第四章 四大老

第25話


    ⌘ ⌘ ⌘



 起き上がれるようになると、わたしたちはすぐに出発した。予定以上に日数が経っていた。


 銀狼家の当主である彼には、自由な時間は少ないのだ。

 いくつかの町を通り過ぎ、合間にわたしが宿屋で待つ間に銀狼と黄蓋どちらかが妖封じに出てる、慌ただしい旅程をこなした。

 その隙間の限られた時間に、わたしが先日なにを見聞きしたのかを少しずつ少しずつ整理して話していった。



 とはいえ、大部分はかたわらで見ていた薬師殿が、わたしが眠っている間に語ってくれたそうなので、わたしが話すのは、あの不思議ななんともいえない夢の話が中心となるのだった。

 もう都を目前にした、最後の宿場町に至る頃に、一通り話しきることができた。



「ーーと、そこで意識が戻りました。あとは薬師殿のお話の通りだと思います」


「……改めて聞くと、なんといえば良いのやら」


「おう。こんなんが起こり得るっつーのが信じられん! だが目の前でたしかにその結果を見たからには、信じざるを得んな」



 黄蓋は腕組みをしながらそう言った。

 逆に、ふたりは道中をかけてわたしの力について分かること、分からないことを整理して話してくれた。



「美雨が音を奏で、歌を口にすると、宝玉が引き起こすような癒しの効果があることは以前の宿屋にいるときも知ることができた」


「この子猫も、そうやって元気に回復したのですよね……。自分でもまだ信じられませんが」


「ああ、そうだ。そして今回、唄を通じて君は不思議な心象風景を見た。これはある種の催眠のような、無意識下でのできごとなのだろう。だが、ただの夢と言ってしまうのも早計だ。その心の中でのできごとを通じて、妖はあきらかに大人しくなり、瘴気を弱め、自ら進んで封じられようとするかのように大人しくなった」


「俺から見ても、封じられる前の妖はもう攻撃的な意志は感じられなかったな。それは間近で封じた銀狼のほうこそが強く肌で実感しただろうがな」


「美雨が見た夢がなんだったのかは、まだ明確に言い切れる答えはない。だが、確実に言えるのは、君の歌と演奏による「唄」が、守護術師が作り出す宝玉と同等以上に効力があるということだ」


「同等以上に……」


「ただ、以前も伝えた通り、むやみに使うべきものではない。子猫のために君が歌ったときには、君自身が負った怪我の痛みも癒してくれていたようだった。だが、毎回その後にはひどく深い眠りに入っているだろう? どうやら、それは君が癒したり、起こした奇蹟が大きければ大きいほど君の眠りも長く深くなっている傾向がある」



 わたしはその説明を咀嚼するために、口に出して確認していく。



「つまり、唄を奏でたり、歌うだけで、わたしは宝玉の役割を果たしている。けれど、ひどく消耗するのか眠りを必要とするということですね」


「まぁ、そう考えるのが妥当だろうなぁ」


「さらに大きい奇蹟を起こしたときには、君に起こる反動がどれほどになるのか予想がつかない」



 たしかに、言われてみるとその通りだった。



「ならば、やはりもう必要以外では歌わない方がいいのでしょうか……」



 わたしはしょんぼりしてしまった。

 唄はわたしにとって心の支えであり、生きがいでもある。

 楽器も、歌を口ずさむこともできないのは、人生から色どりが失われてしまうかのようだった。


 その気持ちには関係なく、膝の上で子猫ーー先だってとりつけた首輪の鈴を元気に鳴らすので、リンリンと名付けられたーーがくねくねと体をひねってわたしの衣服にじゃれついていた。


 わたしは思わずくすりと笑って、リンリンの体を撫でてやる。心地よさそうにごろごろと喉を鳴らし始めたので、正解だったようだ。



「いや、そうとも言えない……。最初の宿屋にいたときから、君は自分の唄で自分自身のことも癒していた。薬師の家では、人払いすることもできない環境だったので、あの妖とのできごとのあと、君には楽器を本格的に奏でるのはもちろん、鼻歌も気をつけてもらっただろう?」


「はい、おっしゃる通りです」


「もちろん使った力の規模にもよるとは思うが、子猫を癒したあとにも何度か唄を歌っていたときと、先日の薬師の家でのできごとをみると、負った疲弊の度合いをかんがみても、明らかに最初の宿屋でのほうが回復は早かった」


「これはここ数日の様子を見た、俺ら二人の総意だ」


「つまりーー?」


 わたしは希望を感じながら首をかしげた。


「つまり、全く歌ってはいけないというわけではないということ。君自身を回復させてくれる効果もあるようだから」


 そう言われたとき、体の中で喜びが小さく弾けた。わくわくと胸を弾ませて尋ねてしまう。


「では、歌っても、楽器を奏でてもよいと?」


「あぁ」


 銀狼はすぐにいくつかの補足をした。



「ただ、いくつか条件がある。ひとつは、周囲に人の目がある時は気をつけてほしいということ。そして、ふたつめに、ささやかな唄なら構わないが、強く想いを込めたり、何度も何曲も繰り返しうたうようなこと、そして広く遠くまで響くような唄は控えてほしい。まだ事例が少ないために判じられないのだが、想いがこもったほど強く影響を及ぼし、君の歌は聞こえる範囲に影響を与えるように見受けられるからだ」



 わたしは銀狼の条件に頷いた。しかし、銀狼は少し顔をかげらせて続けた。



「君の力は、都では争いの種になりかねないのだ……。君がもつのはただ癒しを与える力だと言うのに、人というのは愚かだな……」


 わたしには彼の憂い顔の理由の全ては分からなかった。

 けれど、ひどく彼が傷つき、孤独をかこっているのは窺い知れた。



 そして、その憂いの原因の一端を、すぐにわたしは都で知ることになるーー。



    ⌘ ⌘ ⌘

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