エピローグ:アサガオ
1.スライズ/薬屋
それでも私たちの日常は、どうしようもなく続いていく。
実のところこの世界は、運営がご覧の有様でも崩壊している訳じゃない。
当たり前だ。私だって普通にゲームを始めて、無知ゆえに普通じゃない進み方こそしたが、他の大多数のプレイヤーは今も平凡にゲームを楽しんでいる。
……自由度の高さから生まれた盗賊団という組織があるなら、そういったプレイヤー達を制し治安維持に努めようとする組織があってもなんらおかしくないのだ。
つまるところ彼らのギルドはもう、解散せざるを得なくなっている。
辺り一帯を治めNPCたちからの支持も厚い正義のギルドが、今回の騒動を理由に
彼らがNOと言えばNPCたちはYESと頷く。
NPCを脅すことが出来るなら……支持を得て従わせることもまた、可能なのだ。
ただ、今回は相手も相当厄介だったようで。特にあの男……レベル70の上位プレイヤーは下手に機嫌を損ねると被害拡大の可能性があり、手を打ちかねていたらしい。
しかし、そんなところに現れた
リーダーの消えた狼盗賊団は存続不可能なのが確実で、当人である私たちには件の正義ギルドである『
結局のところ、これを寄越すのが運営ですらないというのが、奇妙なバランスを奇跡的な具合で保っているゲームの現状を物語っている。
「……なんだか、実感が無いですね」
なんて言いながら、ミカンさんは謝礼の一つである高級プリンを口に運ぶ。
辺りには綺麗に重ねられた容器が十数個――曰く、ここならいくら食べても太らないからだそうだ。
「まったく。礼がプリンだけというのは、どういうことなんですか。まったく」
表情を変えないままいじけているのはスイちゃん。食べ物よりお金に興味のある彼女としては、このプリンに不満があるらしい……。
「いいじゃないか。それに、プリンだけじゃない」
そんなスイちゃんを慰めながら、私は二つ目のプリンを開けた。
ここはスライズの薬屋であり――フィンの家。
事態が解決して再び薬屋を開けるようになった彼女の家に、私たちはこうして集まっていた。
「フィンの薬ですか。そういえば、さっきから姿がみあたらないですが」
「調合に時間が掛かると言ってましたね」
フィンは今回の件で個人的に礼と、私たちに全くその気は無いのだが――迷惑を掛けたお詫びを兼ねて特別な薬を調合してくれるらしい。
再開した店は押し寄せる冒険者たちで忙しく、こうしてまた四人集まるのに数日の時間を要した。
とはいえ、当の本人は入店後「ゆっくり待っていてください!」と言ったきり顔を見せてないのだが……。
「そうだ、チキンさんがちょっと見てきてあげたらどうですか?」
私の顔を覗き込みながらミカンさんが提案する。
「そうだな……。少し、行ってくるよ」
「じゃあ、これを持って行ってください!」
そう言い渡されたのは見覚えのある腕輪。仲間たちの証。
そういえば、色々とゴタゴタしていてすっかり渡し忘れてしまっていたものだった。
「ありがとう。それじゃ」
席を立つ私を、スイちゃんはちらりと、ミカンさんは笑顔で送り出す。
2.薬屋/調合場
薬の調合場といっても特にツンとした特有の匂いがする訳でもなく、そこにはむしろほんのりと甘い香りが漂っていた。
大小さまざまな、色とりどりの瓶に入った液体たちが両隣の棚に飾られている。その中央で長机に向き合って真剣な表情をしているのがフィン。
彼女は足音で私の存在に気付くと同時に振り返って、花が咲いたような笑顔を見せてくれる。
「おにいさんっ! ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」
「いや。少し気になって来ただけさ」
首を振りながら机の上を見た。
透き通った青空に似た色を持つ液体が、小瓶にいくつも注がれている。どうやら、これが用意してくれた薬らしい。
「きれいでしょう?」フィンが言って、私は深く頷いた。
彼女は小瓶の一つを手に取ると、きゅ、とコルクで栓をする。それを宝物を扱うように両手で持って、私の目の前に差し出す。
「おにいさんのぶんです。どうぞっ」
「ありがとう。……とても綺麗だな、これは」
「えへへ。『アサガオ』という花を調合に用いたんです。
花言葉は――『固い絆』。それと……」
フィンはそう言ってちらりとこちらを見やると、頬をほんのりと朱に染めて首を振った。
「……ううん。なんでもない、です」
なんだろう? 花言葉にも薬にも詳しくない私には推測すらできない。
でも、『固い絆』……そうか。ならば、私たちにぴったりだな。
そしてこのアサガオこそ、フィンが探していた『綺麗な花』だったらしい。
兄……を騙る盗賊団に渡すというのは嘘で、これは単純に私たちと共に行動する口実だったようだが。
「のむと冒険者さんのレベルをあげてくれる効果があるそうです。そざいが貴重なので、滅多につくれたものではありませんが」
「そうなのか。しかし、勿体なくて中々飲めないな。……ああ、そうだ」
また忘れるところだった。
ミカンさんから託された【スカイブルーの腕輪】を取り出すと、フィンの腕に通す。
「わっ」
彼女はそれを見て、嬉しそうな、少し泣きそうな表情を見せた。
「見つけてくれてたんですね。……よかったです、ほんとうに」
あの盗賊団に連れられるとき、これを盗られない為に道端にうまく隠したのだろう。
それをうまいことミカンさんが見つけ、今ここに戻ってきたというわけだ。
「これは、たからものですから。えへへ」
「ああ」
私は無言でフィンの頭を撫でる。
そうされるのが分かっていたように、静かに目を閉じて彼女もそれを受け入れた。
……奇妙で、しかし心地良いゆっくりとした時間が流れていく。そうしてやがて、フィンは口を開いた。
「あの、おにいちゃ」
「あっ。やっぱりイチャついてやがった、です」
「――――ひゃぁっ!?」
音も無く現れたスイちゃんに2mくらい飛んで驚くフィン。
自分でやったことなのに「おおー」と感心するスイちゃんを、遅れて現れたミカンさんが咎めた。
「スイちゃん! 【
「二人とも、どうしたのだ?」
「チキンが遅いからむかえにきたですよ」
言いながらプリンを食べる。いや、それ持ってきたのか。
「わっ! これとっても綺麗ですね! もしかして、フィンちゃんが?」
ミカンさんは私の手にある薬を見ると感嘆の声を上げた。
「はいっ! これ、みなさんのぶんです!」
「とてもおいしそうです」
スイちゃん……。
「お、おちついてください! 料理も用意してありますからっ
あ。こら、ちゃっぴー! アサガオたべちゃだめーっ!」
……そしてそのまま、ぎゃあぎゃあと。
再会した四人での時間はあっという間に過ぎていく。
どこか遠巻きにそんな光景を見ながら、私は窓から空に同じ色をした小瓶を
それぞれの空の色は相変わらずの透き通った青で……変わらない。それでも今は、この同じ空の色を共有できている事に、ただ感謝する。
そして願わくばこれからも、私たちの固い絆が不変でありますようにと――
私は誰に言うでもなくひとりごちて、そっと窓を離れる。
誰が見るまでも無く、知られる事も無かった。ただ、変わらない空だけが見守っていた。
あとがき
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。『咎人たちと狼の王』編はこれにてエピローグを迎えました。
引き続きエピソードを更新していく予定ですので、これからもどうぞよろしくお願い致します。
ビギナーズラック・オンライン 門番 @kaedemel
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