第10話 ドルスタで初仕事


 ドルスタ王国へ向けて走り始めた魔導車はとても快適だった。想像以上だ。

 馬車と違って燃料が続く限り延々と走り続けるのは魔導車の大きな利点だ。ただし、燃料の補給が簡単ではないことは不利な点だ。そこらの草では燃料にならないのだから。今回の旅程では燃料を多めに積み込み、途中で補給ができない地域は突っ走っていくのだという。その方が燃費がいいんだとか。

(よくわからないけど。早く着きそう)

 リタは現地では「復元の仕事があったらぜひお願いしたい」ということになっていた。

 けれど、実のところ、あまり期待していなかった。もちろん、リタにできることがあったらなんでもやりたい。とはいえ、できることは限られているのだ。

 リタはずっと繊維製品の復元を手がけていた。魔導具などは、勉強はしているけれど専門外と言っていい。経験がないのだから。遺物は残された環境によって、だいぶ状態が違う。経験が物をいうところはたくさんあった。

(それに、夫の安全面を支えるというやり方で、お手伝いできるものね)

 リタは、防御の御守り以外にも考えていることがあった。

 なにしろ、文字を文様にしているので、可能性は無限にある。

 今、作ろうと思っているのは、「第六感」の御守り。

(遺跡には罠がわんさか仕掛けられているというものね。第六感があったら、見つけ損ねた罠に気づけるかもしれないもの)

 魔力をなるたけ込めて、カーメル語で「第六感」と記した御守りを作って渡そう。「防御」と二つそろえれば、きっと役に立つ。

(頑張ろ)

 思いついてから、リタはカイトに『第六感が上がる御守り欲しい?』と尋ねてみようかと思ったのだが、ぬか喜びさせても悪いと思い我慢した。

「防御」でも効果があったのだから、きっと効くと思うのだが、やってみなければわからない。

 自分で試してみたかったのだが、魔力を込めた糸の在庫を考えると、まずはカイトに渡す「防御」と「第六感」が優先だろう。


 リタは宿で図面を起こし編み始めた。目にも留まらぬ速さで編んでいると、しばしばカイトが見蕩れていた。

 刺繍や、あるいは、布に染料で描くというのも考えたが、どちらが魔力を込めやすいかと思い悩んだ末、編み物にしておいた。

 編み物なら、いつの間にか指を身体強化してしまうので、そこでも魔力を含ませられるし、想いを込めて編む「呪術」が自然とできている気がしたのだ。

 リタはプロの呪術師でもないし、編み物は大量にやってきたので慣れている。より慣れているほうが想いや魔力を注げる気がした。


 二週間後。

 予定通りドルスタ共和国の遺跡に到着した。

 遺跡は、ドルスタの中央よりも、ホムロ王国に近い位置にある。少し北方になるが、ドルスタの王都に行く途中にあるような感じだ。

 調査団たちの住まいとなる元近衛らの駐屯所よりも、遺跡のほうが近いので立ち寄ることになった。

 まだ罠の調べはこれからなので、近衛たちが守っていた位置から眺めるだけだ。

「うわぁ、大きい」

 魔導車から降りると、そこは朽ち果てた街だった。

 遺跡というより、廃墟だ。

 リタはマリの「廃墟」という台詞を不本意ながら思い出した。

 なんら、掃除もなにもされていない崩れかけた街は廃墟としか言い様のない有様だ。

 迂闊に掃除もできないが、遺跡にあるものはゴミに見えても遺物なのだから。それにしても汚い。

 雑草がそこかしこに生え、剪定もされていない木々が無秩序に育つ煤けたゴミだらけの街が、この国の王が「王家の偉大な遺物」と豪語し、「猫の子一匹いれるな」と言明した遺跡なのだ。

(いや、もうホント、ちゃんと研究して保存して、お手入れしようよ)

 リタは、一通りの研究が終わったら、お掃除要員になって綺麗にするお手伝いがしたいものだとつくづく思った。


 ようやく近衛の駐屯所に到着した。

 予め、調査団のメンバーが入る住まいは決まっていた。

 遺跡の調査はまったく手が付けられていないが、調査団が住むための環境調査や工事は既に終わっていた。

 二人が与えられた部屋は、二階の角部屋で日当たりがとても良かった。広さも充分にある。おそらく、騎士二人分の部屋を真ん中の壁にドアを作ることで繋げてある。

 居間とキッチンに寝室と、客間は二つ。収納のための小部屋に、書斎に使えそうな部屋もある。

「住み心地がよさそうね」

 リタが嬉しさを抑えきれずにそう言うと、カイトがほっとしたように頬を緩めた。

「気に入って貰えて良かった。狭いかと思ったんだが」

「今までは一間の寮にいたのよ。それだって、楽しい我が家だったわ。子供が生まれてもここなら子供部屋に使えそうな部屋があるし」

「子供が生まれたら、もっと広い家を買う」

「あらまぁ、ほんの小さい子供は、そこまで広いスペースは要らないわ」

 リタは笑いながら答えたが、カイトは真剣な顔で「いや、買うからね」と譲らなかった。

 リタとカイトは、荷物の片付けをざっと終わらせると敷地を探検するために降りた。

 他のメンバーの姿は無かった。

 広い敷地を見回しながらゆっくり歩いていると、カイトが急にリタの手を引いた。

「リタ、こっちに行こう」

 どこか様子の違うカイトの挙動に、リタは少し不安になった。

「どうしたの? カイト。なにかあるの」

「うん、まぁ、こっちに何かある気がする」

 カイトは、浮かれたような、熱でもあるかのような顔をしている。

「何かって、何が?」

「こっちだ」

「だから、何が・・?」

 リタは胸騒ぎがした。

(まさか、まさか、第六感の効果?)

 カイトは揺るぎない足取りで、初めてであろう場所に歩を進める。

「待って、カイト、待って。確かめながらゆっくり進んで! お願い!」

 カイトはリタが訴えても歩を緩めようとしない。

(ま、まずいわ)

 リタはカイトの手を握り止めようとしたが、元副団長の力に敵うわけがない。

「か、カイト!」

 突然、カイトが止まった。

「ど、どうしたの? 大丈夫!」

 リタは数歩遅れて歩いていたが、息を切らせてカイトの隣に立った。

「あれを見て」

 と、カイトが楽しげに指し示すそこには、梨が鈴なりになった樹が見事な枝振りで生えていた。

「な、梨!」

 実りの季節らしく、甘い匂いが立ちこめている。

「君は、梨が好きだろう?」

 そんな話はしたことがなかったのに、カイトが自信満々に言うのだ。

 リタは呆気にとられたのち、思わず声を上げた。

「か、カイト! せっかくの第六感の効果をそんなことに使わないでよ!」

「へ?」

 リタは思わず言ってしまったおかげで、第六感のスカーフをカイトに付けて貰っていたことがばれた。

「そんな凄いのも作れるんだね、俺の奥さんは」

 カイトは満面の笑みだ。

「もう、遺跡に入るまでは着けちゃだめ」

 リタは本気で言っているのに、カイトは「はいはい」と嬉しそうに頷いていた。


 【遺跡好きの魔女は、まじないをまた編む】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遺跡好きの魔女は「まじない」を編む~「あと二年で子供が授かれなくなる」と言われて… @hayatayuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