【２章完結！】放逐令嬢、異国の巫女さんに拾われる～魔力量『しか』ないわたくしにだって意地ぐらいあるんです！～

第５２話 巫女さん、しばき倒す

「俺様がホラ吹きだと……！」

「まぁ、嘘つきってのは言い過ぎだったかもね。確かに君のその【火星闘気（ガーネット・オーラ）】とやらは絶対無敵の最強防御といっても過言じゃない。……ちゃんと魔力を込め続けられればね？」

「！？」

　ヒナミナさんのご指摘を受けてお兄様のお顔が青ざめました。

　彼がちゃんと魔力を込めていないとはどういう事なのでしょうか？

「クレイちゃん……ボクの義妹も君のそれと似たような技を使えるんだけど、あの子は相手の攻撃に合わせて一瞬だけ発動するようにしてるんだ。相手の攻撃を全部焼き尽くして無効化するなんて荒技、常時発動し続けるなんて不可能だからね」

「そういえばクレイちゃんはレンちゃんから魔力を貰ってる状態でも【真炎（しんえん）】に関しては細かく発動と解除を繰り返してましたね」

「そりゃあんなのずっと使い続けてたらあっという間に魔力が切れちゃうもん。ここぞという場面でしか使わないよ」

　ヒナミナさんの語りを聞いて質問したカリン様にクレイさんが答えを返しました。

　全部ではないとはいえわたくしから魔力を受け取った際のクレイさんの魔力量はお兄様の魔力量を超えていた筈です。

　そんな彼女でも【真炎（しんえん）】は常用できないと仰るのですから、お兄様の【火星闘気（ガーネット・オーラ）】に関しても同じ事が言えるのでしょう。

「だけどネオ・ガネット氏。君にはその魔術を瞬時に発動と解除を繰り返せるような魔力操作能力はない。もっと言えば反射神経も動体視力もない。だから最初にボクの魔術を防いだ後は魔術の維持に割く魔力量を減らして殆ど見せかけのような魔術で誤魔化していたんだ。違うかい？」

　一度でも攻撃を無効化してしまえば、試合前から既にかなりの魔力を消耗しているヒナミナさんは早々魔術で攻撃を仕掛けてくる事もない。

　おそらくお兄様はそう考えた筈です。

　ひょっとしたら魔術の維持にかける魔力量を落とした状態でもヒナミナさんの攻撃を無効化できると考えていた可能性もありますが。

「ぐっ……世界最強の俺様の魔力量をてめぇのくそショボい妹と同じ尺度で測ってんじゃ––––」

「全力を出しなよ、ネオ・ガネット氏。邪魔しないからさ」

「なんだとぉ？」

　発言を遮り提案するヒナミナさんにお兄様は意表を突かれたように呆けます。

「ボクは君の魔術を躱せるけれど、君はボクの攻撃に反応しきれない。しっかり魔力を込めた【火星闘気（ガーネット・オーラ）】とやらをずっと維持できれば別だけど、それが不可能だって事は君自身が一番良く分かってるでしょ？」

