外伝:誓いの証を求めて

 僕は、アズナヴールの分家のひとりの説得を終え、裏道に位置するひっそりとした喫茶店から出てきた。

「ふうっ」

やっと緊張が解ける。よかった、反応は悪くない。考える時間が欲しいと言われたから、あと一回くらい話をすれば分かってもらえるだろう。

 ブランシュ学院の潜入調査を終え、リーテン共和国を後にした僕とハヅキさんは、グラン王国に帰ってきていた。

 今はジルさんにもらった報酬で大通り沿いの宿屋生活をしながら、僕はアズナヴール一族の説得と根回しに駆け回っているところだった。

 最初に兄様を説得できたのが大きかった。国王陛下のことも任せられるし、兄様の名前を出せば大抵は耳を傾けてくれる。さすがです、レオ兄様。

「……」

僕は澄んだ青空を見上げる。

 母様に気づかれないように分家の人たちを取り込み、味方にしていく。これは僕にとって今までの人生で一番大きな仕事だ。まだまだ説得できてない人がたくさん残っている。これから上手くいくかは全くわからない。だけど、やるしかないんだ。

「もし、この仕事が上手くいったら……」

僕はぎゅっと拳を握りしめ、最近ずっと胸に秘めていた、ひとつの決意を口に出す。


「僕は……ハヅキさんに結婚を申し込む……!!」


 口に出した途端、あまりに大それたことに頭を抱えてしまった。うわああ、どうしよう、やっぱりやめたほうがいいかな!?

「いやいや、決めた。僕は決めたんだっ」

ぼそぼそと何かを呟きながら百面相をしながら裏道を行く僕を、通りすがりの人が変な目で見ている気もするけれど、僕は気にせずにひとつ大きく頷いた。

「うん、やる。やるぞ!」


 宿屋に戻ると、愛しい彼女が「おかえり」と微笑んでくれる。

 いつからだろう。いや、きっと初めからだ。僕の心は彼女に奪われていた。その想いにはっきり気がついたのは、ジルさんたちと出会い、リーテン共和国に初めて足を踏み入れたあの頃。

 ジルさんに取られたくないと思った。召喚師としてではなく、男として。僕は、ハヅキさんが好きなんだと気がついた。

 彼女を見ていると、胸が苦しくなるけれど、安心もする。その不思議な相反する感覚が、愛おしさゆえなのだと、今ではよく分かる。

 ただいまです、と答えながら、僕はハヅキさんを抱き締めた。ちょっとでも彼女と離れていると、寂しさと恋しさが募ってしまう。

「あはは、補給かな」

幸いなことに、召喚師と召喚獣という立場上、ハヅキさんは抱き締めたり触れたりすることを嫌がらない。補給なんて、まだ全然必要ないんだけど。僕はずるい男だ、本当に。

 そんな彼女に、僕のことを男として、結婚相手として認識してもらう。考えてみるとめちゃくちゃ難しいことなんじゃないかなと心配になってきた。

 もしかしたら、ただ口で言うだけでは足りないかもしれない。なにか特別な、そう、愛の誓いがよく表せるものが必要なのかも。

「……」

ちょっと考えてみたけど、何も思い浮かばない。これは僕一人の知識では解決しないことだ、きっと。

 誰かに相談しよう。そう思い、思考を巡らせたが、思いつくのはほんの数人。

 レオ兄様……。兄様は一応既婚者なんだけど、それは母様が決めた結婚でお見合いだし、ロマンチックにプロポーズしたという話は聞いたことがない。それにあの兄様だ。その手の話はあまり得意ではなさそう。

 となると……やはり彼しかいない、か。正直なところ、奴を頼るのは結構いやだし、もしかしたら断られる可能性も高そうなんだけど。

 うん、でも僕の人脈じゃ彼しかいない。

「ハヅキさん、僕こんど、リーテン共和国に行ってきますね」

「えっ、ひとりで?」

「はい、ちょっと野暮用でして。すぐに帰ってきますので、ご安心下さい」

僕は、にっこりとハヅキさんに笑ってみせた。



「──で、わざわざリーテンまで来たのか。ご苦労なことだな」

リーテン共和国の首都、ダウム家の別宅。

 中庭に直結している開放的な部屋で、低いソファに寝そべりながらジルさんは顎を撫でた。回りには美女をはべらかしている。ハヅキさんに迫るくせに、そういうことしてるの、なんかやっぱり気に食わないなぁ。

「どうぞ」

ジルさんの向かいに座る僕に、後ろからディーターくんが果実酒を差し出してくれた。ありがとうございますと受け取ると、ディーターくんはぺこりと頭を下げてからジルさんの後方へ控える。ディーターくんはなんでこんなジルさんに仕えてるんだろう。若干気になったけど、それはまたいつの日か聞いてみよう。

「こういう事に関する知識は、ジルさんが一番だと思ったので」

「の、割に嫌そうな顔してんな」

くっく、と面白そうに笑うジルさん。いつも余裕があって本当に気に食わない。こういう男の人のほうがモテるらしいし。ハヅキさんもジルさんの方がいいのかもしれない、なんて考えてしまうから。

「ま、あんたもとうとう決意したか」

「とうとう?」

「はあ? バレてねぇとでも思ってたのか? 最初に会った時から知ってたぞ」

「し、知った上でハヅキさんに迫ってたんですか?」

全く、やっぱりジルさんは気に食わない!

