第53話 レン・バレス

「お疲れ様です。護衛依頼の完了、確かに確認致しました」


 現在わたくし達は冒険者ギルドにて受け持っていた護衛依頼の完了を済ませました。

 20代前半のスーツに身を包んだ暗めの赤髪の女性、受付嬢のベル様が依頼達成の確認をしてくださいます。


「成功報酬は金貨1枚に大銀貨5枚。パーティメンバーはヒナミナさん、クレイさん、そして––––」


「レン・バレス様。以上3名でお間違いはなかったでしょうか?」



    ◇



「なんか今日のベルお姉さん、やけに緊張してたよね?特に依頼でトラブルとかはなかった筈だけど何でだろ?」


「まぁ今を輝く辺境伯令嬢が相手だからね。顔見知りとはいえ、粗相がないか気が気じゃなかったんだと思うよ」


「わたくしとしては普段通りにして頂ける方がありがたいのですが……」


 依頼の報酬を受け取り、わたくし達は雑談を交えつつ帰り道をゆっくりと歩みます。

 大会が終わってからというもの、わたくし達を取り巻く状況は一片しました。


 まず魔王スレットの存在が告知され、バレス領だけでなくブラン王国全体に緊張が走りました。

 実際にはスレットだけでなくミーバルも魔王だったのですが、彼は魔族ではなくあくまで人間の従者であったという事になっています。


 おそらく魔王が二人も野放しになっていたという事実が明るみになれば国中でパニックが起きかねないという判断からでしょう。

 二人もいるなら三人目や四人目も……という思考に辿り着くのは自然な流れですからね。


 そしてもう一つ。


 お父様によってわたくしがバレス領辺境伯令嬢である事が公表されました。

 これも魔王が顕在だった事に比べればインパクトは然程でもありませんが、バレス領内ではかなり大きなニュースとなりました。


 幸いな事にわたくしに向けられる視線は好意的な物が多く、これには街でのお兄様の悪評が大きく関わっていると思われます。

 わたくしの性格が比較的温厚である事や、先日のダンジョン攻略や魔王を撃退したメンバーの一人であり武力面での実力もある程度認められていた事もあって、わたくしがお父様の跡を継げばバレス領の今後も安泰だという声が広がったのです。


 とはいえ、そもそもわたくしに継承権はないのでその認識は正しくはないのですが。

 これはわたくしの得た地位に対して責任を強要しないというヒナミナさんとの約束をお父様が守った故の事なのだと思います。


 あとは……魔王を撃退した功績によってわたくしは戦力指数Bランク一流に、クレイさんはCランク一人前に昇格した事ぐらいでしょうか。

 スレット(レッド)とミーバル(メルバ)が登録解除された事による繰り上がりで近々ヒナミナさんもAランク英雄に昇格する予定です。


 冒険者になってから約2ヶ月でBランク一流という異常な早さでの昇格となりましたわたくしですが、Cランク一流となるまでの実績はヒナミナさん、Bランク一流となる要因となった魔王撃退はクレイさんのお力によるところが大きいのでなんだか申し訳なく思ってしまいます。


 純粋な武力としては大会でBランク一流内でも上位の実力者であるアロン様を下した事もあって異論がほぼ出ていないのが唯一の救いでしょうか。

 単に辺境伯令嬢という身分のお陰で表立って異議を唱える方が現れていないだけかもしれませんが。


    ◇


「お帰りなさいませ。レンお嬢様、ヒナミナ殿、クレイ殿」


 そうしてここ数日を振り返りながら移動しているとバレス邸の門の前に辿り着きました。

 門番の方が挨拶をして門を開いてくれます。


 現在わたくし達は昔、お母様が療養する際に使用されていたバレス邸の離れに滞在しています。

 たった2ヶ月とはいえ、ヒナミナさん達と過ごした貸家を離れるのは寂しい気持ちもありましたが、わたくしにとってお母様が最後を過ごした場所で生活出来る事はとても懐かしく、穏やかな気持ちになれました。



    ◇



 バレス邸の離れは青と白を基調としたゴシック建築の2階建てで、本邸と同じ敷地内にあるとはいっても基本的には居住する為だけの作りとなっており、外客が訪れる事もなく静かに過ごせる空間となっています。

 静か、とは言ってもお父様が約束通りわたくし達の安全の為、護衛の手配をしてくださっていた事もあって、敷地内では気を抜いて休む事が出来ますし、設備の維持をしてくださるメイドの方々も数名滞在しており、依頼で忙しい時は彼女達に食事の準備を頼む事もできるようになってます。



「じゃ、あたしはシャワー浴びたらカリンお姉さんのとこに遊びに行くから。ヒナねぇとレンねぇもまた夕ご飯の時にね」


 離れに入ってから廊下を歩く事十数秒後、クレイさんはご自身の部屋の前で立ち止まり、わたくし達に挨拶すると部屋の中に入室されていきました。


 貸家にいた時と違ってわたくし達にはそれぞれ一室ずつ与えられており、その広さは小さな家一つがすっぽり収まるほど……とまではいきませんがそれに近い敷地面積があります。