「……」

「一度だけチャンスをあげる。君が無駄に長い時間をかけて魔力を練っても邪魔したりしないからさ、全力をぶつけてきなよ」

　お兄様に全力を出すように煽るヒナミナさんの姿が一瞬ガイア様と被って映りました。

　相手に全力を出させてそれを乗り越えていくスタイルはまさに彼そのものです。

　ですが――

「ヒナミナさん、どうして……」

　ヒナミナさんの推測が正しいのならば、もっと安全に勝つ方法はある筈です。

　何故わざわざ相手に全力を出させるなんて意味のない事を――

　わたくしはヒナミナさんに危険な目にあって欲しくないです。

「たぶんヒナねぇはあいつの心をヘシ折るつもりだと思うよ」

「ですねぇ。ヒナミナちゃんと領主様の契約がなされたらガネット様と顔を合わせる機会も０ではなくなるでしょうし、ここで格付けしておくつもりなんだと思います」

　心配するわたくしでしたが、クレイさんとカリン様の予測を聞いてハッとしました。

　お父様との約束が果たされたら昔ほど頻繁ではなくとも、お兄様とも顔を合わせる機会が生まれます。

　そしてその状況で彼が真っ先に標的に選ぶのはわたくしでしょう。

　もしここでヒナミナさんがお兄様を相手に完全勝利する事ができれば、それは彼に対しての強い牽制になります。

　それは『自分達に手を上げたら必ず後悔させる』という脅しに他なりません。

　つまり危険を犯してでもヒナミナさんが彼の心に恐怖を刻み込もうとするのは――

「わたくしの為？」

　胸の奥がじんわりと暖かくなってきました。

　わたくしは胸の前で手を組み、祈ります。

「ヒナミナさん……頑張って！」

　　　　◇

　わたくしが祈りを捧げる最中、武舞台の方で動きがありました。

　ヒナミナさんの挑発を受けてお兄様が魔力を練り始めてから約30秒後。

　彼の手には赤色の魔力で造られた弓と矢が握られていました。

「俺様の全力を引き出した事を後悔しやがれ、ヒナミナ」

　お兄様は真紅の弓矢をヒナミナさんではなく天へと向け、そしてキリキリと引き絞ります。

「あの世でなぁッ！【炎神の返し矢（アグニッシュ・リベンジアロー）】！！！」

　放たれた炎の矢は30mほど上昇したところで巨大な球体へと変化を遂げ、そして弾けました。

　上空から豪雨のように激しい炎が武舞台全域に降り注ぎ、着弾する度に武舞台の床が大きく抉れます。

「ヒナミナさん！」

　勢いよく落ちてくる炎がヒナミナさんに直撃する寸前、不自然に軌道がそれました。

　……ヒナミナさんは無事です！

「【水月（すいげつ）】」

　よく見るとヒナミナさんの頭上に水の魔術で作られた障壁のような物があるのが確認出来ました。

　それはさながら水に映し出された月のようで、降り注ぐ炎の雨を受け流し、そらし続けます。

　驚愕するお兄様をよそにヒナミナさんはゆっくりと歩いて近付き、とうとう彼の下へ到達してしまいました。

「う……嘘だぁッ！！俺様の超必殺技を受けて生きていられ––––ぐぼぁッ！！？」

　ヒナミナさんの放った拳がお腹に突き刺さった事でお兄様は身体を九の字に折り曲げ、倒れ込んでしまわれました。

　降り注ぐ炎も次第に掠れていき、後にはめちゃくちゃに破壊された武舞台、平然としているヒナミナさん、そして倒れたお兄様だけが残ります。

「ネオ・ガネット氏。君もしかしてボクの事をその辺にいる適当な魔物か何かだと勘違いしてない？ボク一人を攻撃する為だけにそんな対集団戦の魔術を使うだなんて無駄使いにも程があるよ」