「……まあでも、ハヅキちゃんも喜ぶだろうな」

「? なにか言いました?」

一瞬寂しそうにして呟いたジルさんの言葉は聞き取れなかった。ジルさんはすぐにいつものニヤけ顔に戻り、僕に言う。

「誓いの証が欲しいんだろ? だったらひとつしかねぇな」

「な、なんですか?」

「指輪、だよ」

ゆびわ。復唱した僕に、ジルさんは頷き、左手を差し出して、右手で左の薬指を指す。

「左の薬指には愛と絆を深める、聖なる誓いの意味がある。この指に指輪を贈るんだ」

「へえ……」

ジルさんは本当になんでも知っている。僕は自分の左の薬指を見ながら感心した。あ、でも。

「僕、ハヅキさんの指輪のサイズとか知りませんけど」

「サイズか……」

ジルさんは指で円を作りながら少し考えた後、言い放つ。

「ハヅキちゃんの薬指は六号だ」

「なんで分かるんですか!?」

「いや、見てたら普通分かるだろ」

「分かりませんよ、さすがに!」

ジルさんの観察力はすごい。悔しいけど、それは確かだ。多分嘘は言っていない。

「分かりました、じゃあ六号の指輪を探します」

「いや、せっかくなら作ったらどうだ」

へ? 僕は首を傾げた。指輪を作る? 僕が?

「首都にいる腕利きの職人を紹介してやるよ。今から作ってこい」

「え、いや、でも……」

「なんだ? あんたは既製品で満足なのか? この世にたったひとつのものを贈らなくていいのかよ」

この世にたったひとつのもの。なんて魅力的な響きなんだろう。

「……っ、分かりました。作ります!」

「おう、その意気だ。ディーター、職人に連絡を取ってこい」

ディーターくんが返事をしてから部屋を出ていく。

「でもなんで、そこまでしてくれるんですか」

僕はおずおずとジルさんに尋ねた。ジルさんはハヅキさんが欲しいはずなのに、僕の後押しをしてくれるなんて。

「あんたのためじゃねぇよ」

ふっ、とジルさんが笑う。

「ハヅキちゃんのためだ」

その言葉の意味は、僕はまだ分からなかった。



 そのあと、手渡された地図を頼りにリーテンの首都を行く。

 辿り着いたのは、路地裏にあるひとつの工房だった。恐る恐る扉を開くと、カランカランと音が鳴る。入ってすぐに、大きな机に様々な装飾品が並べられていた。どうやら店も兼ねているようだ。

「あ、指輪だ」

装飾品の中に指輪が並べられているのを見つける。僕は思わず覗き込んだ。銀や金を主体に、ピンクゴールドやオレンジ系もある。デザインもシンプルなものから角をつけたもの、波状の模様を彫ったものや、宝石を並べて嵌めたものなど様々。思ったより種類が多いんだな。

