The Wall 【壁】

折葉こずえ

第1話 プロローグ

山と少女


 標高5000メートルを越えた辺りから続く息苦しさを少女は知っている。


 懐かしい息苦しさだ。過去に何度も経験しているから知っている。今年もこの息苦しさを感じる事の悦び。この息苦しさは少女の悦びのひとつであり生きがいでもある。


 標高7000メートルにある最終キャンプを夜明けと同時に出発し、陽がちょうど真上にある頃に標高7400メートルにあるピークに到着するのも予定通りだ。


 ポーペータ山の頂きは今年も少女の登頂を歓迎はしていないようだが、明確に拒絶をされた事もない。その証拠に、吹き付ける風は尖ったナイフのようにむき出しの少女の顔を鋭く撫でるが傷付ける事はない。


 頂きの岩場に片脚をかけ下界を見下ろすが、高度3000メートル付近にある雲がそれを遮っていた。

 涙と鼻水が氷結し表情を変える度にパリパリという擬音が聞こえそうである。


「ただいま……」


 少女はポツリとそう零すと南を向いた。


 そして、標高7400メートルあるポーペータ山の山頂から壁を見上げた。

 

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