第8話 魔法師と剣士
特徴的な髪と目。黒い鎧とマントは騎士団長時代のもの。周囲に浮遊する五本の深緑色の剣。それがシリウスであることを証明している。
突然現れたシリウスに、全員が固まる。
今まで行方をくらましていたはずなのに、どこから現れたのか。その時誰にもわからなかった。
薄ら目で見える、想い人の姿にフランは小さな声を絞りだす。
「シリウス……?」
「うん。そうだよ。俺はシリウス。今までよく頑張ったね、フラン」
シリウスはフランの身体を抱き上げ、アルタイルに捕まれていた髪を戸惑うことなく剣で切ると、アルタイルから距離をとる。
そして傷付けられた首、打ち付けた背中を優しく触れる。治癒魔法だ。シリウスは剣術だけでなく、魔法も使える。魔法師になれるだけの才能もあったのだ。そんな彼の暖かな光が傷を癒やしていた。
見る見るうちに痛みが引いていき、視界も良好になってきたフラン。近くにいるシリウスを見て、我慢してきたものが溢れてきた。
「シリウス! シリウス!」
泣きながらシリウスに抱き付けば、「頑張ったね。偉いね」と優しく頭を撫でられる。
伝わってくるぬくもりが、シリウスが確かにここにいるのだと教えてくれる。余計にフランは泣いた。
「シリウスッ……! 殺してやる!」
「おっと。危ないなあ。せっかくの再会だ、邪魔しないでよ」
鬼の形相でアルタイルは両手に剣を持つと一気に迫って来た。しかし、シリウスは難なく浮遊させた剣を操り、アルタイルを止める。
渾身の一撃だったのか、止められたアルタイルからは怒りが溢れている。
「フラン。もっとこうしていたいけれど、残念なことに時間が限られているんだ。ここをおさめるためにも力を貸してくれるかい?」
胸に顔をうずめているフランに、優しく声をかけるシリウス。その間も頭を撫でる手は止めない。
ずっと会いたかった彼にやっと会えた。離れたくないけれど、力になりたい。矛盾した気持ちでなかなか顔を上げられない。
「困ったな、ずいぶんと甘えん坊になったねぇ。そうやって抱き締められちゃうと俺も照れちゃうなぁ」
そう言っているが、シリウスの顔が赤くなることはない。常に飄々とした話し方で続けていく。
「フラン。俺との――いや、使い魔ジルとの契約は覚えているかい?」
どうして今、使い魔の話を? と思いながら頷く。
ジルとの契約は『求めに応じて魔力を供給する』こと。
それだけでいいのかと疑ったが、ジルはいいと頷くのでそれで契約したのだ。
並々ならぬ魔力を持つフランには、全く苦にならなかったし、魔力が枯渇することもない。ただ、今まで求められたことはなかった。
「逃げてたときに魔法を間違って使い魔になる魔法を自分にかけちゃったんだよね。それで使い魔のジルから、人間のシリウスへ。身体を維持するのに、他の俺からの魔力をかなり使っちゃってるんだよね。だからさ、魔力分けてくれない?」
シリウスは特別な人間だった。
彼曰く、『パラレルワールド』にいる自分と全てを共有しているというのだ。
そう幼い頃にこっそりフランに教えてくれたのである。
当時は何を意味しているのか分からずとも、成長するにつれて、知らないはずの知識を持っていたり、起こりうる事件を予見していたことからシリウスが人と違う存在なのだと理解していた。
それゆえ、彼が秘石を必要とすることはないのだ。他の世界の自分がいれば、秘石に頼らずとも力を得られるのだから。
「どうしたらいいの?」
与えたことがない魔力。与え方が分からず、フランは戸惑いながら顔を上げる。
すると、そのまま顎を摑まれるとシリウスと唇が重なった。
しっかりと身体を抱きとめられている。その手は緩まない。
唇から身体全体に安心感が伝わるのと同時に、ほんの少しだけ力が抜けていく。
キスしていると理解できたとき、フランの顔は熟れたリンゴのように真っ赤に染まっていた。
ゆっくりと離れたシリウスは、さらにフランの額にキスを落とす。
「ありがと、フラン。愛しているよ」
そう言うと、フランをその場に残したまま立ち上がる。
「さて。しっかり力を貰えたことだし、後輩ちゃんの指導でもしようかな。フランも手伝ってくれる?」
「え、え。うん?」
まだ余韻で混乱しているフランを呼び寄せると、シリウスは笑ってフランの肩を寄せる。
「いちいちむかつくんだ。王殺しのくせにッ! 殺してやる!」
アルタイルは両手の剣に一層と増した魔力を注ぎ込む。すると眩しいほどに青白く光り、空気を凍らせて小さな氷の粒が発生して落ちる。それを利用して、氷のつぶてをシリウスとフラン目がけて放った。
「うんうん。アルタイルは氷魔法が得意だもんね。でも、俺には通じない。だって俺、最強だもん」
シリウスは剣を取ることなく、ただ正面に手を伸ばす。すると風がつぶてを全て吹き返した。
「そうやって剣を取らないッ。それが腹立つんだよ!」
「だって必要ないでしょ?」
ただの風だけで、アルタイルを圧倒している。それが気に喰わなくて、アルタイルは斬り込もうとしても風で前に進めない。その間にシリウスはフランへ伝える。
「見える? アルタイルに絡む黒い糸」
「糸……!」
シリウスに言われ、アルタイルをジッと見続けてやっと黒い糸に気が付いた。
アルタイルの手足、身体に絡む黒い糸は魔力を帯びている。目で辿っていくと地上へつながっているようだ。
感じていた違和感の正体はこれだった。
今までは見ることができなかったけれど、指摘されてやっとはっきり見える。
「あの糸がアルタイルをおかしくしてる。ルウを押さえている部下もね。あれ、執政官が操ってるみたいでさ。執政官のせいで、先代王は亡くなった。その罪を擦り付けられちゃったんだよね。俺じゃ、あの糸は斬れなかった。でも、フランならできるでしょ?」
黒い炎なら地面でも灰にできる。魔力を帯びた操り糸でさえも灰にできるだろう。
しかし、フランには不安があった。
「怪我させちゃうよ」
炎の加減が難しい。生き物でなければまだましだが、人に絡む糸となると、その人ごと灰にしかねない。フランは恐れていた。
シリウスはそれさえも分かっているかのように、力強くフランの肩を寄せる。
「大丈夫。フランならできるよ。なんて言ったって、魔法師だし、俺が愛するフランだよ? できないわけがないじゃん」
「でも……」
人に対して魔法を使うのが怖い。
身を守るための壁を作るのとは違う。下手をすれば、アルタイルを灰にしてしまう。敵意があるにしても、人を殺める可能性があるだけで躊躇する。
しかし。
「フラン。アルタイルを助けてやってくれ。ああ見えても、本当は優しい奴なんだ。俺の部下だったしね」
「うん……」
「俺が傍にいるし、風でサポートするからね。いい? 合図をしたら風を止める。俺が剣で足止めするから、その間に灰にして」
簡単な打ち合わせにうなずき、フランは決意する。
杖はすぐそばに落ちていた。すぐさま拾って、準備を整える。
「いち、にの、さん……!」
シリウスは風を止め、深緑色の剣を手に取って地面を蹴る。すぐさまアルタイルも攻撃態勢を取って、剣が火花を散らせてまじりあった。
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