13
初雪の降った冬の夜。
周囲にほかに誰もいない、……二人だけの静かな夜。
薺はそのまま、息を切らせたまま、芹の前まで走って行った。
芹も歩いて、薺のほうに移動をした。
二人は初雪の降る歩道橋の上で再会をした。
森野芹は、焦げ茶色のダッフルコートに、カラフルな色合いをした網目模様のマフラーを首に巻いて、黒いズボンに、黒の革靴という格好だった。
髪は少しぼさぼさで、背中にリュックを背負い、その手にはビニールの傘を持っていた。
白瀬薺は、長い黒髪を流したままで、紺色のコートの上にクリーム色のマフラーを巻いて、赤色のロングスカートと、足元は(走るために)スニーカーという格好だった。
「白瀬さん。……どうして?」
驚いたように目を大きくさせて、芹が言った。
「あの、……私!」
薺はなぜか泣いていた。
悲して、胸が苦しくて、涙が全然止まらなかった。
「……私、森野くんに、……『あなたになにか、すごく大切なことを言おうって、さっきまでずっと、そう思っていた気がするの!』」薺は大きな声で言った。
はぁ、はぁと白い息を吐きながら、薺はそう言ったあとで、自分の呼吸を整えた。森野芹は、そのまま、白瀬薺が落ち着くのを待っていた。
空からは白い雪が降っている。
その雪が、森野芹と、白瀬薺の二人の頭や体の上に降り積もっている。
「でも、なにをあなたに言おうとしていたのか、……もう、あんまり覚えてないの」
涙を流しながら、薺は言う。
「そうなんだ」
芹は言う。
芹はあまり深く、薺の忘れてしまった思いに言及しない。それは、もしかしたら、森野芹が薺の『事故の後遺症』のことを知っていて、薺に無理をさせたくなかったからなのかもしれない。
芹は優しい顔をして笑うと、そっと、その手に持っていた透明なビニールの傘をさして、それを自分の頭の上ではなくて、白瀬薺のうっすらと雪の積もっている頭の上に移動させた。
そして、その透明な傘のしたで、もう一度、(まるで、ずっと不安そうな顔をしている薺のことを安心させるように)にっこりと、森野芹は笑った。
「大丈夫だよ。白瀬さん」
「大丈夫?」
「うん。僕たちはきっと、大丈夫だよ。これらも、ずっと、ずっとね」
と森野芹は優しい声で白瀬薺に言った。
でも、その大丈夫という言葉の本当の意味を、森野芹くんのさしてくれる、透明な傘の下にいる白瀬薺は、……うまく理解することができなかった。
さようならの約束 終わり
さようならの約束 雨世界 @amesekai
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