「いらっしゃい」

奥から女の人の声がする。顔をあげると、エプロンを付けた、少し丸くて背の低い初老の女性が近づいてきていた。

「ノアかい?」

「あ、はい! ジルさ、ジルヴェスターさんの紹介で来ました、ノアです」

僕はばっと頭を下げる。女性はこっちに来な、と顎で店の奥を指した。僕は素直についていく。

「あたしの名前はカミラだ」

「はい、よろしくお願いします。カミラさん」

ひとつのテーブルに案内され、僕は丸椅子を勧められる。腰掛けると、向かい側にカミラさんが座った。

「さて、好きな女に結婚を申し込むための指輪を作りたいんだってね」

「は、はい」

カミラさんは蝋の塊を取り出す。

「お前さんにはこの蝋から指輪の“型”を作ってもらう。デザインも自分で決めて一から彫って削るんだ。いいね」

「蝋の型、ですか」

「ああ、そうだ。その型を溶けない素材で固めて、熱を加える。すると蝋が溶けて中に型と全く同じ形の空洞ができるだろう。そこに金属を流し込んで固めるんだ」

「へえ……」

よく分からないが、すごそうだ。

「指輪の色はなにがいい。金属を選びな」

カミラさんは無表情のまま、僕に指輪のサンプルが沢山入った箱を手渡した。

 僕はハヅキさんの髪の色を思い浮かべながら、銀色の指輪を手に取る。

「……やっぱり、銀が良いです」

「そうかい」

そう言いながら、カミラさんはサンプルの箱を片付け、次は小さな蝋の塊とヤスリを手渡してくる。

「サイズは六号だとディーター様から伺ってる」

「はい」

カミラさんはそこで初めて、にやりと口角を上げた。なにやら、目が光ったような、そんな気がする。

「じゃあ、始めようか。あたしゃ手加減はしないからね」

「えっ」

ヤスリを手に持ちながら、僕は若干、ここに来たのは間違いだったのではないかと、そんな予感を抱いたのだった。



「……わざわざカミラ様をご紹介するなんて、ジル様は意地悪ですね」

ノアが出て行ってからしばらくして、ディーターがぼそりと言う。

「カミラ様は腕は首都一ですが、大変こだわりが強く厳しい職人ということで有名です。ノア様は耐えられるのでしょうか」

オレはソファに寝そべり果実を頬張りながら目を細めた。

「まあ、それくらいはさせてもらわねぇとこっちの気が収まらねぇからな。それに、あのハヅキちゃんへのプレゼントなんだ。妥協は許されねぇだろ?」

「ええ、そうですね」

ディーターの相槌を聞きながら、オレは息を吐く。

「あのノアが、結婚の申し入れを決意するなんてな」

いつもハワワ~と頼りない雰囲気だったあいつが。随分と成長したもんだ。

 見ていれば分かる。あのふたりは両想いだ。ハヅキちゃんもきっと喜ぶだろう。

「……オレの付け入る隙はもうねぇな」

「ジル様……失恋、ですか?」

ディーターが小首を傾げる。オメェ、なんでそんなとこだけ鋭いんだよ。オレは思わず笑ってしまう。

 少し寂しい気もするところだが、大切な友人たちが幸せになろうとしてるんだ。これ以上無いことだよ。

 オレは、今頃カミラに絞られているであろうノアに思いを馳せ、もうひとつ果実を口に入れた。



「……いいだろう。完成だ」

ワッ!! と僕は思わず両手を上げた。もうすっかり日が落ち始めている。何時間やっていたのだろう。

 カミラさんは僕が削った型をまじまじと見つめながら、小さく頷いた。

「よ、よかった、もう一生終わらないのかと思いました……!! ありがとうございます、師匠!!」

何度も何度もやり直しをさせられ、僕の心はちょっぴり折れかけていたのだ。蝋のカスまみれになった顔や手を払いながら、僕は涙が込み上げてきた。

 カミラさんは師匠と呼ばれて満更でもない様子で鼻を鳴らす。

「ふん。金属加工はさすがに素人には任せられないからね。この型をもとに、あたしが金属を流し込むよ。出来上がりはしばらく日にちがかかる。どうする、取りに来るかい?」

「あ、ジルさんに渡して下さい。あの人、二ヶ月後くらいにグラン王国に来る予定なので」

ジルさんはカミラさんがここまでこだわりの強い職人だと分かっていて、僕に紹介したのだろう。多分、いや、絶対に意地悪だ。僕はささやかな仕返しとばかりに、ジルさんへおつかいをさせることにした。

 わかったよ、とカミラさんは頷く。

「しかし、よくやり遂げたね。たまに作りたいと言いに来る奴はいるんだが、大抵は途中で音(ね)を上げて帰るんだ」

「はは、あはは……」

それはもう、ハヅキさんのためだった。その想いがなければ、僕もきっと大泣きして工房を飛び出していただろう。

 僕は居住まいを正し、カミラさんにお礼を言った。

「今回はありがとうございました。このあともよろしくお願いします」

「ああ、任せな。完璧に仕上げて、プロポーズを成功させてやるさ」

カミラさんはニッと笑って、力強くそう答えてくれた。


 そのあと、ダウム家別宅に戻り、ひとしきりジルさんに文句を言った。すると『誓いのキス』というものを教えられて、僕は顔を真っ赤にしてしまった。くそぅ、やっぱり勝てない。僕がジルさんを超えられる日は来るのだろうか。

 そうして、僕はグラン王国に戻る船の中にいた。もうすっかり夜中だ。今日は日帰りとは思えない密度だった。

「……ハヅキさん、喜んでくれるといいな」

僕の帰りを待っているであろう彼女の顔を思い浮かべながら、僕は甲板で景色を眺めていた。初めて乗ったときはあんなに怖かったけど、もうすっかり慣れたものだ。

 甲板ではしゃいでいたハヅキさんを思い出す。あの彼女も可愛かったな。

「ふふ」

気づいたらひとりで笑っていた。彼女のことを思うと、どうしてもにやけてしまう。

 この想いを早く伝えたい。どんな返事が待っているかは分からないけれど、伝えたいんだ。

 僕は指輪の完成を心待ちにしながら、見えてきたグラン王国に、目をやったのだった。

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溺愛召喚師は崖っぷち~神獣に転生したOLの愛され異世界生活~ タクヘイ @takuhe0410

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