第5話 ローテンブルグ

トラベル小説


 今回の旅の最後は、ローテンブルグだ。昼過ぎには、城壁近くのホテルに入った。城壁内のホテルだと駐車場が離れており、クルマ旅には向かない。5年前に泊まったホテルに今回も泊まることができた。

 チェックインには早いので、城壁外側の公共駐車場にクルマを停め、まずは城壁歩きをした。およそ2時間で1周できる。戦争でだいぶ破壊されたそうだが、市民や世界各国の寄付で再建できたと書いてある。大口の寄付者の名前のプレートが壁にはめこまれており、中には日本企業の名前もあった。いい宣伝かもしれない。城壁から街並みを見ると、中世の雰囲気が残っている。有名な鍛冶屋の建物は、いかにもドイツ風のハーフ・ティンバーと言われる木組みが見える造り方だ。屋根の角度は30度と鋭角になっていて、特徴的な家のひとつである。

 屋根裏部屋だけで3層もある家があり、まるで妖怪の棲み処のように見える家もあった。6月に時代まつりがあり、中世の服装をした町の人たちが練り歩く。30年前に家族でベルギー以外に初めて旅行したのが、その時だった。初めて来たローテンブルグに、旅の最後でまたやってきた。おそらく最後の外国旅行になると思う。しめくくりとしては申し分ないところだ。

 城壁をほぼ1周して、町で唯一の日本料理店「R」に立ち寄った。前回は2泊のうち、3食をここで食べた。気のいいおかみさんと、やや気難しいだんながやっている店なのだが、味は悪くない。うまいとは言い難いが、ヨーロッパで食べる日本食としてはまともな方だと思う。かつて、パリでソーメンみたいなラーメンを出された時はまいってしまったが、ここ数年で日本料理の質は高まっているようだ。

 夕食時にはまだ早かったので、客は私一人だった。天ぷらうどんとかんぴょう巻きを注文した。前回、握りを頼んだのだが、内陸のローテンブルグでは新鮮な魚はのぞめない。かんぴょう巻きならば、その心配は少ない。

「5年ぶりに来ることができました。この天ぷらうどんが食べたかったんです」

と言うと、おかみさんは

「お客さん、うれしいことを言ってくれるわね。そう言えば、3回続けてきてくれたお客さんに似ているわね」

「それ、私です。2泊で昼・夜・昼と来ました」

「どおりで、どこかで見た顔だと思いました」

と言って、奥からお椀をもってきてくれた。

「これ、芋煮なんですが食べてみてください」

天ぷらうどんを中途にして、その芋煮を一口食べてみた。

「おいしいです。母の実家の山形の味に似ています」

「あら、うれしい。私も山形出身なんです」

「どおりで、私の口にあうわけだ」

とか言っているうちに、奥からだんなの呼び出す声が聞こえてきた。おかみさんが客となれなれしく話すのを好ましく思っていないようだ。

 しばらくぶりに日本酒を口にすることができ、ほろ酔い気分でホテルにもどり、ぐっすり眠ることができた。


 翌日、天気はあまりかんばしくない。最後の目的、市庁舎の塔に登ることにした。閑散期であり、朝一番ということもあり、他に塔に登る人はいなかった。階段の入り口に信号機があり、グリーンだと登ることができる。レッドだと入り口のバーが開かない。階段が狭いので人数制限をしているのだ。200段ほどの階段を登って、最上階近くでチケットを購入する。そこからハシゴを登って、塔の最上部にでる。妻はこのハシゴで登ることを断念した。外の回廊があまりにも狭かったからである。足一つ分の幅しかない。手すりはあるのだが、強風がふいたら飛ばされるようなものであった。

 他に客がいなかったので、塔の上で立ち止まった。4月末の風はまだ冷たい。ここで妻のことを思った。

(私は妻にできるかぎりのことをしてやれたのだろうか。妻よ、私がいたらなかったなら、今すぐにそちらへ召し出してくれ。私は甘んじてそれを受け入れよう。もし、私を許してくれるなら風をおさめよ。私は、また新しき道を歩む)

