第24話



横たわるわたしの頭をそっと撫でてくれた。



「君が、命を救った」


「ーーわたし、が?」


「ああ。君にしかできないことだった」



 髪を撫でる手のひらが温かかった。

 父と母の死を前に何もできず、いっときは声も失い、叔母と叔父に繰り返し「役立たず」と言われて……。いつの間にか心の中に大きく居座っていた氷のようなわだかまりが、やっとこの日を境に溶け出した気がした。



 なんだか無性に泣きそうで、でも泣きたくなくて、変な表情になってしまう。

 幼い日に、傷ついた銀狼を手助けできたときにも感じた、あのホッとする気持ち。



 それがもっと大きくなって、体の内側からぽかぽかと温めてくれるようだ。

 銀狼が頭に置いていた手を滑らせて、わたしの髪を一房そっと掲げた。



「無茶を心配する前に、先に君を讃えるべきだったな」



 わたしは少しだけかぶりを振る。

 実際に無茶だった。自分でもどうしてああなって、今無事でいられるのか不思議なくらい。



「だが、君をまず何より先に心配することを許してくれ。幼い日に出会った時から、こうして再会しても、わたしにとって君は大切な存在なのだからーー」



 どきん、と胸が跳ねた。

 その言い方ではまるで、わたしの能力だけでなく、わたし自身、そのものを銀狼が必要としてくれているようではないか。



「…………」


「いつもいつも、貴女は思いがけない言動をとって驚かせる。ついその行先が気になって目が離せない」



 銀狼はすくっていた髪のひとふさに唇をつけると、ふっと笑った。


 これは……一体…どういうおつもりなのですか?


 問いかけたいのに、わたしの体は声を出す機能を失ってしまったかのよう。



「幼い日のあの唄の響きも、自分が傷つくことも厭わずにわたしに手を貸したこともーー」


 呼吸の仕方さえ、分からなくなりそう……。


「これまで自由もなく、白家という囲いに縛り付けられていた貴女を解き放ちたい。けれど、美雨のもつ力や命を守ろうとすれば、結局はもう少し広いだけのわたしの腕の中に囲い直すことになってしまう」



 彼はわたしを真っ直ぐに見た。

 あまりにも鮮やかな瞳。

 その目に射すくめられては、身じろぎもできないーー。



「それでも、どうか許すと言ってほしい」



 なぜそんな懇願するような顔をなさるのですか?

 わたしには分からない……いいえ、分かってしまうのが怖い気がする……。

 自然と口から言葉が溢れていた。



「許さないなど、わたしがあなたに言うことがあるでしょうか」



 銀狼こそが、幼い日にわたしの心にかすかな希望を灯してくれた。だからこそ声を取り戻し、そして今も何も知らなかったわたしに、こうして多くの知識と居場所を与えてくれているのに。


 今からわたしの何もかもを投げ打っても、彼が差し出してくれた全てと釣り合うだけの価値を返せそうになかった。

 そもそも、立場の違うひとだ。本来なら、こうして肩を並べて旅をするどころか、顔を拝見することすらなく一生を終えたかもしれない。


 なのに、わたしを忘れず、守るために迎えにきてくれた人ーー。



「美雨、いずれわたしは銀狼という立場ゆえに、君のこころ以外の自由を奪ってしまうかも知れない。けれど銀狼として生きるがゆえに、君にわたしの全てを捧げることはできない。唯一、こころだけは貴女に……」



 その時だった。


「にゃあん」


 鳴き声とともに、子猫が部屋の入り口から駆けてきて、わたしの膝に飛び乗った。


「わ!」


「にゃーん」


 甘えるようにお腹を見せてごろごろとのどを鳴らす。


「……子猫か」


「はい」


 無言になってしまった銀狼は、しばらく沈黙がしていたけれど、子猫にじぃっと見つめられて、そろそろと手を伸ばした。

 喉元の柔らかそうな毛をそっとくすぐる。

 子猫は銀狼に撫でられて満足そうだった。



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