第51話 巫女さん、苦戦する?
「ネオ・ガネット?何なんだい、それは?」
「知るかよ、意味なんててめぇの低俗なド平民の頭で考えやがれ」
「……」
「ハッ、もはやこのネオ・ガネット様の威光にブルっちまって言葉すらでねぇか。だが俺様も鬼じゃねぇ、てめぇが生き残るチャンスをくれてやんよ」
単にヒナミナさんは呆れているだけだと思います、ネオ・ガネットお兄様(長いので以後お兄様と呼ばせていただきます)。
それといきなりこちらが知らない造語を使い出したのですから説明ぐらいはして頂きたいのですが。
困惑するヒナミナさんをよそに、お兄様はとんでもない事を口走り始めました。
「この場で土下座して俺様の奴隷になると誓いやがれ、ヒナミナ。そうすりゃあ顔と身体だけはいいてめぇをこの俺様が使ってやる」
「なっ!?」
わたくしのヒナミナさんになんて事を仰るのですか!
そんな悍ましい事にになるぐらいならわたくしがお兄様の息の根を止めてやります!
「なんなのあいつ。気持ち悪……」
「やっぱり潰すしかないみたいですね」
当たり前ですが先のお兄様の発言はわたくしの隣で観戦してるクレイさんとカリン様からも非難轟々でした。
ですが一番怒ったのは––––
ドゴンッ!!!
背後から大きな音がしたと思って振り返れば、高級そうな机が真っ二つになっているのが見えました。
お父様が拳で叩き壊したようです。
「ガネット……!この恥晒しがッ!!」
青筋を立てて憤怒の形相を浮かべたお父様はとてつもない迫力がありました。
これは試合の結果がどうなろうとも、お兄様が地獄を見るのは確定したと言ってもよいでしょう。
「えーと、ガネット選手?この大会は女性や子供も観客席にいますので度の過ぎた挑発行為は––––」
「ありがとう、ネオ・ガネット氏」
会場の騒めきを受けて司会者のハルカ様がお兄様を諌めようとしましたが、それを遮ってヒナミナさんがお兄様に頭を下げました。
……ヒナミナさん?
「クハハッ!物分かりのいい女は好きだぜぇ?そうだ、そうやって俺様に誠心誠意を込めて尽くすならいずれ奴隷から次期辺境伯婦人に繰り上げてやる事を考えてやっても––––」
「この世界に生まれてきてくれてありがとう、ネオ・ガネット氏」
「はぁん?」
ヒナミナさんのまさかの返しに今度はお兄様が困惑しました。
彼が生まれてくれてよかったとはどういう事でしょうか?
「ずっと疑問に思ってたんだ。お会いした事はないけれど君のお母さんは明るく優しい人だったと聞いてるし、お父さんも冷酷な面はあるけれど、強い責任感を持って領の発展と領民の安全の為に身を削って尽くしてる人だってのは分かる。そんな二人からどうして君のように靴底にへばり付いたガムみたいな人間が生まれてきたのか不思議でならなかった」
「てめぇっ!?このネオ・ガネット様が靴底にへばり付いたガムだとぉッ!!?」
流石はヒナミナさんです!
お兄様からの不快過ぎる提案を右から左へと聞き流しつつ、その豊富な語彙力を用いて全力で煽る事であっという間に精神的優位を確立してしまいました!
「きっと君がこの世界に生まれる際にこの世のありとあらゆる悪い所を全部引き受けてくれたからなんだろうね。だから君の後に誕生したあの子はあんなにも素敵な子に成長してくれた。お陰様で彼女と一緒にいるボクは毎日を楽しく幸福に過ごさせてもらってるよ。本当にありがとう、ネオ・ガネット氏」
「てめッ……!く、くがッ……!」
「ヒナミナさん……」
感動するわたくしとは対照的にお兄様は肩をプルプルと震わせ憤怒の形相を浮かべています。
もはや怒りのあまり、言葉すら出せないのでしょう。
「くそがあああああああああぁッ!!!ヒナミナァッ!てめぇはぜってぇぶち殺す!!ただ殺すだけじゃねぇ!!全裸にひん剥いてぶち犯した後に殺してやるうううぅッ!!!」
聞き分けのない子供のように暴言を垂れ流しながら床をダンダンと踏んで暴れるお兄様。
まだ試合すら始まっていないというのに致命的な精神ダメージを負ってしまわれたようです。
ヒナミナさんもガイア様との試合で魔力と体力をかなり消耗してる筈なのでこれで互角?ですね。
「あーこのまま舌戦やってると苦情が来そうなのでさっさと始めちゃいましょう!言い忘れてましたが勝敗予想は掛け金の割合からヒナミナ選手が7!ガネット選手が3です!それでは試合開始ィッ!!!」
「【
「【
試合開始の宣言と共にお兄様の周りを八の水球が取り囲み、一斉に強烈な水流を放ちました。
1秒後、わたくしはズタボロになったお兄様がヒナミナさんに降参し許しを請う姿を夢想していましたが……無傷!?
