第四章 悪魔

「あ、あった」

 一応何かあった時のために、時々マナで修理してきた脱出ポット。あの青い星に行くために遂に必要になる時が来たのだ。まだ壊れてないな。

 特に持っていきたい物もないので、ネックレスは肌身離さず持ちつつ、手ぶらで脱出ポットに乗り込む。自分でも、三億年くらいいたであろうこの船からここまで気軽に脱出を決められるとは思わなかった。心残りが記憶とともになくなったからだろうか。

 事前動作確認もすべて成功する。そして、出発のスイッチを押す。

「脱出目標の星を確認。脱出開始まで 3、2、1 エンジン動作開始」

 それっぽく発射の掛け声をして、出発する。ガクンとポット内が揺れる。きっともう、あの移住船に戻ることもないだろう。……移住船? あれは移住船なんだっけ。とにかく、今までありがとう。

 脱出ポットは青い星の大気圏に突入し、窓の外が赤くなる。凄い速さだ。

 ビー!ビー!

 警告音が鳴る。これは、落下の圧力に耐えられなくなったときに鳴るものだ。全く操縦桿が動かなくなる。

 シュウウウウ。

 ……何の音?

 ボッッカーン!

 

 水面から顔を出す。どうやら脱出ポットは爆発して、僕は海に落下したらしい。僕じゃなかったら死んでたぞ。

 ……それにしてもきれいな水だ。海中が透き通って見える。酸素もあるらしい。

 僕はマナを放出して浮き上がり、陸上を目指すことにした。……恒星の光が温かい。風が吹き、潮の匂いがする。三億年ぶりの外は気持ちがいいな。

 この星のことを少し探索しながら飛行していると、陸上が見えてきた。陸上には綺麗に舗装された……道? 移動用の道具のようなものも走っていた。まさか……。

「……生き物がいる?」

 僕は速度を上げて陸に向かう。すると、そこは砂浜で、たくさんの生物がいた。しかもその生物は二本足で立ち、服と思われるものも来ている。そう、そこにいた生物は人間そのものだった。僕は一瞬、目の前に人がいるのが信じられなかった。と言うより、人の形状を思い出すのに時間がかかったのだ。

 砂浜に上がると、人々が僕の周りに集ってくる。

「繧ォ繝?さ繧、繧、」

 自然と枯れていた涙が出てくる。目の前に人がいる。何を言っているのかは分からなかったが、僕のことを見て話しかけてきている。僕が見えている。声が聞こえ、生気がある。幻覚じゃない。

「僕は……一人じゃない」

 三億年ぶりに、モノクロだった世界は色を取り戻した。


 西暦2053年

 僕は図書館らしき建物にいた。図書館にはこの星のたくさんのものがあった。僕はおそらく言語について書かれていそうなひときわ厚い本を取り出し、読む。この星の言語はとても単純で、すぐに覚えることができた。次に、僕は辞書と書かれている本を取り出し、さらに単語を調べた。

「辞書に書かれている単語も簡単だな……ん? なんだこれ」

 

「カメラ:外の景色を映し、写真として保存する機械の総称」


 外の景色を保存? どういうことなのだろう。僕は近くにいた女性に聞いてみた。

「すみません……少しお聞きしたいのですが、この『カメラ』とは何ですか」

「はい? カメラが分からないんですか? あの、からかって……」

 と女性は言いかけるが、僕の純粋な目を見ると対応を変える。

「……説明するより、見せた方が早いですよね」

 女性はポケットから四角い箱を取り出す。

「ちょっと止まってくださいね……」

 パシャ。

 そして、その四角い箱を僕に見せてきた。そこには人と、僕の後ろの景色が映っていた。

「えっとこんな風に、外観を切り取って紙に張り付けられるんですよ」

 ……そんなもの聞いたことがない。そもそもそんな概念がなかった。外の景色を切り取る……。ああ、これがあれば、これがあれば、大事な人の顔を覚えておくことが出来たかもしれない……! 僕は悔しさを噛み締める。

 女性はそんなことを思っているとは知らず、軽い口調で言う。

「ふふ、まさかカメラを知らないなんて……今はもう……」


「不老不死の薬、だって発明されかけている時代なんですよ」


 不老不死の薬……?

「どいうことですか!?」

「えっと……言葉通り、飲めば不老不死になれる薬があと少しで完成するんですよ?」

「……ダメだ」

「え?」

 ダッ!

 僕は反射的にその場から駆け出す。女性は「どこ行くんですか⁉」と言っているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 その日、僕は思量した。僕が考えていることは正義なのかはわからない。むしろ自己満足かもしれない。

 ……それでも、僕が死ぬ直前にこの星にたどり着いたことに、今まで生きてきた時間に、受けてきた苦痛に、この人生に、意味があるのなら。

 

 僕はここでするべきだ。


 *


 この綺麗な星で一点、灰と炎だらけの場所に僕はいた。

「君で最後だね」

 僕は白衣をまとった一人の男性を前に剣を突き付けていた。

「あ、悪魔め……!」

「どこが悪魔なんだ? 僕は君たちを救ってるんだ」

「……救ってる?」

 僕は頷く。

「……俺らの夢である不老不死のデータも、開発に携わる研究員も、全て灰にしておいてか?」

「だから、それが救いなんだ。……不老不死なんてただの苦しみだ! 今死んだほうがよっぽどいいんだよ……わかってくれ」

「傲慢だ……」

「ごめん」

 スパッ。

 僕はその男性の首を切り飛ばした。

「……これでいいんだ」

 自分に言い聞かせる。僕はこの日のために、多くの人々を救うために今まで……。

 

 ボロッ。

 

 気付いた。体が崩れ始めている。僕の破壊行動で、一年分のマナを使ったのだろう。

「ああ、やっっっと。やっっっと! 終わるのか……」

 僕の視界がキラキラと揺れる。

 ホワン。

 すると、僕のネックレスが温かく光りだす。そして聞こえてくるのはとても懐かしい声。


「師匠、やっと終わるんですね。ボクのこと覚えてます?」


 ……僕はこの声を知っている。……大切な人の声だ。 名前は? 名前は……!


「……コメル!」

 

 それから、忘れていたはずの記憶がドミノを倒したように次々と蘇る。いや、頭のどこかでは覚えていたのだろう。忘れるはずがない。

 

「師匠、長い間お疲れ様です。これは声を一度だけ、一度だけ保存できる道具だそうです。時間制限が短いので、一言で言わせてください」

 

「うん」


 崩れた体は青白く光り、空に舞っていた。


「師匠、大好きです」

 

「ははっ。思ったよりもシンプルだな」


 それでも嬉しかった。


 そして僕はあの日、コメルの死を認めるようで言えなかった言葉を思い出した。でも、もう言える。


「最後まで、生きてくれてありがとう」


 最後は笑顔で、空に帰った。

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億代の軌跡 空栗 @kuudounokisi

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