第18話:いつの世も、色恋沙汰ほど小難しいものはないね

「さて、王子様?」

 ジルリアをにやにやしながら見つめて右手をひらひらと振る。


「次はあんたの番だよ。王子様の麗しの姫は何処に?」


「からかわないでください、おばあさま」

 ジルリアが半分憤慨、半分照れて言う。


「ここからはあんた次第だよ。一旦婚約者候補を下ろされたライラと婚約に漕ぎつけるのは、あんたの覚悟と手腕がものを言うんだ。ここ数代、王室では純粋な恋愛結婚はお見限りだったから楽しみだね」

 そう言ってから右手をひらひらさせた。

「政略結婚だってちゃんと愛はあるし、結婚してから恋愛するんだから安心おし。尤も」

 一旦間を置いて言う。

「あたしは未来永劫、自分の色恋沙汰はお断りだよ。しようったってできないのがありがたいね」


「わたくしね、ちょっと嬉しいの」

 アンジェリーナが言い出した。

「学園が一年封鎖されたから卒業が一年延期になったでしょう?それでわたくしがフィランジェ王国に嫁ぐのも一年延期になったのよ。フラニーの結婚式を見られるわ」

「わたくしもアンジーに結婚式に出席してもらえることになって嬉しいわ」

 フランシーヌがアンジェリーナに抱き着く。

「ビーはフラニーのヴェールを持つのよ」

 幼さの抜けないベアトリスが嬉しそうに言う。

「フラニーもビーも結婚式にはフィランジェ王国に来てくれることになって、もっと嬉しいわ」

 そう言ってから悪戯っぽく笑ってアンジェリーナがジルリアに言う。

「お兄様は国王代理で来てくれることが前から決まっていたけど、令夫人はご同伴かしら?早くわからないとおもてなしできないわ」

 ジルリアは真っ赤になる。


「さあ、ジル、責任重大だよ。アンジーの結婚は国家行事だからね。早くライラを手に入れておしまい」

 にやっと笑って続ける。

「ああ、ジル。あんたの結婚も国家行事だよ。責任重大だ」


 ***


 ジルリアは奔走した。

 査問会でライラの名誉は回復したものの、一時的とはいえ婚約者候補から下された汚点はなかなか拭えない。


 王族の結婚は政治だ。

 もしもライラとサンドリアの諍いがなければ、婚約者選定は形式だけで済み、ライラが婚約者となっただろう。

 そしてジルリアが大学科を卒業してすぐに結婚式が執り行われたはずだ。


 ところが今では、他の婚約者候補の家門が黙っていない。

 醜聞を起こしたとちくちくと王家を責め立てて邪魔をする。


 今ではジルリアは週に一度の手紙のやりとりが、ライラとの唯一の交流だ。


 他の婚約者候補とのお茶会に出席しなければならないのもうんざりする。


 ジルリアは祖父の婚約者選定の話をデーティアから聞いていたので、気のない他の候補には笑顔も見せないようにしていた。


 その素っ気ない態度と、続けられる二人の文通を見ている両親と国王である祖父がジルリアの胸の内を聞いた。


「ライラ嬢以外、考える隙もないのか?」

 国王ジルリアが聞く。

「はい、ありません」

 孫のジルリアがはっきり答える。


 過去の愛妾騒動で、デーティアにこてんぱんにされた父のフィリップは何も言えない。

「もうよろしいではありませんか。ライラ嬢ほど未来の王妃にふさわしい方がいらっしゃるとは思えませんわ」

 母のシャロンがとりなす。


「どんなに時間がかかっても、私の心を与える女性はライラしかいません」

 ジルリアはきっぱりと言うのだ。


 ジルリアはジルリアで、ライラはライラで、毅然と振舞い、反対派の出した難問を解決していった。

 とうとう、文句のつけようがなくなったので、ライラの髪の短さを攻撃してきた。しかしその頃、社交界では同じ髪の短さのロナウ辺境伯令嬢フィリパが、未婚の男性陣を虜にしていた。


 婀娜っぽく皮肉屋で、蝶のように艶やかなフィリパことデーティア。

 数多くの求婚を、バッサリと切り捨てていく。


 淑やかで慎ましく、百合のように凛としたライラ。

 ただ一人の人、ジルリアを想い続けている。


 両極端に見えるが、どちらも礼法は完璧な淑女で、令嬢達はその両方に憧れた。そして二人を真似て髪を切る令嬢も現れた。


 二人は流行の発信源となったのだ。


 反対派も、もやは手詰まりになった。


 半年後の春のガーデン・パーティ。

 婚約者の最終選定の日、ジルリアはライラの元に進み出て跪いた。

 そして王家の家紋と自分の名前の刺繍が入った男性もののハンカチをライラに差し出した。


「わたしの心を受け取っていただけませんか」

 ライラはにっこりと微笑んで答えた。

「わたくしの心はすでにあなた様のものです」

 そうして件のレースのハンカチを差し出したのだ。それにはロイヤル・パープルの糸でライラの名前の刺繍が新しく刺されていた。


 無理やりに引っ張り出されて参加していたデーティアは、お茶を飲みながら思った。


 愛とか恋とか、人生には必須ではないけれど、あれば幸せな連中が多い。あたしもその色恋で生まれたからね。でも…


 いつの世も、色恋沙汰ほど小難しいものはないね。

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王子様は恋をする≪赤の魔女は恋をしない7≫ チャイムン @iafia

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