 大きなベッドと浴室も一室毎に備え付けられており、まさに至れり尽せりです。


 まぁ個室が与えられているとは言っても3人ともそれぞれが違う部屋に訪れる事も頻繁にあるので結局は一緒に行動している事が多いのですが。

 今回、クレイさんがわざわざカリン様の所へ行くと宣言したのはわたくし達に気を遣ってくださった故なのでしょう。


 ……流石に義妹であるクレイさんが近くにいる状況であのような行為を為す訳にはいきませんからね。

 彼女の心遣いには感謝するばかりです。


    ◇


「レンちゃん」


 わたくしが自室に入室すると背後からヒナミナさんにぎゅっと抱きしめられました。

 背中越しに伝わる柔らかい感触とどこか甘さを感じる香りに心臓の鼓動が高まるのを感じます。

 好き。


「あの……ヒナミナさん。依頼から帰ったばかりで汚れていますので今は……」


「うん、それじゃ一緒に入ろうか?」


「……はい」


 ヒナミナさんはわたくしの手を優しく取り、使用人達の手配によって既にお湯が湧いている浴室までエスコートしてくださいました。



 どうしてこんな状況になっているのかと言えばその……色々あったのです。



 武闘大会が終わってからその日のうちにわたくし達はバレス邸の離れに入る事になりました。

 そして魔王の出現やヒナミナさんに復讐を企むお兄様の存在等、度重なる極度の緊張によって酷く疲弊していたわたくしは部屋の前に付いた瞬間、勢いのあまりヒナミナさんに『抱いてください』と懇願してしまったのです。


 正直、早まったと思いました。

 普段のわたくしなら羞恥心の余り、絶対に言わないようなセリフです。

 自分から想い人の身体を求める女なんて、はしたないにも程があるでしょう。


 ……幸いにしてヒナミナさんはわたくしの想いを受け止めてくださいました。

 それどころか今の状況のように彼女の方から積極的にわたくしを求めてくださる事すらあります。


 わたくしもヒナミナさんも女性同士ですし、血が出るような事まではしていませんが、こうして肌を重ねて愛を確かめあう時間はわたくしに心の安寧と充足感をもたらしてくれました。

 お互いこれまでの人生でそういった経験もなかったのでまだまだ手探り状態ですが、この試行錯誤も同じ想いを共有しているんだと実感できて嬉しくなってしまいます。


    ◇


 服を脱ぎ捨て(ちゃんと脱衣場のカゴに入れてます)、シャワーで軽く汗を流した後は二人で大理石で造られたお風呂の湯船に肩まで浸かります。


 わたくしが隣にいるまるで女神様のように美しい一糸纏わぬヒナミナさんの姿に見惚れていると、不意にこちらを見た彼女と視線がぶつかりました。

 そのまま自然に肩に手を置き、顔を寄せて唇を重ねます。


 ヒナミナさんの背に手を回すと彼女も応えるようにわたくしの背に手を回して抱きしめてくださいました。


「はぁ……」


 長いキスを終え唇を離すとわたくしの瞳に頬を赤らめ、呼吸が少し荒くなったヒナミナさんが映ります。

 きっとヒナミナさんの瞳にも同じような状態のわたくしが映っているのでしょう。



 あぁ……本当に、心の底から幸せです。



    △△(side:スレット)



「あっ!」


 手から薬剤の入った試験管が滑り抜け、ガシャンと音を立てて砕け散った。


「……またか」


 どうにも集中力が続かない。

 意識が散漫して研究が手に付かなくなっている。



 現在僕は『魔の森』の奥深くにあるアジトに身を隠している。

 もちろん、ただ隠れているだけじゃない。


 次代の魔王が誕生する【月が一番大きく見える日スーパームーン】までもう日がない以上、一刻も早く新たな作品を仕上げなければならないのだけれど……どうにも研究に身が入らなくて弱っていた。


 こうなったのも武闘大会で聖女の奪取に失敗し、クレイ達に敗北してミーバルを失った事による弊害だろう。


 僕がこの世界に誕生した時からずっと共にいた同胞を失い、格下と見下していた人間達に完全敗北した。

 その事実が大きな楔となって心に穿たれている。


 まさか自分がこんなにもあっさりとメンタルをやられる時が来るだなんて思いもしなかった。


「よくない傾向だな、これは」


 こういう時は一度気分を変えて、基本に立ち返る必要がある。

 僕は実験を打ち切ると、別室へと足を向けた。


    ◇


 別室の中心にあるのは一つの巨大なガラスのケース。

 その中には横になって目を閉じている白衣を着た少女がいた。


「……」


 少女はピクリとも動かない。

 当たり前だ。

 だって僕が空間魔術を応用してそのようにしているのだから。


 僕はガラスのケースに手をかざし、少女を眺める。


 真っ白な肌、それ以上に白い髪。

 そして今は目を閉じている為確認できないが血のように赤い瞳。


 年齢にしておそらく10代前半だと思われる彼女の容姿は、どこか先日交戦した少女を連想させた。


「どうすれば君を最高の作品に昇華させられるんだろうね?」


 魔力量25000。

 今代の魔王たる僕の5倍もの力を秘めた少女は当然、その問いに答える事はない。



「また来るよ」



 僕は踵を返すと別室を後にした。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 これにて第2章終了です。

 ちょっとだけエッな事になったけど大丈夫ですよね?


 大した内容ではありませんが、近況ノートを書いたので目を通して頂けると幸いです。

 https://kakuyomu.jp/users/niiesu/news/16818093078530292805


 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【2章完結!】放逐令嬢、異国の巫女さんに拾われる~魔力量『しか』ないわたくしにだって意地ぐらいあるんです!~ エスツー @niiesu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