第50話 巫女さん、エキシビジョンマッチに出場する
「存在が確認されなかった魔王二人が
赤髪赤眼の軍服を着込んだ40半ばの男性、この大会の支配人でありわたくしのお父様でもあるダイン・バレスが苦々しげな表情で呟きました。
現在治療を受けたわたくし、クレイさん、カリン様の3人は闘技場の観客席の上部にある支配人の部屋で事情聴取を受けています。
他にはわたくしとクレイさんの関係者としてヒナミナさんがこの場に同席しており、ガイア様は魔王が襲来したという事もあって会場の観客席にいた【雌伏の覇者】のメンバーと共に警備に回ってくださっています。
「失礼致します。旦那様、観客の皆様に3位決定戦を取り行わない旨を周知させました」
「ご苦労」
新たに入室したバレス邸の執事長であるセルバスさんが現状を伝えてくれます。
3位決定戦でわたくしと試合をするはずだったレッド……スレットはもはやこの場にはいないので当然と言えば当然でしょう。
観客の方々には魔王の出現は伝えず、あくまで先の爆破『事故』による選手の負傷によって試合が行えなくなったと伝えたそうです。
この状況で魔王が出ただなんて話を聞いたら会場中がパニックに陥るのは間違いありませんし、致し方ありません。
「何にせよ、まだエキシビジョンマッチが残っている。ひとまず大会を最後まで乗り切って締めるしかない」
「領主様、この状況で本当にまだ大会を続けるつもりなんですか?」
お父様の発言に対し、カリン様が苦言を呈しました。
スレット達の直接の標的となった彼女は先の出来事がよほど恐ろしかったのか、後ろからクレイさんに抱きついています。
単に抱きつきたかっただけかもしれません。
「この状況だからこそだ、聖女殿。魔王の出現は明日にでも公表される。ここで大会を取りやめにでもしたらバレス領は魔王の脅威に屈したと思われかねない上に今後の領の運営にも支障が出てくるだろう」
お父様としてはバレス領の運営が一番大事な事なのでしょう。
とはいえ、それを考慮に入れずともバレス辺境伯その人が魔王に白旗を上げたと捉えかねられない行動を取る事は約1ヶ月後に迫る【
「あー悪いけど領主様、ボクはエキシビジョンマッチに出るつもりはないよ」
「何?」
大会の続行を望むお父様に対して、出場者の片割れであるヒナミナさんがキッパリと否定します。
「理由は二つある。まず一つ目は魔王の一人であるミーバルを殺した事でクレイちゃんとレンちゃんはスレットから恨みを買った可能性が非常に高いって事。こんな所で呑気にのんびりしてたらあいつに報復される機会を与えかねない。申し訳ないけどボク達はすぐにでもこの領を出ていくつもりだよ。行動は早いに越した事はないからね」
ヒナミナさんが申し訳なさそうにしながらもわたくしとクレイさんに視線を送ってきました。
わたくし達はその視線に強く頷き、答えを返します。
「わたくしはヒナミナさんの判断を信じ、どこまでもついていく所存です」
バレス邸を追放されてからヒナミナさん以外の方々ともいくつか良縁を結ぶ事が出来ましたが、結局のところわたくしにとって一番大切な人はヒナミナさんなのです。
彼女がわたくしの為を想って考えた末の行動であるのなら、わたくしはそれに応えるまで。
「あたしもレンねぇと同意見だよ。……でもあいつらはもともとカリンお姉さんを狙ってたんだよね?カリンお姉さんもあたし達と一緒に行く?」
先程は聞き間違いかと思いましたが、今クレイさんは確かにわたくしの事をレンねぇって呼んでくださいましたね。
なんだか家族の一員として認めてもらえたみたいで嬉しいです!
……ただ後半のカリン様も一緒に、という部分は彼女の立場上難しい気はしますが。
「気を使ってくれてありがとうございます、クレイちゃん。私としてもクレイちゃんと一緒にラブラブ逃避行したいのはやまやまなんですが、まだ次の魔王が降臨するとされている【
自身の欲望……いえ、安全より治癒師として人々を癒す事を優先させる事にしたカリン様。
かなり変わった性格の方ではありますが、立派な志を持たれている素晴らしいお人であるのは間違いないようでした。
「あと、もう一つの理由としてはボクがエキシビジョンマッチの対戦相手であるガネット氏の実力を軽く見てないって事があるね。もし彼と戦った事で不幸な事故によってボクが命を落とすなんて事があったりしたら二人を守る人がいなくなる。もはやボクにとってエキシビジョンマッチに出る行為はリスクでしかないんだよ」
不幸な事故。
濁した表現になりましたが、ヒナミナさんは先日カリン様が主催されたお茶会でお兄様が彼女に復讐を企んでいるらしいという情報を得ています。
万全な状態ならともかくとして、彼女はガイア様との激闘を繰り広げた後です。
魔力も消耗した状態で、珍しく真面目に修行をされているらしいお兄様とぶつかれば、まさかがないとは言い切れません。
「なるほど。逆を言えばレンとお前の妹の両名の安全が保証されれば問題ないという事か」
お父様が考え込むようなそぶりを見せながらご自身の顎髭を撫でます。
おそらくあの仕草は本当に困っているから出た物ではなく、あくまで自分が譲歩してやっているというアピールなのでしょう。
貴族の中でもトップ層である彼にとってはごく自然に行う交渉術の一つです。
「取引だ、ヒナミナ殿。そちらが払う対価はエキシビジョンマッチへの出場及び【
前半のエキシビジョンマッチへの出場もお父様にとっては重要なのでしょうが、本命はおそらく後半の新たな魔王との戦いへの参加の方なのでしょう。
単独でガイア様と対等と言っても過言ではない戦力を持つヒナミナさんの存在は、ただそこにいるだけでも兵士や冒険者達の士気を大きく上げる事に繋がります。
「安全な生活環境というのは?」
「聡明なヒナミナ殿ならば既に予想はついているのではないか?」
「さっきスレット達に対して少し怪しい所はあるけど流石にこんな大舞台で何かをしでかすような事はないだろうって予想をした結果、クレイちゃんが危うく死にかけた上に場合によってはレンちゃんも命の危険に晒されるところだったんだけど?そういうこちらを試すようなやり取りはいらないからちゃんと言葉で説明して欲しいかな、領主様」
「……まずはレンにその安全な生活環境を享受させるに相応しい地位を与える。お前達姉妹はレンの親友兼パーティメンバーとして迎え入れる。これでいいか?」
わたくしに地位を与える!?
