第6話


    ⌘ ⌘ ⌘



 家を立つときに喚き出したのは、叔母と叔父だった。



 最初は泰然がしでかしたことーー付き人とはいえ、白家より立場がうえの守護術師である黄蓋に剣をむけたーーに青ざめていたけれど、わたしを横抱きにしたご当主を見るや、慌てて言い募った。




「なぜその子を! 息子ではなく、なぜそんな娘を連れていくのですか?!」


「彼女こそが我が当主の尋ね人だ」


「美雨のためにここまで来たというの!?」


「だとしても今こんな形で連れ去るなんて非常識だろう!」


「彼女はご子息に傷つけられ、それ以上に、これほど粗雑に扱われている。我々が保護することになんの疑問が?」



 さきほどわたしにあれほど気さくだった黄蓋が、馬上からなんの感情もなく言い捨てていた。



「……っ! 我が家がこの娘をどう扱おうと、我が家の勝手です」


「ほう、今回のことだけでなく、粗雑に扱ったことに間違いはないのだな」


「そっ、それは……。この娘は無能でーー」



 じろりと黄蓋に睨まれて、叔父は一瞬口を閉じた。だがその叔父に代わって叔母が唾を飛ばす。



「無能でなんの役にも立たないのにこの家に使用人として置いてやっていたんです! なのに、言うことすら聞かないから折檻をしていただけです!」



「そ、そうだ。我々の親切で生きてこれたんだ、亡き義姉の忘れ形見だから……そうでなければ放り出してやりたかったところだ」叔父まで勢いを取り戻して続けた。「多少は手荒だったが、しつけのために必要なのです!」


「そうよ! だからさっきの泰然の乱暴だってーーこの子が言うことを聞かないから、つい力が入ってしまっただけです」



 へたり込んだ息子の行動を謝罪するでもなく、自分たちに都合の良い論理を並べ立てていく。なぜそんなことができるのか、霞がかった頭でも不思議に思えた。




「何より、我々はこの娘を大事な息子の婚約者にまでしているのですよ? 息子に相応しくしつけて何が悪い!」


「ええ、そう。しつけです。この娘はいつもそう。世話になったことも忘れて、自分に都合の良い嘘を吐くんですの。だから信用なさらないで。我々は間違ったことはしていませんわ」




 叔母たちが何に必死になっているか、やっと少しだけわかった。この状態はあくまでわたしが悪いからで、自分たちのせいではないと言いたいのだ。

 体全体が熱を孕んで、ぼんやりしてきた頭で理解していく。


 叔父たちが支離滅裂な怒鳴り声を叫ぶ間にも、わたしはご当主の腕に支えられて馬の鞍に軽々と持ち上げられ、横乗りになった。黄蓋とくらべるといくぶん細腕に思えたけれど、彼はしっかりと青年らしい筋張った腕をしていた。わたしは背を伸ばす余力もなく、ぐったりと温かい彼の胸にもたれかかる。



「それ(、、)は我々のものです!」


「勝手に連れ去ると言うなら、銀狼ご当主さまであっても黙ってはおれません!」


「ーーほう、何ができると言うのだ?」


「ひっ」



 じっとわたしの体調を注意深く見守って、沈黙していた当主が訊ねた。



「銀狼の一派から破門されてもなおそう言い張れるのか?」



 それは震えるほど恐ろしいことのはずだった。どんなに有能な術師でも、主家の采配あってこその生業だった。たとえば宝玉が手に入れられるなくなっただけでも、なんの力を発揮することもできないのだから。



「彼女は間違いなくわたしの探す相手だ。そしてその彼女がこのような姿でいる。お主たちがなんと言おうとも、事実はかわらん」



 ついに叔父夫婦は固まった。悲鳴をあげそうな表情で、一気に十歳も年老いたように見えた。



「相応の報いを覚悟しておけ」



(ああ、これでわたしはこの家から自由になるんだわ……。)



 大きな安堵と少しの切なさをわたしが感じた一瞬、彼の目に痛々しい贖罪の光が宿った。



「ーーとはいえ、彼女が苦しい立場と知りながら、今日まで手出しできなかったのはわたしの落ち度だ」



 そのつぶやきは、馬に揺られて意識を失っていくなかで、幻のように遠くに聞こえた。




    ⌘ ⌘ ⌘

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