしてしまったのは、失敗したと思っている。フランが会得した魔法の中で最も防御力が高いのはこれだったのだ。

 ジルもそれは分かっていた。共に過ごした日々の中で、互いの魔法は知り尽くしている。だが、言語が異なるために上手くジルの意思が伝わらない。


「うわああん。ごめんって、ジルゥ! これしかなかったの。怒らないでよー!」


 泣きべそかくフラン。隣でルウが地面に手を付けて、ハッとした顔を浮かべる。


「フランちゃん。この下、空洞があるわ。そこに行けってことなんじゃない?」

「へ? 空洞?」

「ええ。探索魔法で確かめたら、かなり長い空洞があるみたい。地図には載ってなかったはず。師団に居る時に地図は見ているもの。だけど確かに空洞があるわ」

「下に行けってことなの? ジル」


 ジルに訊くと頷いた。

 固い地面。地下に繋がる道はない。しかし、フランには地下へ向かう方法があった。


「わかったよ。ジル、サポートよろしくね」


 フランは地面に杖をつけ、瞳を閉じる。そして頭の中で魔法の規模を想像をしながら唱える。


「エスクチカヨ ヨオノホ」

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