……ここまで言われたら察しの悪いわたくしでもお父様が何をなさろうとしているのか、ほぼほぼ予測が付きました。
「まぁ予想通りだね。ただこちらからも条件を3つ付けさせてもらうよ。一つ目はその相応しい地位とやらに対して発生する責任をレンちゃんに強要しない事。二つ目は領主様側の独断で約束を反故にしない事。三つ目はその地位をレンちゃんが手放す意志を示したらいつでも元の立場に戻れるようにする事。これらの条件が呑めないならこの話はなかった事にさせてもらうよ」
「一つ目は元々私の判断でレンを放逐したのだ。今更義務を背負わせるつもりはない。二つ目はお前達が領内で犯罪を犯さない限り、取り消す事はない。三つ目は先程示した条件である新たに生まれるであろう魔王への対処が済んだ後ならば許可しよう」
「オーケー、交渉成立だね。それじゃボクは武舞台の方に行ってくるよ。約束を果たす為にね」
お父様との交渉が終わるとヒナミナさんはすぐに席を立ちました。
まだ疲れも取れていないでしょうに、大丈夫でしょうか……?
「ヒナミナさん!せめて元々の貴女の魔力量と同じになるまで私の魔力を––––」
「心配してくれてありがとうレンちゃん。だけどそれをやっちゃうと実質2対1になっちゃうからね。ガネット氏とは他の選手と同じ条件で正々堂々と戦うつもりだよ」
「ヒナミナさん……」
ヒナミナさんとしてはお父様との契約に正当性を持たせる為にもわたくしから魔力を受け取る訳にはいかないのでしょう。
ですがあきらかに不利な条件で試合をする事を強要されているようでわたくしはとても歯痒い気持ちになりました。
「ヒナねぇ頑張って!レンねぇを虐めた最低な奴なんてボコボコのギタギタにしちゃっていいよ!」
「そうですよ!ヒナミナちゃん、いっその事潰してしまいましょう!何をとは言いませんが」
クレイさん、カリン様。
わたくしの事を想って言って頂いているというのは理解しているのですが、流石にお父様の前でその発言をするのは後が怖いので控えて頂きたいです。
◇◇
「ちょっとした爆破事故はありましたが大会にトラブルは付き物!この程度で中止になったりはしないから安心してください!!ってなわけで最後の試合、エキシビジョンマッチやってくぞーッ!!!」
司会者兼審判であるハルカ様によって、エキシビジョンマッチ開催の宣言がされました。
わたくし達は支配人室の特等席から武舞台に上がったヒナミナさん、そして彼女と相対する赤髪赤目の軍服を着込んだ青年、ガネットお兄様のお二人を見下ろします。
事故もとい事件があった事もあって観客達はアナウンスがあるまで不安そうにしているように見えたものの、いざ試合が始まると分かった途端、一斉に湧き上がりました。
「では選手紹介!左コーナー!
「待ち侘びたぜぇヒナミナ。世界最強の俺様がてめぇをこの大舞台で嬲り殺しにできる今日この時をよぉ?」
ガネットお兄様が馴れ馴れしくヒナミナさんに喋りかけてきました。
口を開けば開くほど株が下がる、いつものお兄様です。
足の小指を強打すればいいのに。
「相変わらず品がないね、君は。風の噂で最近は真面目に修行してるって聞いたけど、その小憎たらしい性格は矯正できなかったようだね、ガネット氏」
稀にバレス領でも見かける冒険者崩れのならず者のようにキャンキャンと威嚇するお兄様をヒナミナさんはバッサリ切り捨てます。
しかし、今日のお兄様はそれだけでは終わりませんでした。
「ハッ!前は卑怯にも二人がかりで不意打ちをもらったせいで不覚を取っちまったが、厳しい修行を耐え抜き進化した俺様はあの時とは訳が違うぜぇ?」
あの時、とは前の模擬戦の事を言っているのでしょうか?
二人がかりというのは事前にお兄様本人とお父様から了承を頂いていましたし、不意打ちも何もヒナミナさんは先手をお兄様にお譲りになられた筈ですがわたくしの記憶違いだったのでしょうか?
わたくしが過去を振り返っている間にお兄様は親指をクイッ、と上げて自身のお顔を指差されました。
「もはや俺様はただのガネット・バレスじゃねぇ……ネオ・ガネット様だ!覚えておきな、このド平民がぁ!!」
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次回からネオ・お兄様戦。
基本的に礼儀正しいレンですがお兄様相手だと地の文がかなり辛辣になります。
話のストックが切れてるので次回の更新は来週の月曜日になりますので宜しくお願いします。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。
もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。
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