「くっ…クハハッ!」
「ネオ・ガネット氏、それは……」
ヒナミナさんの攻撃が止んだ後、そこには赤色の魔力を身に纏ったお兄様がいました。
「どうだぁッ!!これが俺様の開発した完全無敵の最強必殺技、【
ヒナミナさんの放った魔術はお兄様の纏った赤色の魔力に触れた瞬間、あっという間に蒸発して掻き消えていました。
それにしてもお兄様の使ったあの技、何だか見覚えが……
「何あれ!?あたしの【
予想通りお兄様の技を見たクレイさんが憤りました。
そう、あの技はクレイさんの使う赤色の魔力を身に纏う事で相手の攻撃を全て焼き尽くす鉄壁の防御、【
「たぶんクレイちゃんとはたまたま被っただけじゃないかなぁと思います。ガーリック様……じゃなかった、ガネット様って人の技を即真似できる程器用そうには見えませんから」
カリン様の言う通り、お兄様がクレイさんの【
そもそもお兄様がクレイさんの事を認識している可能性自体限りなく低いでしょうし。
しかし、これは厄介な事になってしまいました。
相手の攻撃に対して一瞬だけ発動するクレイさんと違い、お兄様はあの赤色の魔力を常に纏っています。
仮にあの技がクレイさんの【
「オラオラ!呆けてる暇はねぇぞぉッ!?【
「【
ヒナミナさんの魔術を無効化して気分が良くなったのか、すかさずお兄様は炎の魔力を羽状の形態にして大量に飛ばす魔術を放ってきました。
ヒナミナさんはミスリル製の刀に水の魔術を付与し、伸ばした刀身によって炎の弾丸を斬り払う事で対応します。
「死ねぇ!ヒナミナァッ!!【
「【
魔術が当たらない事に業を煮やしたお兄様は今度は炎の魔力を極大の光線状にして放つ魔術を真横に薙ぎ払うようにして放ちました。
対するヒナミナさんは屈みつつ、自身の周囲を氷で覆う事によってその攻撃をやり過ごします。
魔術を発動する際に屈んだのはおそらく自身に纏う為の氷を少しでも節約する為でしょう。
水の魔術はより魔力を練る事で氷に変化し、硬度や殺傷力を増す事が可能となりますが、それにはより多くの魔力を必要とします。
にも関わらず氷に変化させたという事は、そうでなければ受けきれないほどお兄様の魔術の威力が高いとヒナミナさんは判断された事になります。
「受けるばかりじゃ勝てねぇぞぉッ!?【
お兄様が片手を真上に上げると、空中に直径5m程の巨大な炎の球体が構成されていきました。
発動までにかかった時間は5秒程。
おそらく修行によって魔力のタメ時間も多少短くなっているであろう事を考慮すると、かなりの大技であると推測できます。
「砕けちれぇッ!!!」
「フッ!」
放たれた巨大な炎の球体をヒナミナさんは足元から水の魔術を噴出する事で退避しました。
着弾した球体は轟音と共に武舞台を大きく抉り取ります。
「クハハッ!いつまでも逃げきれはしねぇぞ!!もういっぱ――」
「【
「ぐあッ!!?」
お兄様が次の球体を放とうとしたその時、ヒナミナさんの放った水の弾丸が彼の顔面を捉えました。
……攻撃が通った?
「て、てめぇ……!」
纏っていた赤色の魔力によって多少は威力を軽減できたようですが、彼の鼻からはぽたぽたと鼻血が零れていました。
お兄様はご自身の鼻を抑え、怒り狂った表情でヒナミナさんを睨み付けています。
「ネオ・ガネット氏。君さっきから三味線を引いてるね?」
ヒナミナさんが一部焼ききれてしまった巫女装束の埃を払いつつ言い放ちます。
あれだけの猛攻を受け続けてもなお、彼女の立ち姿は凛々しく美しいままでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
炎属性なだけによく(精神的に)燃える。
次回の更新は木曜日にいけると思います。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。
もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます