第49話 諦めの悪い少女

「はぁ……はぁ……」


「クレイちゃん……」


 巨大な爆発に呑まれたクレイちゃんは肩で息をしつつも、五体満足の状態でした。

 おそらくギリギリのところで魔術による防御が間に合ったのでしょう。


 ですが完全な意味で防ぎきれたとは言えず、スレットの放った爆弾の破片によってその身体は傷付けられ、複数の出血が見られました。


「フンッ!!」


「【爆裂連弾フラムボムズ】」


「……ッ!【真炎しんえん】!!」


 傷付いたクレイちゃんに対して一切の慈悲もなく、スレットとミーバルは激しい攻撃を加えていきます。

 特にスレットの方は仲間のミーバルが自分の放った爆弾の爆発に巻き込まれようがお構いなしであり、ミーバルに至っては傷付いた自分の身体を片っ端から治癒してしまい、当たり前のように猛攻を続けています。


 対するクレイちゃんは相手の攻撃に紅の魔力を身に纏わせ、全ての攻撃を焼き尽くす鉄壁の防御、【真炎しんえん】を使用する事で対抗してますが、あの技はレンちゃんから受け取った魔力を使ってもなお魔力の消費が激しいようで明らかに押されています。


「どうしたらいいの……?」


 私の為にクレイちゃんが死ぬなんて事は絶対に許されません。

 そんな事になったら私が私自身を許せなくなる。


 考えなければ……どうすればこの窮地を脱せるのか。


「クレイちゃんを治癒すれば……いえ、無理ですね」


 一瞬妙案を思いついたように感じましたが、脳内で即座に否決されます。


 スレットが放つ爆弾を避けつつ、ミーバルとクレイちゃんの争いに割って入り彼女に触れながら治癒魔術を唱える。

 怖いだとかそれ以前に物理的に不可能です。

 下手したら私がやられた事でクレイちゃんが動揺し、致命的な隙を晒してしまうかもしれません。


 となれば残る方法は一つ。


「スレットの動きを妨害する」


 1対1での戦いならクレイちゃんはスレットよりも、ミーバルよりも強いのは間違いないでしょう。

 にも関わらず防戦一方となっているのは後衛のスレットと前衛のミーバルによる激しい同時攻撃を捌き切れなくなっているからです。


 一時的にでもスレットの動きを封じる事ができればクレイちゃんがミーバルを倒すチャンスもある筈……!


「【血拘束ブラッディバインド】」


 落ちていた床の破片を手にとり、自らの手首を傷付けて出血させてから小声で魔術名を唱えます。

 

血拘束ブラッディバインド】。

 治癒魔術を応用した自らの血液を自在に操る私独自の魔術。


 先程スレットと相対してた時はこの魔術で彼を拘束する事もできていたのですが、今の私は血を流しすぎて消耗している為にそんな余力はありません。

 それなら!


「お願い……!」


 スレットはクレイちゃんに爆撃を行う事に集中しており、こちらを意識している様子はありません。


 私は血液を操作し、それを音なく放ちます。

 狙うは彼の顔面。

 視力を奪う事さえできれば――


「おっと、危ない」


「なっ!?」


 躱された!?


「聖女様、僕が君の行動に気付いてないとでも思った?君は確保対象なんだから常に視界に入れてるに決まってるじゃないか」


 最後の力を振り絞って放った魔術も無為に終わり、私が血液に込めた魔力も霧散してしまいます。


「さて、そろそろ終局――ぐあっ!?」


 私が諦めかけたその時、スレットの背に大きな裂傷が刻まれました。

 スレットの背後のその先。

 そこにいるのは――


「レンちゃん!」


 壁によりかかり、辛そうにしながらもスレットに向けて魔術を放ったレンちゃんがいたのです!

 きっとクレイちゃんを心配して、疲労困憊の身体に鞭を打って様子を見にきたのでしょう。


 そしてクレイちゃんはレンちゃんが作ってくれたチャンスをみすみす逃すような子ではありませんでした。


「つかまえた」


 スレットによる爆撃が止んだ瞬間を見計らって攻勢に出た彼女は、すかさずミーバルの胸倉を掴み上げます。


「離れろっ!!」


 不意を突かれたミーバルが拳を振り上げますが、既にクレイちゃんは次の行動を起こしていました。



「奥義、【炎雷ヒノカグツチ】」



 クレイちゃんの纏う紅の魔力が蒼く染まり、彼女自身とミーバルを取り囲むようにして呑み込むと一気に垂直へと燃え上がりました。

 蒼の炎は天井に達した瞬間それを容易く突き破り、天へと昇っていきます。


 それはまるで天から落ちてくる落雷のようでした。


「ミーバル!!!」


 先程まで余裕綽々だったスレットから悲鳴が漏れましたが、もう遅い。

 断末魔をあげる猶予すら与える事なく、煉獄の炎はミーバルの肉体を塵へと変えていきます。


 あれほどの大魔術、いくらレンちゃんから魔力を受け取っているとはいえ予めしっかりとタメの時間を作っていなければ即座に撃てる物でもなかったでしょう。

 絶望的な状況であろうとも、最後まで逆転の目を潰さず耐え続け、諦めなかったクレイちゃんの強い心がこの勝利を引き寄せたのです。


 煌々と燃え盛る蒼の炎を見上げながら、私は彼女と出会った時の事を思い出していました。


    ◇


『ひとまずフウカちゃんについてですが、遺体が見つかるとかそういう事がない限りは生きていると仮定しておく事にしましょう』


 魔の森で倒れていたクレイちゃんを治癒した後、彼女からいなくなってしまったフウカちゃんの事を相談された時、私は無理にフウカちゃんの生存を諦める必要はないと告げました。

 恋人の生存がほぼ絶望的であるにも関わらず、それを諦めるなと諭すのはある意味、とても残酷な行為であると言えます。


 人々を癒すのが本懐である私が何故そんな真逆とも言えるアドバイスをしたのか。

 もちろん、フウカちゃんの生存を諦めさせる事がクレイちゃんにとって致命的な終わりとなってしまう可能性があったからというのもあります。

 ですが、それだけじゃない。



 私はクレイちゃんの精神にとても物を垣間見たのです。



 生存が絶望的な恋人を年単位で、全力で探し続ける。

 ハッキリ言ってそれは常人が取る行動とは言い難い物です。


 大抵の人々からクレイちゃんは気が触れた狂人だと思われて哀れまれるでしょう。

 心ない人からは指を刺されて嘲笑される事すらあるかもしれません。


 それでもクレイちゃんは諦めなかった。

 自分自身すら騙してフウカちゃんを探し続けた。

 そして––––


 奇跡とは往々にしてそんな諦めの悪い人々の所に寄り添う物なのです。

 今、この時のように。


    ◇


 パリン、と小気味よい音が聞こえました。

 放出されたその膨大な魔力によって、スレットの張った障壁が壊れたのかもしれません。


 ミーバルの肉体が完全に消失した後、蒼の炎が霧散していき、その中からクレイちゃんの姿が現れました。

 カラン、という音と共に赤色の巨大な魔石がクレイちゃんの足下に転がります。


「……【転移ワープ】!」


 スレットが【転移ワープ】でクレイちゃんのすぐ側に現れました。

 仲間を手にかけた彼女に復讐するつもりでしょうか?


 ですがミーバルを倒してもクレイちゃんは残心を解く事なく、構えを取っています。

 魔力量はだいぶ減ってしまっているとはいえスレット一人に負ける事はないでしょう。


 しかし予想に反してスレットがクレイちゃんに攻撃を仕掛けてくる事はなく、足下に転がった魔石を拾い上げると、すぐ様2度目の【転移ワープ】で姿をくらましました。



 辺りを静寂が包みます。

 その十数秒後に武舞台へと続く入り口から先頭にヒナミナちゃん、その後ろから大会の警備を担当しているバレス邸の兵士達がいっせいに駆け付けて来ました。


 そこでようやく全てが終わったんだなという実感が湧いてきて、緊張の糸がプツンと切れます。


 私がその場で気を失う直前、ヒナミナちゃんに抱きしめられるクレイちゃんが目に映りました。

 その表情はどこか晴れやかで、これまで果たせなかった責務をやり遂げたような、そんな風に見えます。


 

 本当に頑張りましたね、クレイちゃん。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 長い緊張状態が続きましたが、これにてボス戦決着です。

 2章ではあと1戦だけ戦闘がありますが、そちらの方はミルクでも口に含みつつ気楽に見て頂ければと思います。


 ストック残ってる間に決着まで辿り着けて良かった……。 

 

 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。

 もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る