そう思いながら、10分が過ぎた。

 下からスタッフが上がってきて、

「Are you OK ?」

と聞いてきた。どうやら妻からの召し出しはなかったみたいだ。

「OK」

と答えて、ハシゴを後ろ向きで降りた。


 市庁舎を出て、また日本料理店「R」に立ち寄った。

「あら、またいらっしゃい」

「また来ました。今日はきつねうどんをください」

「わかりました。なんか、今日はさわやかな顔をなさっていますね」

「そうですか。市庁舎の塔の上で風をあびてきたからですかね」

「市庁舎の塔にあがったんですか。私はだめです。あそこは足がすくみます」

とか言っているうちに、きつねうどんが出てきた。

 味のしみたあげがおいしかった。

「このあげは日本から輸入しているんですか?」

「いいえ、ドイツ製ですよ。日本人が多いデュッセルドルフの豆腐屋さんが作っているんです」

「インマーマン通りの豆腐屋さんですね」

「あら詳しいですね」

「ベルギーに駐在でいましたから、何度かデュセルドルフに買い出しに行ったことがあります」

「どおりで、ふつうの旅行者ではないなと思っていました」

「今日の夜の飛行機で日本に帰ります」

「そうですか。いいフライトになるといいですね。お元気で」

と言われて、おかみさんと別れた。


 夕方にはミュンヘン空港に着いた。5年前は、ストライキ騒ぎに巻き込まれ、情報収集のためにフライト6時間前について、空港のカフェで何杯もコーヒーを飲んだ覚えがある。

「トラベルはトラブルだね」

と私が言うと、妻が

「たびたびは困りますね」

と返してきて、二人で笑い合ったことがあった。

 6時にチェックイン。カウンターに日本人スタッフはおらず、提携先のドイツの航空会社のスタッフが対応している。ちょっと愛想がないが、外国でのチェックインはこんなもんだ。

 9時に離陸。シートはまたもや最後尾がとれた。隣にはだれも来ず、2席分使うことができた。夜便なので、寝られるのはありがたい。

 機内食が出てくる時、みかけた顔のCAさんがいた。来る時に、後部デッキで話したCAさんだ。軽い会釈だけした。向こうも私の存在に気付いたようだ。

 機内食のサービスが終わり、機内が暗くなり、オヤスミタイムとなった。私は、なかなか寝付けず、またもや後部デッキにいって、ドリンクをもらおうとすると、そこにあのCAさんがいた。

「またお会いしましたわね。何か飲まれますか?」

「ホットミルクありますか? 飲むと落ち着くので」

「できますよ。少々お待ちくださいね」

と、彼女は電気ポットでミルクを沸かしてくれた。後始末が大変なのにだ。外国系の航空会社ならしてくれない。

「今回は、どちらに行かれたんですか?」

「ノイシュヴァンシュタイン城とホーエンツォレルン城、そしてローテンブルグです」

「お城めぐりが好きなんですね」

「はい、今、日本100名城めぐりをしています」

「あら、私もですわ。どこのお城がお好きですか?」

「姫路城と言いたいところですがあまりにもメジャーなので、島根の松江城とか香川の丸亀城が好きですね。天守閣のすばらしさより石垣の美しさが好きです」

「私もですわ。丸亀城の石垣にはぞくぞくしますよね」

「話が合いますね」

とか言っているうちに、ホットミルクが出来上がった。それを飲むと、体があったまって少し眠ることができた。

 着陸前にCAさんが787のポストカードをくれた。その片隅に

「お城の話が聞きたいです。メールください」

とメールアドレスが書いてあった。妻が許してくれた出会いかもしれない。


 妻が亡くなってから3年。私は、今サーキットでレースオフィシャルをしている。レースをする方ではなく、レースをささえる立場になっている。城めぐりは年に5回ぐらい行っている。CAさんとはメールでやり取りをしており彼女から城めぐりのリクエストがあると、それに合わせるようにしている。先日は、奈良県の高取城に2人で行ってきた。何重にも積まれた石垣が見事な城だったが、交通は不便だし、熊やハチがでるところなので、一人では行きにくい。彼女からは感謝された。私は彼女にとって安心できる存在なのだそうだ。いわばボディガード的存在だ。まぁ、それでもいいと思っている私だった。


あとがき


 トラベル小説第2弾を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今回のドイツ旅は、私が2016年と2019年に実際に旅した時の記録を元にして書きました。旅と小説の違いはホーエンツォレルン城で朝もやに囲まれた天空の城の姿は見えなかったということです。お城の前で1時間以上待っていましたが、風がない日で雲はかかることはありませんでした。アウトバーンでは前走車についていき、200kmはだしましたが、視界は狭く、それ以上アクセルを踏む勇気はありませんでした。

 次回作は、南フランスとモナコを舞台にした小説の予定です。「南フランスを旅して」というタイトルです。お城好きには読んでほしい作品です。それとトラベル小説第1弾「欧州の旅の果て」は読んでいただけたと思いますが、私の駐在経験をもとにして書いたものです。サスペンス調で書いてみました。グルメ好きの方はもう一度読んでみてください。

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ドイツを旅して 飛鳥 竜二 @taryuji

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