第2話 壁
この
無論、この惑星に限らず知的生命体の住む惑星ならば少なからず壁というものは存在するだろう。
それは例えば各部屋を隔てる壁であったり、建物の外壁であったり、あるいは、ちょっと付き合いにくい人との間に「壁を感じる」など、概念的な壁もあるだろう。
また人生における困難な事象や障害などを壁と呼ぶ人もいるだろう。
だがこの
そう、まさに壁なのだ。
その壁は北の緯度40度線にそって東西に伸び、そのままこの惑星を一周していて切れ目はない。この事実は、現在から約400年前にテミク・ベッィという船乗りの冒険家が壁の北面に沿って東に進み、途中山や海などを乗り越えて約3年後に出発点に西から辿り着いた事で判明した事実である。
この事実は当時の人々を大変驚かせたかと言うとそうでもなく、人々の本音としては、「なんだ、そんな事か」という「今更感」の方が大きかったようだ。毎日当たり前の様に呼吸をしているのに、「この惑星には空気があります」と得意げに語っている様なものだ。太古の昔からそうであろうとは思われていたのだが、検めて壁に切れ目は無いという事が証明されたのである。
この壁に切れ目は無いという事実から人々は壁の向こう側へ行こうと思えば当然ながら壁を登って乗り越えるしかないのだが、現在この惑星に住まう人々の文明下において、有史以降人類がこの壁を越えたという記録は残っていないし、逆に壁の向こう側から誰かが越えてきたという記録もない。なぜならばそれは現在この惑星に住む人々では壁を越えられないからだ。
壁を越えられない理由は主に2つある。
1つは、70度でそびえる壁を登るにはあまりにも表面が平で、壁を登ろうにも足場になる突起や段差が無いからである。
2つ目が、これが一番の原因であるが、壁の高さにある。人が登るにはあまりにも高いのだ。
まさに北の緯度40度以北と以南を遮る断絶の壁である。
ゆえに壁より北に住む人々は壁の向こう側、言うなれば南側がどうなっているのか誰も知りえないのだ。しかしながら、この惑星が球状をしている事は判明している。数年に一度起こるこの惑星の衛星食の時にこの惑星の陰が衛星に映し出される為である。
すなわち、現在この惑星のこの世界に住まう人々は、北の緯度40度以北のごく限られた地域に暮らさざるをえない状況なのである。
壁についてもう少し詳しく説明しておく。
壁は北の緯度40度線に沿ってこの惑星を一周しており、壁の角度は地面に対して正確に70度である。材質は薄い灰色の岩状のもので、現在のこの惑星の文明では作りえる事の出来ない素材で出来ている。誰が何時、どのような目的で作ったのかは明らかでないが、素材や形状的に人工的に作られた物である事は確実である。にもかかわらず現在この惑星に住んでいる人々が作った物ではない。理由は単純で、現在暮らしている人々の文明ではこのような建造物を作る科学がないからだ。それゆえに、太古の昔に、自分たちよりも優れた科学力を持つ前時代の文明がこの壁を築いたのだろうと言う事は彼らの共通認識としてはある。だが、前時代の文明がこの壁を作ったという確固たる証拠が無いのも事実である。
しかしながら、この惑星の現在の文明以前に別の、さらに言えばより高度な文明が存在していたという痕跡は発見されている。
今からおよそ200年前に、北の極にある永久凍土の中から人の冷凍された遺体が発見された。冷凍遺体が発見されただけであれば、それが前時代の高度な文明人の遺体である事は判明しなかったであろうが、問題は彼が身に着けていた服や装備品である。
発見当時から現在に至るまで現在この惑星に住む人々の服の素材は主に木綿や麻などであるが、その遺体が身に着けていた服の素材は発見当時はもちろんの事、現在に至るまで何で作られているのか不明であり、また鮮やかな黄緑色の染料も彼らは持ち合わせていない。
靴に使われている素材も不明である。一見動物の皮の様ではあるが、所々に使用されている光を反射する塗料も彼らは持ち合わせていない。靴底も技術の結晶である。恐らく滑り止めと思われる金属の歯でさえ、尖った先端に至るまで錆びる事無く光沢を纏っている。
極めつけはその遺体が左手で握っていた物体である。タテ15センチ、横8センチ、厚さ約8ミリほどの板状の物体は、全体的に白いのだが片面だけは黒いガラスのような物がはめ込まれている。板状の側面にはいくつかの突起があり、押すと内側へへこむようである。また反対側の側面や底には穴があいており、その穴の深さは様々である。
現在に至るまで多くの科学者がその物体を調査した結果得られた情報は、恐らく黒いガラス板がはめ込まれている面が表であろう事、一口齧られた林檎を象った絵が描かれている方が裏面であろうという事だけで、この物体の使用方法や、使用目的は未だに不明である。さらに科学者を驚かせたのがその物体の中身であった。発見されてから数年後、著名な技術者がその物体を分解したのだが、中から出てきたモノに目を見張ったと言う。まさに正体不明の物体が現れたのだ。薄い緑色の板に様々な部品が取り付けられており、それらの部品がどのような役割や機能を持つのか誰も解らないし、それらの製造過程さえも想像すら出来ないのだ。当然、現在の技術力で作れるモノでは無いし、必然的に過去により高度な文明が存在したのであろうという証拠になった。
この惑星が誕生してからどのくらい経つのか見当もつかないが、少なくともひとつはこの巨大な壁や正体不明の物体を作れるほどの高度な文明が存在した事は確実であろうと思われている。
さて壁であるが、壁のおおよその構造も明らかになってきている。
まず高さである。現在の科学力では正確な標高を計る事は出来ないが、およそ約12000メートル程であろうと言われている。これは壁の地面に対する角度が70度である事から三角関数で求められる。壁の北面から7600メートルほど離れた地点で仰角が45度になった。壁の断面が二等辺三角形であるならば壁の厚みは8734メートルである。それゆえ約7600メートル+4367メートルでおおよそ12000メートルであろうと推測されている。
この12000メートルを越えられる者はいないであろうと言われている。この世界最高峰とされる「ポーペータ山」は標高約7400メートルであるが、この山に登頂出来た者も現在生存が確認されている者で4名である。標高7400メートルのポーペータ山に登頂出来た彼らさえ、12000メートルの壁を越える事は不可能であろう。足場もないのだから。
しかし、長い歴史の中で人類がこの壁を越えようとした痕跡は壁の至る所に見受けられる。
壁を登る為に取り付けられた足場が至る所に残されているのだ。しかしそれも途中で放棄されていて役に立つものは無い。
ゆえに人々は壁の北側で営み、子を産み、育て、そしてまた北の大地に還って行くのである。
The Wall 【壁】 折葉こずえ @orihakze
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