　ヒナミナさんの話を聞いてわたくしは予選で対集団戦の魔術である【風雨（かざさめ）】を使った時の事を思い出していました。

　風の球体を全域に降らせた事でCランク（一人前）の冒険者達を降参に追い込む事は出来ましたが、Bランク（一流）の冒険者２名はいずれも健在だったのです。

　もちろん、お兄様の放った【炎神の返し矢（アグニッシュ・リベンジアロー）】はわたくしの【風雨（かざさめ）】より数段、下手したらそれよりずっと威力は上なのでしょう。

　ですが––––

　ヒナミナさんは有象無象の冒険者ではありません。

　単独でガイア様と肩を並べる程の実力者なのです！

「く、くそがぁッ！！この大天才である俺様が死ぬほど修行してネオ・ガネットとして生まれ変わったっつうのに何でてめぇは生きてんだよぉッ！！！」

　みっともなく喚き続けるお兄様。

　喋る余裕があるのを見るにヒナミナさんはお兄様への攻撃に相当手心を加えられたようです。

「後学の為に聞いておきたいんだけどネオ・ガネット氏。君はどの程度の鍛錬を積んだんだい？」

「元々最強だった俺様が多忙な中時間を割いて１日２時間も修行に充てたんだぞ！ちくしょう！！なんで上手くいかねぇんだ！！！」

「えぇ……」

　凄く反応に困る修行時間でした。

　ヒナミナさんも困惑しておられます。

　いえ、別に２時間が短いというつもりはないのです。

　例えばお父様は領主として多くの業務をこなす傍ら、王国最大の武力を持つバレス領の代表として、自己鍛錬にも余念がありません。

　そんな彼が捻出する２時間は金貨数枚分の価値があると言っても過言ではないでしょう。

　わたくしもお父様と比べれば当然自由時間は多いのですが、冒険者稼業をこなしながら毎日鍛錬を(少なくともお兄様よりは)積んでいます。

　ヒナミナさんとクレイさんはそれに加えて早朝に組み手試合までされておられますし、彼女達が日陽におられた頃は更に過酷な修行をなされていたのでしょう。

　……ですがお兄様はわたくし達と違って仕事とかされてないですよね？

　そんな彼が死ぬほど(２時間)修行したと主張したところで、死ぬほどどころか強くなれなかったら死んでいたヒナミナさんにとっては釈迦(遠い異国の神)に説法のような物です。

「ま、まぁ君の基準内では頑張ったんだろうね。……さて、そろそろこの茶番を終わらせようか」

「ひゅいぃッ！！？」

　ヒナミナさんによって首筋に刃を当てられたお兄様はすくみ上がり、ガタガタと震え出しました。

「ネオ・ガネット氏。君は試合前にボクに対して奴隷になるよう強要し、断れば殺すと脅迫をしてきたね？実際さっきもあの世で後悔しろと発言した。……人を殺す覚悟があるんだ。返り討ちにされた場合、当然殺される覚悟もあると判断して構わないね？」

「ふ、ふ、ふざんけんじゃねぇッ！！こんなクソみてぇな試合、俺様はこうさ––––もがッ！？」

　降参しようとしたお兄様の言葉が途中で遮られました。

　おそらくヒナミナさんが魔術で彼の口内に氷でも含ませたのでしょう。

　焦るお兄様をよそにヒナミナさんは刀を頭上に振り上げました。

「それじゃ、さようならネオ・ガネット氏。今度は真っ当な人間に生まれ変われるといいね」

「もがああああああああぁッ！！！」

　掲げた刀が勢いよく振り下ろされ――

　そしてお兄様の頭から1cmほどの所でピタリと止められました。

　……お父様との契約もありますし、ヒナミナさんの性格上止める事は分かっていましたが流石に心臓に悪いですね。

「なんてね。これに懲りたらその粗暴で品のない言動を改め––––あ……」

「……」

　お兄様はブクブクと泡を吐き、股間を濡らして失神されてました。

　対戦相手が気絶した為、自動的に試合の勝敗も決した事になります。

「決ちゃああああくッ！！！勝者はヒナミナ！！わずか１８歳の少女が国内最強（ガイア）を倒し、Ｓランク（最強）を下してついに頂点へと至りました！！新たな伝説の幕開けに盛大な拍手をお願いします！！！」

　武闘大会の新たな覇者の誕生に湧き上がる観客席、抱きあって喜ぶクレイさんとカリン様、担架で運ばれて行くお兄様、お兄様の醜態に頭を抱えるお父様。

　それぞれが思い思いの反応を示す中、わたくしの視線は武舞台の上からこちらに向かって笑顔で手を振るヒナミナの姿に釘付けになっていました。

「あぁ……」

　胸の中が熱くなって、自然と声が漏れます。

「やっぱりヒナミナさんは最高です」

　―――――――――――――――――――――――――――――――――――

　ネオお兄様戦終了。

　次話が第２章最終回の予定です（執筆中）。

　ここまで読んで頂きありがとうございました。

　基本は週２回（曜日は第１話に書きます）更新を目標、忙しい時は週１回更新予定です。

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