Column3 「間、髪を容れず」の「間髪」の読みは「かんはつ」「かんぱつ」のどっち?

 今回は「間、髪を容れず」について、取り上げようと思います。


     ☆


 ――かんはつれず答えた。


 上記の一文を読んで、「はて?」と小首をかしげた読者の方はいらっしゃるでしょうか。

 普通は「『間髪を容れず』で、『、』(読点)はいれないのではないか」と。


 実は「かん、はつをいれず」と区切って読むのが、正しい言い方です。

 また、「かんぱつをいれず」と「髪」を「ぱつ」と読みなくなりますが、正しくは「はつ」と読みます。


 これは私の想像なのですが、読みの誤りの原因は「間一髪かんいっぱつ」のせいではないかと考えています。こちらが「かんいっぱつ」と読むものですから、「かんぱつをいれず」と読んでしまうのも無理ないですよね。


「間、髪を容れず」は、元々『文選もんぜん』という中国の詩文集に登場する言葉です。


文選もんぜん』とは、周代から南北朝にいたる約千年の間に活躍した作家の優れた誌・賦・文章を編集したもので、その作家の数は百人を超えます。六十巻にも及ぶ超大作は中国文章美の基準を作っただけでなく、日本文学にも大きな影響を与えたと言われています。(『大辞林 4.0』参照)


 そして「文選もんぜん」の中に、枚乗ばいじょうという文人がのこしたものが記載されているのですが、どういう内容だったのか、『故事成語を知る辞典』の内容を引用いたしますので見てみましょう。


**********(*2)

紀元前二世紀、前漢王朝の時代。枚乗は、呉という国の王が反乱を起こそうとしていると知り、思いとどまるように説得する文章を書いて差し出しました。その中で、このまま危険な目にあうか、それとも危険から逃れられるかは、「間、髪を容れず(間に髪の毛一本が入る余地さえないくらいの違いしかない)」だから、今すぐに挙兵をおもいとどまるべきだ、と述べています。

**********


 上記の内容を読むと、戦いになるかどうかの状況が、枚乗ばいじょうによって回避されたことが分かります。

 ですが、現在使われている「間、髪を容れず」とは違う意味で使われているのですが、お分かりになったでしょうか。


 今でこそ「間、髪を容れず」は「少しの時間もないことのたとえ」という意味として使われることが多いですが、枚乗が伝えているときの意味としては「事態が非常に切迫していることのたとえ」(『故事成語を知る辞典』より引用/『精選版 日本国語大辞典』参照)として使われています。


 もしかすると、「事態が非常に切迫していることのたとえ」から、その状況を変えるために「すぐに対応する」という風に転じたのかもしれません。(……というのは、あくまで想像ですのでテキトウに聞き流してくださいませ)


 話を「間、髪を入れず」の読み方に戻しますね。


「間髪を容れず」は私が調べた限り、『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』『岩波国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十版』では「『かんぱつ』という言い方は誤り」としていました。


 一方で『三省堂国語辞典 第八版』では、「間髪かんぱつ」の項目があり「かんぱつ」とふりがなが振られていました。(*1)


++++++++++

【かんぱつ[間髪]】『三省堂国語辞典 第八版』

ほんのわずか(の すきま・時間)。間一髪。

「間一髪の差」

・間髪を入れず。

 →間、髪を入れず。

++++++++++


 その上「文選もんぜん」のなかで登場した「」は「かん、はつをいれず」と読ませ、「」は「かんぱつをいれず」としていました。

 要は、『三省堂国語辞典 第八版』では、「かんぱつをいれず」と読むことを容認しているということです。


 ただ、今のところはまだ「かんぱつ」は少数派のようなので、「かん、はつをいれず」と読む方が無難かなと思います。



◇掲載場所◇

『NIHONGO-Ⅱ-』2022年―7月―Column1


【補足】

<*1>

『三省堂国語辞典 第八版』では、「間髪かんぱつ」の項目があり「かんぱつ」とふりがなが振られていました。――と上記に記載しましたが、ここから考えるに『三省堂国語辞典 第八版』では、「間髪」を一つの熟語として考えていることが伺えます。


 この点について他の五冊の辞書(『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十版』『精選版 日本国語大辞典』『大辞林4.0』)を確認しましたが、どの辞書も「『間、髪を入れず』の『間、髪』を一語と誤って解釈した語」(『新明解国語辞典 第八版』より引用)というようなことが書いてあり、「間髪」を熟語として認めていないようでした。


 よって、「間髪」を熟語として捉えるのは、まだ一般的ではないと考えられそうです。


<*1の内容について整理>

●「間髪」を熟語として捉えている辞書

『三省堂国語辞典 第八版』


●「間髪」を熟語として捉えるのは誤りとしている辞書(見出しあり)

『新明解国語辞典 第八版』

『新選国語辞典 第十版』

『精選版 日本国語大辞典』

『大辞林4.0』

『明鏡国語辞典 第三版』


●「間髪」を熟語として捉えるのは誤りとしている辞書(見出しなし)

『明鏡国語辞典 第三版』



<*2>

 本文の説明で「間髪をれず」「間髪をれず」と、二つの表記があったことに気づいた方はいらっしゃるでしょうか。もし気づいていたら鋭いです。

 実は辞書ごとの表記に従っているので、ここでは二つの表記が存在しています。


 故事成語辞典や元々の言葉を重んじる傾向にある『精選版 日本国語大辞典』や『岩波国語辞典 第八版』を読む限り「間髪を容れず」が元の形なのかなと思うのですが、それ以外の辞書はどちらかというと「入れる」の表記の方が一般的なようです。


 これは単なる推察ですが、「入れる」が「容れる」を包括しているので(「い」『Column2「入れる」「容れる」「淹れる」の使い分け』を参照)、「いれる」と素直に読める「入れる」という表記になっていったのかもしれません。


*「い」『Column2「入れる」「容れる」「淹れる」の使い分け』のURL

https://kakuyomu.jp/works/16817330663418963966/episodes/16817330663561905498


<*2の内容について整理>

●「間、髪を容れず」と表記をしているもの

『明鏡国語辞典 第三版』『旺文社国語辞典 第十一版』『岩波国語辞典 第八版』『デジタル大辞泉』『精選版 日本国語大辞典』『大辞林4.0』


●「間、髪を入れず」と表記をしているもの

『新明解国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十版』『三省堂国語辞典 第八版』『三省堂現代新国語辞典 第六版』

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